◇27
「熱を遮断する結界で作った箱に氷を入れます。そこに水魔法で作った清潔な水を────」
白特製の、人がひとり入れるくらいの大きさの透明な結界の中に、魔法で氷と水を入れていく。
白が説明しながら実演をすると、人垣から「おおっ」と声があがった。
「お嬢さんがたは具合の悪い人から優先で、みなさんに水を配ってください。怪我人は一箇所に集めて。私がまわって、順番に治癒魔法を使います」
「ありがたい……」
年配の男性が、白のことを拝み始めた。おじいちゃん、白おじの隠しきれない人外感をキャッチしたのだろうか。
「お嬢さんなんて、口が上手いねぇ」
細腕のご婦人方はまんざらでもないようすで、荷物からたくさんの器を出して動き始める。
(白おじからしたら、本当に「お嬢さん」なんだろうな)
一体、白おじは何歳なのだろう。
彼の目にうつるシーラなんて、お尻にからのついたひよこだろうか。
へたしたらまだ卵かもしれない。
まぁ、ひよっこはひよこなりに元気に鳴こうではないか。
シーラは出せるだけ大きな声で、残る大人たちに指示を出す。
「元気なひとはこっちを手伝ってねー! 説明するよー!」
「はいはい、何でもするよ!」
恰幅の良いマダムが真っ先に手を挙げる。
「力仕事はできないけど、細かい作業は任せて!」
水を配り中の女性たちも、やる気をみせる。
「力仕事はこっちにまわしてくれ!」
俺もワシもと、男たちも集まってきた。
杖をついたおじいちゃんは、ちょっと心配だけど。心意気はかいたい。
「じゃあまずは────サラサ、お願い」
「うん」
しゅるしゅるしゅる
「おおっ?!」
人々から、さっきとは別種の感嘆の声があがる。
地面から生えた太い蔓が、倒れたワイバーンの足をからめて、次々と吊り上げたのだ。
「これで血抜きがしやすいかなと思います」
サラサがしゃべると、ギャラリーが反応する。白の時といい、露天の実演販売のようだ。
「おお……すげえな、子供がここまでの魔法を使うのはなかなか見ないぞ」
ごくりと唾をのみながら、最前列の男性が言った。
褒められて、くすぐったい気持ちになるサラサである。
「天使さま」
ひょっこりと、そばかすの少年が顔を出した。
天使ではないと言ったはずだけれど、そう言えば名前を教えていなかったかもしれない。
「シーラで良いわ。あなたの名前は?」
「アラン」
「アラン。どうしたの?」
「ぜんぶの荷物から使えそうな刃物を集めたけど、足りないや」
そう言って申し訳なさそうにアランが指差したほうには、長短さまざまな刃物が並べられていた。
剣は獲物を捌くには不向きだし、普通の包丁の出番はまだもう少し後だ。
ちょうどいいサイズ、形状のものは、たしかに数本しかない。
「ありがとう。大丈夫よ」
シーラがちらりと視線をむけると、白が頷いた。
相変わらずの地獄耳だ。
「ああ、それは────キオ」
と、白が横から口を出した。
「はいはい、集めてきましたよぉ」
白の声に、どこからともなく現れた三つ編みの青年が返事をした。まるでさっきからここにいましたよ、という顔をして。
その腕には大きな黒い包みが。
「キオ。いたの」
「さっきからですけどね」
わざとらしく眉を下げて、気づいてもらえなかった事が悲しいようなアピールをするけれど、気配を消していたのか隠遁魔法を使っていたのか、ようするに隠れていたのはそっちだろうと、シーラは思った。
「そんな可愛い顔でにらまんといてください」
「にらんでないわ、真顔なだけよ」
またわざとらしく目をみはる。ほんっと、うさんくさい。
キオは手品師のように、持っていたつつみを広げた。
「こちらをお使いください」
「いいのか、助かるよ」
「仕事がはかどるな」
キオのうさんくささを知らない大人たちは、喜んで使えそうな刃物を手にとっている。
そのなかで、誰にも触ってもらえない長物をシーラは指差した。
「ねぇ、これザロの長包丁じゃない。こんなの使える人、ここにいないわよ」
料理長ザロがとっても大きな魚を捌くときの包丁────というか、これはもはや細長い剣だとシーラは思う。
シーラの身長より長いのだもの。
「使える方は、あとから、いらっしゃいますから」
キオはニイッと笑って言う。
だから、目が笑ってないからうさんくさいんだって。
しかしその言葉は朗報だ。
シーラは顔を輝かせて聞きかえした。
「ザロが? 来てくれるの?」
「あまりに大量の肉でしたら、持って帰っても保管が大変ですし、いくらかはここで調理して皆さまに振舞ってしまおうとのお話です」
────それはつまり────
「バーベキューってことかしら?!」
「そうとも言いますね」
キオはわざとらしくきょろきょろとあたりを見回して、シーラに懐の中を見せた。
「ケイトさんからことづかってきましたよ」




