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(2023/3/23 改稿)
※竜種の説明箇所を変更
「せっかくシーラが選んでくれた服が、汚れそうだな……」
食べ歩き中も、汚さないように気をつけていたのに。
ぶつぶついいながら、プラシノは淡い黄色のワンピースの裾を引き上げて縛った。
長すぎて戦闘には向いていないのと、泥汚れ防止だ。
「シーラ!」
後ろでレフの声が飛ぶ。
見ると、落ちてきた影に吸い寄せられるように、シーラが歩き出そうとしていた。
「レフちゃん、大丈夫。このこ、怖がってる」
シーラの言葉に、レフは止めるのをやめた。
シーラは生き物の声を聞くのに長けている。
人外であるレフやプラシノよりも敏感なのだから、よっぽどだ。
プラシノも成り行きを見守る。シーラの体に、一人分の結界をはりなおして。
エリアスは気配を殺して、シーラの背後について歩く。
砂埃が薄らぎ、その全容がみてとれた。
「翼竜……?」
と、半信半疑のレフ。
「これはまた珍しい」
と、エリアスも思わず言葉を発する。
「何でこんなとこにいるんだよ」
プラシノの森も広いが、翼竜なんて見たこともない。
この国で便宜的に「ドラゴン」と呼ばれるのは、知性のない大きな爬虫類だけだ。
知性を持ち、多種族と会話もできる翼竜は、海を隔てた大陸の固有種のはず。
実物をみるのは、誰もが初めてだ。
シーラだけが黙って、その姿を観察していた。
驚かせないようにゆっくりと、少しずつ距離を詰める。
爬虫類のような質感の薄茶色の表皮は、首から背中にかけて透明の鱗に覆われている。そのひとつひとつが、よく見ると光をうけてオーロラのように光る。
尻尾はトカゲのように長く、まっすぐだ。
羽は、蝙蝠のそれのような形をしていた。
シーラひとりぶんの身長ほどの距離まで近づいた時、翼竜がはじめて目を開け、シーラを見下ろした。
シーラよりも深い青色の瞳。
シーラの瞳が空の色なら、翼竜のそれは海の色だ。
ーーきれい。
シーラはこの出会いにわくわくしていた。
このこはどうだろう。
仲間のようなシーラの目に、何か感じてはくれないだろうか。
「こわくないよ。あなたは、だあれ?」
シーラは見上げて言った。
地面に倒れ込んでいるのに、翼竜の目はシーラの身長ふたりぶんくらいの高さにある。
(ーー……)
「なぁに?」
よく聞こうと背伸びする。
せっかく翼竜と言葉が交わせそうだったのに、シーラの耳に邪魔する声が割り込んだ。
「どーも、うちの商品が失礼をいたしました」
無駄に甲高い声もその商品という言い方も、嘲るような抑揚も、すべてが癇に障り不快だ。
ジロリと声の方を睨む。
ジャラジャラとたくさんの宝石をつけた、背の小さい年配の男だった。商人なのだろうか。
仕立ての良い服、磨かれた宝石、ひとつひとつの物は良いものだけど、いかんせん、装飾をつけすぎだ。ここまでセンスを微塵も感じない商人も珍しかった。
「商品って、どういうことかしら? わが国で一体何を?」
「いや、これはしっかりしたお嬢さんだ。ご両親の躾が行き届いていらっしゃる」
「はぐらかさないでいただける?」
「いやはや、これはこれは。本当に聡いお嬢さんだ……」
目だけが笑っていないこの男、まったく話が通じない。
シーラの苛つきを制するように、エリアスが前に出る。
「自慢の娘でしてね。年と中身が一致していないとよく言われますよ」
相手の勘違いを利用して、親子という設定でいくらしい。
シーラはエリアスの外套の裾をつまんだ。
(エリアス、ねぇ、それ、イヤミかしら?)
(ちょっと黙っててください)
「私からも聞かせてください。わが国で、一体何を? 竜族の国内持ち込みには厳しい制約があったはずだ」
エリアスはあたりを見回して言う。
「幸い怪我人はいなかったようだが、一歩間違えれば大惨事だよ」
「まことに失礼をいたしました。本来、この国の上を通る予定は無かったのです。隣国の上空を運搬中に、こやつが急に逃げ出して……」
男はそう言って、翼竜を睨みつけた。
シーラはよく知らないこの男がますます嫌いになる。
「経緯はどうあれ、あなたたちの責任には違いなかろう」
エリアスの指摘に、揉み手をしながらへらへらと笑う。口だけで。
「もちろん、壊れた設備の修理代はお納めいたしますので……」
シーラの堪忍袋の緒は、自他ともに認める短さだ。気づいたら喋っていた。
「お金はいらない。この子を置いていって」
振り向いたエリアスの張り付いた笑顔に、シーラに対する圧が込められているけど、気にしない。
(お嬢さん。ちょーっと、黙っていただけます?)
(黙っていたら解決するの? このこは渡せないわ)
はぁぁぁー。と、長い長いため息をついたエリアス。
「どうやら、わが娘はそちらの愛玩獣を気に入ったようだ。ここで相場の価格による買取とさせていただけるなら、諸々の後処理はこちらで引き受けるが、いかがかな」
修理代だけでなく、面倒な事情聴取も責任の追及もなく放免してやろうという、破格の条件を提示する。
しかし図にのった男は、さらに足元をみた提案をする。
「相場、ですか……。いや、実はこちらの商品はオークションにかける予定だったのですよ。なので相場というのもあってないようなものでして。いや、旦那様のご提示いただく金額によっては、即決も考えなくはないのですが」
お前が出せる上限額を出せと言ってきた。
馬鹿なのだろうか。馬鹿なのだろうな。
これ以上、同じ空気を吸いたくはない。シーラはずい、とエリアスの前に出る。
(あ、ちょっと)
キレたシーラの耳に、エリアスの小言は届かない。
「大金貨三枚」
シーラはおそらく相場だと思われる金額の、1.5倍を提示した。
「それでご納得いただけないなら、このまま王宮にご招待いたしますわ。沙汰があるまで、檻のついた待合室でお過ごしいただくことになりますけれど」
歳ににつかわない凄みのある笑顔で、にっこりとシーラは告げる。
「いかがでしょう?」