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◇26

 今日は朝から全然ついていなかったのだ、と、アランは思った。


 朝ごはんの最後に取っておいた目玉焼きは空から降ってきた鳥に横取りされるし、乗っていた荷車の車輪が壊れたせいで、長い道のりを家畜たちと一緒に歩く事になってしまった。

 

 だいぶ遅れた旅程もやっとのことで終わりが見えたかと思ったら、今度は空からワイバーンが降ってきて、人生の終わりが見えてきた。

 

 降ってきた数匹のワイバーンはなぜか息絶えていたのでアランたちは命拾いしたけれど、空の上にはまだこちらを伺う群れがいるので、生きた心地はしないままだ。


 明日は8歳の誕生日だったのに。


 まだリナに告白もしていないのに。


 せめて最後は、痛くないと良いな。


 とくに可愛がって世話をしていた羊の子供を、抱き抱えて目を瞑った。


(……あれ?)


 しばらくしても、痛みも衝撃も来なかった。


 戸惑うよう大人たちのざわめきだけが聞こえてくる。


 恐る恐る目を開ける。


 知らない白髪の男が立っていた。


 男を中心として、大きな結界がはられている。


 アランたちのキャラバンの仲間、家畜まですべて入るような、大きな結界。


 こんな高度な結界を作れる魔法使いは、大きな街にしかいないはずだ。


「もう大丈夫だ。すぐに掃除する。騒がずに、しばしの待機をお願いしたい」


 男は大人たちに向かって、そう言っている。


 こんなにも早く、助けがくるなんて。


 アランは今日目覚めてから初めて、自分の幸運に感謝した。



          ◇

 


 結界が出来たのを確認して、サラサとシーラは木陰から出た。


 何も知らない人間からみたら、ただの子供二人連れだ。


 キャラバンの大人たちに無用な心配をかけないよう、ギリギリまで隠れていた。


 案の定、こちらを見て慌てて白に報告している小太りの男性がいる。


 白は笑って、心配ないと言っているようだ。


 白の説明を受け、怪訝な顔をしてこちらを見る男性も、この後起こる光景を見たら、すぐに納得してくれるだろう。


 まずは白の毒蛇にやられたワイバーンを、サラサがひょいと横にどけ、風魔法で大きく印代わりのバッテン傷をつけておく。


 これから狩る美味しいお肉に、混ざらないようにするためだ。


 下準備が終わったら、サラサは手を天に──ワイバーンの群れに向けて、軽々と魔力を放った。


竜巻(アネモストロ)


 サラサの魔力は渦を巻く風となり、ワイバーンの群れをひとところに繋ぎ止める。


 ギィギィと、慌てたようなワイバーンたちの鳴き声が耳に届いた。


 そこへシーラの一撃だ。


 詠唱すら必要とせずに、シーラは片手を向けるだけで、サラサの竜巻をすべて吸い取ってしまった。


 そしてそれを雷魔法へと変換し──威力を調整し──元の場所へと戻したのだ。


 バランスを崩しながらもふらふらとかろうじて飛んでいたワイバーンたちが、雷電を受けて次々に草原へと落ちていく。


 シーラは落ちたワイバーンたちにかけよって、焦げていないかを確かめた。


「うん、いい感じね。お肉はほぼ無事ね。プランA、これにて終了!」


「お疲れ様。お見事だね。あとは血抜きだね、肉に血が回る前に、手早く済ませちゃおうか?」


「サラサも良い魔力だったわよ。お疲れ様。そうねぇ、これだけの量でしょう、せっかくだから手伝ってもらいましょうか」


 シーラは、結界の中で驚いている人たちを、ちらりと見て言った。



          ◇



「もう大丈夫です」


 白の結界が解けたあと、サラサはキャラバンの人たちに駆け寄って声を掛けた。


「あ、ああ……」

 まだ信じられないといったふうの、小太りの男性。


「坊やたち、小さいのにすごいわねぇ! 助かったよ! ありがとう! お嬢ちゃんも! 可愛いのに強くて大天使様みたいだったから、あたしゃ一歩先に天に召されたのかと思ったよ!」

 ご婦人はもう驚きから抜け出して、わははと笑いながらサラサたちを絶賛してくれる。強い。


「どういたしまして。あ、もしよかったら、これ捌くの手伝ってくれませんか? 素材は半分お分けします」


 そう、シーラが提案した。


 普通に狩った場合の個体の傷は、こんなもんじゃない。

 今回、シーラたちが仕留めたワイバーンは傷も少なく、素材は相場よりもぐっと高く売れるだろう。


 シーラたちは、正直なところ、お肉さえ取れればいいのだ。


 見れば荷車の車輪は壊れているし、キャラバンの人たちの顔には疲れが見える。

 次の街では、ゆっくりと宿のベッドで休んでほしいと思った。

 それにはお金が必要だ。


「い、いいのかい?」


「高く売れるだろう、これは」


「助けてもらって、素材までいただけません」


 口々に戸惑い話す大人たちに、よく通る声でシーラが言う。


「私たちだけじゃ、全部の処理をする頃には夕方になってしまいます。皆さまにお手伝いいただきたいの。素材は正当な報酬よ」


 にこりと笑う少女は、しっかりと統率者の威厳を放っていた。

 

「じゃあ……」


「ありがとうねぇ」


「恩にきるよ」


 大人たちはシーラの案を、口々に受け入れ動き出す。


 彼らの後ろから、そばかすの少年が飛び出してきた。


 可愛らしい羊の子供を抱いている。


「ありがとう! 天使様!」


「ふふ。私は天使ではないけれど、お礼はしっかり受け取ったわ。──さぁ、動ける人は手伝って。動けない人は無理しないで。体調の悪い人は、白のところに集まってね」




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