◇29
魔法で作り出した石造りの作業台に、分厚くスライスされたステーキ用の肉がずらりと並ぶ。
流れるように塩コショウ、すりおろした野菜を塗り込み、下準備は完成だ。
シーラたちが作ったかまどの上に、おおきな鉄板を置く。
熱して油をひいたその上に、ザロたちが赤身の肉を並べていく。
キオもいつのまにかエプロン姿で、慣れた手つきで手伝っていた。
ジュウウっと、食欲をそそる音があがる。
「うまそうな匂い」
肉の焼けるこうばしい匂いを察知して、子供たちが寄ってきた。
そもそも彼らは街から街へと旅する商隊だ。移動中の食事は質素なものであることが想像できた。
(まずはスープでも振る舞おうかしら)
シーラは隣のかまどで火にかけていた大鍋の蓋をとって、中をのぞいた。
いい感じにくつくつと煮えた、家畜の乳と穀物のスープ。
塩コショウと、レフちゃん監修ケイトちゃんお手製のコンソメキューブを投入する。
大きなおたまでぐるぐると混ぜて────
「よしっ! ねぇマダムたち、これをみなさんに配ってくださる? 子供たちから優先でお願いね」
「よしきた! ありがとうね、こんなに貴重な香辛料まで」
申し訳無さそうに眉を下げるご婦人に、シーラは何でもないわと笑う。
「大丈夫よ、わが領では一般的な調味料だから」
「へぇ、すごいねぇ、スマラグドスって」
それは本当の話だ。
スマラグドスの魔物は大きくて有名だけれど、実は植物もよく育つ事で有名なのだ。
胡椒だけの話ではない。
(レフちゃんが来てから、いままで見向きもしていなかった野草の実とかも使い道が開発されて、香辛料は種類も量も充実しているのよね)
魔物も食べないで有名な臭い球根や、赤くとんがった野草の実を食べると言ったレフの事を、皆最初は止めたけれど、ケイトの後押しもあり、少しずつ料理に使うようになっていった。
私は特別だから、他の動物にはあげちゃダメよと、釘は刺されたけれど。
いまではスパゲッティ・ペペロンチーノは、屋敷の皆のお気に入りメニューだ。
「よし、子供たち、器を集めておいで。まずは温かいスープからだ」
マダムの声かけに、よだれを垂らさんばかりの顔で待っていた子供たちが、器を確保しに走る。
「ここはお任せしても良い?」
「もちろんだよ。ありがとう」
「では、お願いね」
スープはマダムに任せて、シーラは次の準備に取り掛かる。
「サラサ」
きょろきょろとしながら声をかけたら、サラサが人垣のあいだから顔を出した。
「いるよ」
「やっぱりね、パンは焼きたてがおいしいと思うの」
おもむろにそう言うシーラに、サラサは目をぱちくりとした。
「まぁ、そうだね。僕もスマラグドス公爵家で初めて食べた焼きたてパンの味は一生忘れないと思うよ」
「あら、嬉しい。────この場で焼きたては無理でも、温めなおすならできると思わない?」
そう言ってシーラが眺めるのは。
商隊の皆が、せめてもと荷物の中から出してくれた、たくさんのハードパン。
保存のきく食材だから味が二の次なのは仕方がないのだけれど、そのままだととにかく固すぎるのだ。
「……この量を……。魔法で炙るってこと? いいけど、一歩間違えたら、黒焦げで食べられなくなるよ」
シーラは真面目な顔で頷いた。
「極限の状態でこそ、人は進化するのだと思うわ」
どうしてだか、サラサは少し呆れたような顔をしてから、それでもいつも通りに笑って頷いた。
「つまり失敗できないからこそ僕たちの訓練にはもってこいって事だね。いいよ、失敗したら一緒に謝ってあげる」
「そうこなくっちゃ!」




