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「ロプトの気配の、残滓のようなものが残っていた」
白の言葉に、カーラの顔も厳しくなった。
「復活したと?」
コランに問われ、白は首を傾げた。
「あるいは、その力から生まれた何か」
「本体とも限んねーよ。ああいう手合いは、他者に魔力を伝染させるからな。そういう、眷属ともいえないような意思もない魔物の可能性だってある」
と、プラシノが白の肩の上で自論を述べる。
ふぅーー。と長いため息を落として、コランは自らの椅子に体を沈めた。
「今まで以上に警戒を。必要ならば誰を使っても良い」
「承りました」
白は軽く頭を下げた。
必要ならば、自分も妻も戦力として換算しろと言っているのだ、この男は。
白の知るどの貴族よりも貴族らしくなく、そんなところが白にはとても好ましかった。
「さ、仕事はここまでだ」
そう言ったコランの顔は、仕事人間のそれとは違う、父親のものになっていた。
にこにこと機嫌の良い顔つきで、白の事を見やった。
「シーラは、白のことが大好きだから。今日は客として、存分にもてなされてくれ」
「ふっ。ありがたいな。承知した」
「もちろん俺もご馳走になるぜー! 楽しみだ」
プラシノがそう言って、ひょいと飛ぶ。
緊張した空気が一気にゆるみ、急に五感が研ぎ澄まされたように、美味しそうな匂いが各々の鼻をくすぐった。
◇
張り切る彼女たちを前にして、サラサは手をこまねいていた。
「ねぇ、僕は何をしよう?」
あっちこっちに忙しく指示を出すレフを捕まえて聞いた。
「そうねぇ、じゃあスープをこしてーーどんぶりに入れてくれる?」
「どんぶりっていうのは、あの白いボウルだね? わかった」
この屋敷には、珍しい食材だけでなく、珍しい食器やカトラリーもたくさんあった。
木の棒を細く切り出して作った「オハシ」とか。
「どんぶり」もまた、それらのひとつであった。
「あっ、サラサ。そっちが終わったら、次はチャーシュー……このお肉の塊を薄くスライスしてくれる?!」
と、行き違う際にシーラが言う。
「はいっ」
サラサは慌てて、どんぶりを並べる。そこに、乳白色のスープを、とってのついたザルで濾しながら注ぎ始めた。
料理長は大きな寸胴で麺を茹で、シーラは何やら薄茶色の平たい材料を用意している。
人数分のスープを入れ終わり、サラサはお肉のカットに取り掛かる。
(ずいぶんと手の込んだ料理だな)
スープからは嗅いだことのない、とっても美味しそうな匂いがしていたし、自ずと期待値も上がるというものだ。
出来上がった食事を、使用人たちと一緒に並べてから、席についた。
話し合いが終わった面々も、くつろいだ様子で席についている。
シーラがおもむろに立ち上がり、皆の顔を見回して、胸を張って高らかに宣言した。
「お集まりいただきありがとうございます。こちら、新メニューのラーメンと、ギョーザです!」
おおっーーと、皆が小さく声を上げる。
「冷めないうちに、美味しくいただいてくださいね♡」
「よっしゃ、いっただっきまーす!」
プラシノはさすがこの家との付き合いが長いだけあって、オハシの使い方はお手のものだ。
専用の小さな器から、ひょいひょいと麺をすくっている。
コランとカーラは、娘の話を聞きながら、なごやかに舌鼓を打っていた。
この「オハシ」というものは、簡単そうに見えて難しいのだ。サラサが格闘していると、
「先っぽの位置を揃えたほうがいい」
と、隣からアドバイスが降ってきた。
サラサが左隣に座っている白をちらりと見ると、白は箸をおいてにこりと笑った。
「さっきはゆっくり話せなかったね。白という。よろしく」
「サラサ、です。よろしくお願いします」
「今日の料理はサラサも手伝ってくれたのだろう? とても美味しいよ、ありがとう」
「いえーー。僕は言われたことをやっただけで」
「それができたら、大したものだ」
「そうですかね……。僕も早く、一人前になりたいです」
颯爽と、困っている誰かを助けられるひとになりたい。そもそも、ひとじゃないけど。それはまぁ、おいておいて。
それこそ、目の前の白のように。
「ふふ、頼もしいことだ。シーラを頼むよ」
白もまた、そんな事をいう。
サラサは思わず、聞いてしまった。
「みんな、そう言うけど」
「うん?」
「僕の素性、気になりませんか」
貴族のお屋敷に突然ら血のつながりもない少年がやってきて、家族のように暮らし始めるなど、普通に考えたら受け入れ難いことではないのか。
しかしサラサの心配は、あっさりと笑い飛ばされてしまった。
「あっはっは」
この人も、こんなふうに砕けた笑い顔をするのだなと、サラサは白の顔を見つめた。
「我もな、素性がどうの言える身ではないのだよ。長くこの地にお世話になっているというだけだ」
優しく撫でるように、白はサラサの頭に手を置いた。
驚くほど冷たい手だった。
「しかしな、信用とは本来そういうものではないか?」
ちら、と、白がテーブルの向こうに目線をやった。
シーラ家族と談笑する、レフやプラシノのいる方を。
「出自や血筋だけが、信用ではないよ。その地でどのような事を行なってきたか、ただただその積み重ねだ」




