◇3
「おせーよ」
待ち合わせの噴水広場の時計の上に、精霊サイズのプラシノは座っていた。
「転移してくりゃいいじゃん」
そう言って、ふわりと降りてくる。
「目立たない方が良いのよ」
レフが小声でそう言うと、プラシノは手招きをして、人通りの少ない路地にレフを誘う。
「あ、そうだ、ちょっとレフ、こっち」
「え」
レフはついていくことに躊躇した。
ーー何だか嫌な予感しかしない。
「いいからいいから」
(適当なナンパ男みたい)
とレフは眉を顰める。
いや、緑の短髪で男みたいな口調で飾り気のない黒のローブを羽織ってるけど、プラシノはこれでも一応大人の女性なのだけれど。
「ちょっとだけ。な?」
ーー完全にダメ男のセリフだけれど。
まぁ良いかと、レフは許した。
「仕方ないなぁ」
路地にレフを連れ込んで、プラシノはレフの額に自分の小さな額をくっつけた。
魔力の流れ出る感覚。レフが目を開けると、人間の大人サイズになったプラシノが手を握ったり開いたりしている。
緑の髪は相変わらずの短髪だけれど、顔立ちははっきりとした美人で、裸に無造作に布をまとっただけのような格好が……目のやり場に困る。
路地から出て、レフはため息をついた。
「すでにだいぶ目立ってるわよ、プラシノ……」
反対に、プラシノはご機嫌だ。
「精霊のままより良いだろ。こっちの姿のほうが、食べ歩きには良いんだよ」
ーーそれが本音か。
「まわりの人間が、目のやり場に困るのよ。まったく。ちょっと、先にあんたの服買うわよ」
待ちきれず走ってきたシーラが、惜しげもなく出されたプラシノの長い足にしがみつく。
「おとなのプラちゃん綺麗ー♡ シーラがお洋服、見立ててあげるー♡」
「お、良いじゃん、頼むぞシーラ!」
ガハハと笑うプラシノ。
シーラの後を歩いてきたエリアスはため息をこぼす。
「皆さん、お忍びって意味、お分かりです?」
この一行、目立って仕方がない。引率役のエリアスにとっては悩ましい話だ。
ーー?
(気のせいか)
誰かの視線を背中に感じて、エリアスは振り向いた。
が、怪しい人間は見当たらない。
(こんなメンバーだ、人の視線も集める、か)
気を取り直して、一行はプラシノの服を調達するべく、手近な服屋に入ったのだった。
「お腹いっぱーい♡」
ぽっこりお腹をさすり、満足そうなシーラ。
「それは何よりです。晩ごはんもきちんと召し上がってくださいね。私がカーラ殿に怒られます」
エリアスの小言に、レフが答える。
「大丈夫、今日は手巻きパーティーだから!」
エリアスは返答に困る。何が大丈夫なのだろうか。
話題にのってきたのはプラシノだった。
「何、まじか。じゃあ俺も一緒にそっちに帰るわ。ロナルドの部屋に泊まるから」
「いいけど、ちゃんと精霊の姿に戻りなさいよ。ロナルドに浮気疑惑が出ちゃうじゃない」
レフとプラシノのやり取りを聞きながら、相変わらず本人の意向は汲まないのだなと、エリアスは王宮で仕事に追われているであろうロナルドに思いを馳せた。
その時。
急激に近づく魔力にエリアスは気づく。
「ーーシーラ様!」
エリアスが叫ぶと同時に、結界が発動した。
どぉぉぉぉーーーーん
地鳴りのような音と揺れ。
見ると、レフが大型犬ほどの大きさになって、シーラをくるむように寄り添っていた。
二又に分かれた尻尾が、毛が逆立って膨れている。
この緑の結界はーープラシノのものか。エリアスはプラシノのほうを見た。
「プラシノ殿。ありがとうございます」
「いーや。レフから奪……もらった魔力はまだまだ残ってっから。それに、あんただって、俺がいなきゃ間に合わせただろう? 俺の結界の邪魔をしないように、練った魔力を引っ込めるなんて判断を、あの一瞬でできるんだ、さすがまだまだ現役だな」
プラシノは口の端を上げて笑う。
「恐縮です」
それに気づくプラシノもさすがだと、エリアスは微笑む。
「で、何だ? あいつ。人じゃねぇな」
プラシノが見据える先を、エリアスも見る。
砂埃がひどい。
その先に、小山のような影が揺らぐ。