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◇20

「知ってるひと?」

「うん。やさしいおじさんだよ。魔力はいっぱいで強いけどね。弱い者いじめはしない人よ」

 シーラがそう言うと、蛙は明らかにホッとしたようだった。


(もし勢いあまって攻撃していたら、返り討ちにされたと思うけど)


 これ以上、怖がらせる必要はないわね。

 余計なことは飲み込んでおこうっと。


「でもそうか、じゃあ白おじにも連絡しないとね」


 ビクッ


 蛙のまわりの水面が、巨体の震えに呼応するように揺れた。

 まぁ、そうか。

 白おじが怖くて逃げてきたんだもんね。


「だいじょーぶ! 私が説明してあげる」

「ほんとう?」

「うん! まかせて」


「あ、あなたのお名前は?」


「リク」

「よろしく、リク」



          ◇



「なぁ、俺が迎えに行った方が早くね?」

 と、プラちゃんがレフちゃんに言う。


「そうね、昨晩はタモの村に泊まっているはずだから、いまはその手前の街道くらいかしら。白のことだから、魔力の残滓をきっちり追いかけてくるでしょう。違う方向に行っちゃって行き違うことは無さそう」

「んじゃ、ちょっくら行ってくるわ!」


 言うが早いか、プラちゃんはしゅんと消えた。




「あっ! 白おじって、一応魔物だって隠しているのよね?」

「んー、まぁそうね。隠しているというか、広めてはいないわね。上層部の人間は知っているけど、末端の騎士までは知らないかも。私みたいな愛らしい狐と違って、本物の魔物が人間社会の一組織の幹部になるのをよく思わない人は、まだいるからね」

「じゃあ、いきなり精霊のプラちゃんが現れて大丈夫なの?」


 んー? と考えて、レフちゃんはあっけらかんと言う。

「大丈夫じゃない? コランやカーラのところにだって、しょっちゅう突然お邪魔してるんだし」

「そっか。そういえばそうね」


(人並みはずれた人間に混じっているから、白おじも同類だと思われているのね)


 そんな事を話しているうちに、白おじをつれたプラシノが転移して戻ってきた。

 どうやら、騎士たちは置いてきたらしい。

 

「シーラ」


「白おじ!」

 ダッシュからのしがみつき。

 白おじは軽々とシーラを抱き止め、かかえあげた。


「怪我はないか? 話は聞いたよ。無茶をする」


「大丈夫! あのこ、リクっていうの。悪い子じゃないよ。困ったひとを助けようとしたんだよ。やり方はまぁ、ちょっとまずかったかもしれないけど」

 とくに目撃されたからって、関係ない村人まで閉じ込めちゃったあたりが。

 

「わかったよ。我がもう少し詳しく、話を聞こう」

 そう言って、白おじはリクに歩み寄った。

「リク、と言ったか。我は白という。あの部屋にいた人間たちは皆大丈夫だ。弱っていた女性も、回復に向かっているよ」

「そう。よかった」

 まだ怯えは消えていないけれど、リクはちゃんと答えた。


「概要はプラシノ殿から聞いたのだがな。いくつか確認したいことがある。良いか?」

「うん。おれにわかることなら」


「ああ、その前にーー」

 白おじが手のひらをリクに向けた。


 リクのまわりに、きらきらとした光が集まって、やがて消えた。


「あ、あれ?」

 戸惑いながら、リクは水かきのついた前足で自分の体をペタペタと触った。


(あっ)

 リクの皮にあった黒いまだら模様が、消えてなくなっている。さすが白おじ。


「治してくれたの?」

 リクは黒い目をきょろきょろと動かし、聞いた。


「ああ」

 と、白おじ。


「白ーーさんは、すごいね。あの女のひとも、最初から何もせず任せてたらよかったのかな」


 と、リクがしゅんとする。

 大きな体がぷくぷくと泡をたてながら、水に沈む。

 厚意で行った事だけれど、結果的には迷惑になったのではないか。その気持ちは、シーラにもよくわかる。

 でも。


 シーラが何か言うまえに、白おじが優しく微笑って言った。

「治癒魔法の使い手は、少ない。タモの村にも、彼女の病状を改善できる人間はいなかった。我が行くまで彼女が持ち堪えていたのは、リクのおかげだよ」


 白おじの優しい言葉に、リクがひょこりと水面から再び顔を出す。

「おれ、役に立った?」

「ああ。村長やほかの閉じ込められた人たちも、もう怒ってはいないよ」

「よかった」


 白おじは、リクをまっすぐに見据えた。


「リク。約束してくれるかい? これからは、困った時にはまず、我らの誰かに言ってほしい。とくに森の中なら、精霊にプラシノ殿の名を言えば取り次いでくれるから。それとーー」

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