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◇4

(2023/3/23 改稿)

※竜種の説明箇所を変更

「せっかくシーラが選んでくれた服が、汚れそうだな……」


 食べ歩き中も、汚さないように気をつけていたのに。

 ぶつぶついいながら、プラシノは淡い黄色のワンピースの裾を引き上げて縛った。

 長すぎて戦闘には向いていないのと、泥汚れ防止だ。


「シーラ!」

 後ろでレフの声が飛ぶ。

 見ると、落ちてきた影に吸い寄せられるように、シーラが歩き出そうとしていた。

「レフちゃん、大丈夫。このこ、怖がってる」


 シーラの言葉に、レフは止めるのをやめた。

 シーラは生き物の声を聞くのに長けている。

 人外であるレフやプラシノよりも敏感なのだから、よっぽどだ。


 プラシノも成り行きを見守る。シーラの体に、一人分の結界をはりなおして。


 エリアスは気配を殺して、シーラの背後について歩く。


 砂埃が薄らぎ、その全容がみてとれた。


「翼竜……?」

 と、半信半疑のレフ。

「これはまた珍しい」

 と、エリアスも思わず言葉を発する。

「何でこんなとこにいるんだよ」

 プラシノの森も広いが、翼竜なんて見たこともない。


 この国で便宜的に「ドラゴン」と呼ばれるのは、知性のない大きな爬虫類だけだ。

 知性を持ち、多種族と会話もできる翼竜は、海を隔てた大陸の固有種のはず。

 実物をみるのは、誰もが初めてだ。


 シーラだけが黙って、その姿を観察していた。


 驚かせないようにゆっくりと、少しずつ距離を詰める。


 爬虫類のような質感の薄茶色の表皮は、首から背中にかけて透明の鱗に覆われている。そのひとつひとつが、よく見ると光をうけてオーロラのように光る。

 尻尾はトカゲのように長く、まっすぐだ。

 羽は、蝙蝠のそれのような形をしていた。


 シーラひとりぶんの身長ほどの距離まで近づいた時、翼竜がはじめて目を開け、シーラを見下ろした。


 シーラよりも深い青色の瞳。

 シーラの瞳が空の色なら、翼竜のそれは海の色だ。


 ーーきれい。


 シーラはこの出会いにわくわくしていた。


 このこはどうだろう。

 仲間のようなシーラの目に、何か感じてはくれないだろうか。


「こわくないよ。あなたは、だあれ?」


 シーラは見上げて言った。

 地面に倒れ込んでいるのに、翼竜の目はシーラの身長ふたりぶんくらいの高さにある。


(ーー……) 


「なぁに?」

 よく聞こうと背伸びする。


 せっかく翼竜と言葉が交わせそうだったのに、シーラの耳に邪魔する声が割り込んだ。


「どーも、うちの商品が失礼をいたしました」


 無駄に甲高い声もその商品という言い方も、嘲るような抑揚も、すべてが癇に障り不快だ。


 ジロリと声の方を睨む。

 ジャラジャラとたくさんの宝石をつけた、背の小さい年配の男だった。商人なのだろうか。

 仕立ての良い服、磨かれた宝石、ひとつひとつの物は良いものだけど、いかんせん、装飾をつけすぎだ。ここまでセンスを微塵も感じない商人も珍しかった。

「商品って、どういうことかしら? わが国で一体何を?」


「いや、これはしっかりしたお嬢さんだ。ご両親の躾が行き届いていらっしゃる」

「はぐらかさないでいただける?」


「いやはや、これはこれは。本当に聡いお嬢さんだ……」

 目だけが笑っていないこの男、まったく話が通じない。


 シーラの苛つきを制するように、エリアスが前に出る。

「自慢の娘でしてね。年と中身が一致していないとよく言われますよ」

 相手の勘違いを利用して、親子という設定でいくらしい。

 シーラはエリアスの外套の裾をつまんだ。

(エリアス、ねぇ、それ、イヤミかしら?)

(ちょっと黙っててください)


「私からも聞かせてください。わが国で、一体何を? 竜族の国内持ち込みには厳しい制約があったはずだ」

 エリアスはあたりを見回して言う。

「幸い怪我人はいなかったようだが、一歩間違えれば大惨事だよ」


「まことに失礼をいたしました。本来、この国の上を通る予定は無かったのです。隣国の上空を運搬中に、こやつが急に逃げ出して……」

 男はそう言って、翼竜を睨みつけた。

 シーラはよく知らないこの男がますます嫌いになる。


「経緯はどうあれ、あなたたちの責任には違いなかろう」

 エリアスの指摘に、揉み手をしながらへらへらと笑う。口だけで。

「もちろん、壊れた設備の修理代はお納めいたしますので……」

 シーラの堪忍袋の緒は、自他ともに認める短さだ。気づいたら喋っていた。

「お金はいらない。この子を置いていって」


 振り向いたエリアスの張り付いた笑顔に、シーラに対する圧が込められているけど、気にしない。


(お嬢さん。ちょーっと、黙っていただけます?)

(黙っていたら解決するの? このこは渡せないわ)


 はぁぁぁー。と、長い長いため息をついたエリアス。


「どうやら、わが娘はそちらの愛玩獣を気に入ったようだ。ここで相場の価格による買取とさせていただけるなら、諸々の後処理はこちらで引き受けるが、いかがかな」

 修理代だけでなく、面倒な事情聴取も責任の追及もなく放免してやろうという、破格の条件を提示する。


 しかし図にのった男は、さらに足元をみた提案をする。

「相場、ですか……。いや、実はこちらの商品はオークションにかける予定だったのですよ。なので相場というのもあってないようなものでして。いや、旦那様のご提示いただく金額によっては、即決も考えなくはないのですが」

 お前が出せる上限額を出せと言ってきた。


 馬鹿なのだろうか。馬鹿なのだろうな。

 これ以上、同じ空気を吸いたくはない。シーラはずい、とエリアスの前に出る。

(あ、ちょっと)

 キレたシーラの耳に、エリアスの小言は届かない。


「大金貨三枚」


 シーラはおそらく相場だと思われる金額の、1.5倍を提示した。

「それでご納得いただけないなら、このまま王宮にご招待いたしますわ。沙汰があるまで、檻のついた待合室でお過ごしいただくことになりますけれど」

 歳ににつかわない凄みのある笑顔で、にっこりとシーラは告げる。


「いかがでしょう?」

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