◇25
白と一緒に転移するかと聞かれたのだけれど、サラサたちは丁重に断った。今回はあえて、飛んでいく選択をした。
二人だけの場合を想定した訓練として、そのほうが良い気がしたのだ。
いつもいつも、大人の助けがあるとは限らない。
森に入ったところで人化を解いて、サラサは竜の姿になる。
最近は人の姿でいる時間が多かったから、なんだか不思議な感覚だ。竜の姿のほうが、変身した姿であるような錯覚を覚える。
脱いだ服は、シーラに預けた。
シーラはサラサの服を腕に抱いたまま、サラサの上にまたがり、背の上につけた補助具をしっかりと握った。
魔法で結界をはっているから風の抵抗は軽減されるし、落っこちることもないのだけれど、安全飛行に努めようとサラサは誓った。
晴れた空に翔け上がると、シーラの楽しそうな声が聞こえた。
「すごい! ねぇ、屋敷がもうあんなに小さく見えるわ」
はしゃぐシーラ。サラサの胸に、得意な気持ちがむくむくとわいてくる。だから、サラサも弾んだ声で言った。
「転移よりは時間がかかるけれど、馬には負けないよ」
「ふふ。サラサのおかげで、いろんな経験がさせてもらえるわね」
「僕の方こそ、貴族のお嬢様とワイバーンを狩りに行く未来なんて、想像もしていなかったよ」
「私といると、飽きないでしょう!」
「間違いない!」
毎日が新鮮で、疲れさえ充実感を運んでくれる。そんなふうに考えだしたのは、シーラと出会ってからだった。
サラサは翼に力を入れて、いっそう早く飛ぶ。
◇
目的の草原の上で旋回すると、草むらの中に白の姿が見えた。
緑の中に白い髪がよく映える。
ワイバーンの群れは、遠くの方に見えている。
サラサはゆっくり旋回を続けながら、高度を落とす。
ゆっくりと動く影に気づいた白が、サラサたちを見上げて微笑った。
「思ったより早かったな。さすがだ」
なるべくそっと着地したつもりだったけれど、白の髪が激しく風に舞う。
「お待たせしました」
「お待たせ!」
シーラは、サラサの背からひょいと滑り降りて、服に舞い上がった土埃を払った。
シーラから洋服を受け取って、サラサは人形に変化する。木の陰で服を着て、ふたりの前に戻った。
皆が揃うのを待って、白は、ワイバーンのいる方を指差した。
「草原の方から、少し街道寄りに移動している。どうやら大きなキャラバンが来ているようでな、彼らの家畜を狙っているようだ」
サラサは頷いた。
「それはーー早く片付けないといけませんね」
家畜は商品であり、家族であり、家を持たない彼らの生命線だ。
「焦らなくて良い。キャラバンに近づいた数匹は、使い魔の毒蛇を転移させて始末した。仲間が落ちる様子を見て、残った奴らは遠巻きに様子を伺っているよ。そのくらいの知恵はあるらしい」
ワイバーンを落とせるくらいの強い毒を持ったヘビか、とサラサは考えた。
白はなんでもない事のようにサラッと言うけれど、なかなかの軍事機密ではないのだろうか。
サラサを信頼してくれているのか、サラサなど脅威にもならないと思われているのか、あるいはその両方か。
じっと白の横顔を見ていると、サラサの視線に気づかれたらしい。
「質問が?」
と、優しく問われた。
「いえ」
サラサは首を振った。
おそらく時間が教えてくれる事を、今あれこれ悩むのは得策とはいえない。
「そうか。では、作戦をーー」
「よぉしっ!」
白の言葉を遮って、シーラが不敵に笑った。そして高らかに宣言した。
「人を巻き込まず、スマートに、大胆にねっ! 作戦Aよ、サラサ!」
「作戦Aねーー」
妥当だろう。サラサが頷くと、シーラも頷き、繰り返す。
「作戦A!」
それは、飛行しながら練った作戦だった。
「あ」
ふたりのやりとりを黙って興味深げに眺めていた白にも、詳細を説明しなければ。
「説明しますね。ええっとーー」
サラサが白に伝えたのは、主にこういうことだ。
作戦Aとは、電気ショック作戦である。
琥珀狐になる前のレフがもといた世界には、電気という、エネルギーの使い方があったらしい。
電気はとても便利だけれど、時には凶器にもなるそうだ。
シーラも言う。
「レフちゃんに聞いたの。あちらの世界では、美味しい魚を食べるために電気を使って気絶させて捕まえるやり方があるらしいわ」
「なるほど、美味しいワイバーン肉をいただくための工夫というわけだな」
くつくつと白が笑う。
動機が子供っぽかっただろうか、とサラサは心の中で呟いた。
いや、美味しいものを追求するのは大人だってそうだ。きっとあちらの世界でだって、そんな人たちの熱意によって新しい技術は生まれていくのだろう。
「では」
と、白は空の向こうを見た。
「我は結界の構築とサポートにまわるとしよう。頼んだぞ、シーラ。サラサ」




