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◇23

         ◇


 

「ロプトの気配の、残滓のようなものが残っていた」


 白の言葉に、カーラの顔も厳しくなった。


「復活したと?」


 コランに問われ、白は首を傾げた。


「あるいは、その力から生まれた何か」


「本体とも限んねーよ。ああいう手合いは、他者に魔力を伝染させるからな。そういう、眷属ともいえないような意思もない魔物の可能性だってある」


 と、プラシノが白の肩の上で自論を述べる。


 ふぅーー。と長いため息を落として、コランは自らの椅子に体を沈めた。


「今まで以上に警戒を。必要ならば誰を使っても良い」


「承りました」


 白は軽く頭を下げた。


 必要ならば、自分も妻も戦力として換算しろと言っているのだ、この男は。


 白の知るどの貴族よりも貴族らしくなく、そんなところが白にはとても好ましかった。

  



「さ、仕事はここまでだ」


 そう言ったコランの顔は、仕事人間のそれとは違う、父親のものになっていた。

 にこにこと機嫌の良い顔つきで、白の事を見やった。


「シーラは、白のことが大好きだから。今日は客として、存分にもてなされてくれ」


「ふっ。ありがたいな。承知した」


「もちろん俺もご馳走になるぜー! 楽しみだ」


 プラシノがそう言って、ひょいと飛ぶ。


 緊張した空気が一気にゆるみ、急に五感が研ぎ澄まされたように、美味しそうな匂いが各々の鼻をくすぐった。



          ◇



 張り切る彼女たちを前にして、サラサは手をこまねいていた。


「ねぇ、僕は何をしよう?」


 あっちこっちに忙しく指示を出すレフを捕まえて聞いた。


「そうねぇ、じゃあスープをこしてーーどんぶりに入れてくれる?」


「どんぶりっていうのは、あの白いボウルだね? わかった」


 この屋敷には、珍しい食材だけでなく、珍しい食器やカトラリーもたくさんあった。


 木の棒を細く切り出して作った「オハシ」とか。

「どんぶり」もまた、それらのひとつであった。


「あっ、サラサ。そっちが終わったら、次はチャーシュー……このお肉の塊を薄くスライスしてくれる?!」


 と、行き違う際にシーラが言う。


「はいっ」


 サラサは慌てて、どんぶりを並べる。そこに、乳白色のスープを、とってのついたザルで濾しながら注ぎ始めた。


 料理長は大きな寸胴で麺を茹で、シーラは何やら薄茶色の平たい材料を用意している。


 人数分のスープを入れ終わり、サラサはお肉のカットに取り掛かる。


(ずいぶんと手の込んだ料理だな)


 スープからは嗅いだことのない、とっても美味しそうな匂いがしていたし、自ずと期待値も上がるというものだ。




 出来上がった食事を、使用人たちと一緒に並べてから、席についた。

 話し合いが終わった面々も、くつろいだ様子で席についている。

 シーラがおもむろに立ち上がり、皆の顔を見回して、胸を張って高らかに宣言した。


「お集まりいただきありがとうございます。こちら、新メニューのラーメンと、ギョーザです!」


 おおっーーと、皆が小さく声を上げる。


「冷めないうちに、美味しくいただいてくださいね♡」


「よっしゃ、いっただっきまーす!」


 プラシノはさすがこの家との付き合いが長いだけあって、オハシの使い方はお手のものだ。

 専用の小さな器から、ひょいひょいと麺をすくっている。


 コランとカーラは、娘の話を聞きながら、なごやかに舌鼓を打っていた。


 この「オハシ」というものは、簡単そうに見えて難しいのだ。サラサが格闘していると、


「先っぽの位置を揃えたほうがいい」


 と、隣からアドバイスが降ってきた。

 サラサが左隣に座っている白をちらりと見ると、白は箸をおいてにこりと笑った。


「さっきはゆっくり話せなかったね。白という。よろしく」


「サラサ、です。よろしくお願いします」


「今日の料理はサラサも手伝ってくれたのだろう? とても美味しいよ、ありがとう」


「いえーー。僕は言われたことをやっただけで」


「それができたら、大したものだ」


「そうですかね……。僕も早く、一人前になりたいです」


 颯爽と、困っている誰かを助けられるひとになりたい。そもそも、ひとじゃないけど。それはまぁ、おいておいて。

 それこそ、目の前の白のように。


「ふふ、頼もしいことだ。シーラを頼むよ」


 白もまた、そんな事をいう。


 サラサは思わず、聞いてしまった。


「みんな、そう言うけど」


「うん?」


「僕の素性、気になりませんか」


 貴族のお屋敷に突然ら血のつながりもない少年がやってきて、家族のように暮らし始めるなど、普通に考えたら受け入れ難いことではないのか。


 しかしサラサの心配は、あっさりと笑い飛ばされてしまった。


「あっはっは」


 この人も、こんなふうに砕けた笑い顔をするのだなと、サラサは白の顔を見つめた。


「我もな、素性がどうの言える身ではないのだよ。長くこの地にお世話になっているというだけだ」


 優しく撫でるように、白はサラサの頭に手を置いた。

 驚くほど冷たい手だった。


「しかしな、信用とは本来そういうものではないか?」


 ちら、と、白がテーブルの向こうに目線をやった。


 シーラ家族と談笑する、レフやプラシノのいる方を。


「出自や血筋だけが、信用ではないよ。その地でどのような事を行なってきたか、ただただその積み重ねだ」

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