◇19
「ーー10秒で来るぞ」
大人の姿になったプラちゃんが、険しい顔で言った。
皆のまわりにはプラちゃんの結界も張ってあるし、レフちゃんの大事な毛は肌着の中に仕舞った。
大丈夫。シーラならできる。
だって、パパとママの子供だもの。
「初撃をさばけ。絶対にシーラに怪我ひとつさせるな」
プラちゃんの言葉に、レフちゃんの体にも力が入る。
目を閉じて深呼吸する。
何もできなきゃ、ただのお荷物だ。でも、きっと、シーラにしかできないことがある。
シーラの勘は、よく当たるわね。ママもそう言っていたし。
目を開けた瞬間、地面がぐにゃりと歪んだ。
次の瞬間には、結界ごと全員空に浮いていた。
プラちゃんだ。さすがの反応速度。こんな時だけれど、あこがれちゃう。
さっきまで立っていた地面にはぽっかりと穴が空き、ゴポゴポと泡をたてながら、暗い色をした水が湧いている。
「なんの魔物だ? ありゃ」
と、プラちゃんの声。
「こんな動き、見たことないわ」
と、レフちゃん。
「僕も、わかりません。たしかに、敵意は感じないけど……」
と、サラサ。なんだか歯切れが悪い。
どうやら、地面の液状化は攻撃ではなかったらしい。
地中を移動した先に浮上すると、ああなってしまうのかしら。
水の中から、何者かの視線を感じる。
シーラは目を細めて、その目を探した。
水面が揺らぐ。水の奥から伝わるのは、覚えのある感情。
ああ、これはーー
「サラサと一緒だ」
「えっ」
サラサが嫌そうに顔をしかめる。
「竜種ってこと?」
「ああ、そうじゃなくてーーはじめてサラサに会った時を思い出したの。この子も怖がってるわ。迷子の子供みたいに」
「僕は怖がってもいないし、迷子でもなかったけどね」
と、小声でぶつぶつとこぼす。
「ごめんごめん。そんなふうに感じたの。居場所のない子供みたいな、不安というか」
「それなら、まぁ……」
と言いつつも、納得はしていなさそうだ。
竜種はプライドが高いのかしら。
「プラちゃん。穴の近くに結界を運んでくれる? あの子と話したい」
「わかった」
ゆっくりと、水たまりのそばに降り立つ。
ざわっと、水面が揺れた。
この子がここに来たのは偶然なのか、それともシーラと引き合ったのか。
確かめなければ。
「怖くないよ。ねぇ、私の言葉はわかる? 何か困っているのではない?」
そろそろと、迷いが捨てきれないようにゆっくりと、それは浮上してきた。
離れたふたつの黒い目が、じっとシーラを見ている。
「はじめまして。こんにちは! 私はシーラよ」
なるべく明るい顔で、そう声をかけた。
それは大きな大きな蛙のような姿をしていた。
つるんとした皮はところどころが黒くまだらになっている。
もともとの模様だろうか。それにしては、なんだか嫌な感じもする。
「私のところに来たのは偶然?」
「わからない。強い魔力から逃げてきた。そしたら、こっち、だと思った。だから」
もごもごと、蛙は話す。
「そう。困っているの?」
蛙はこくこくと頷く。
ぱちゃん、と、水が音を立てて揺れた。
「山の上で、綺麗な池を見つけた。だから入っちゃった。そしたら、それは真っ暗な水になった。たぶん、罠だった。幻覚だったかも。体が黒くなって、嫌な感じがした。でも、おれはまだマシなほうだ」
「他にも誰か、池に入っちゃったの?」
「大きな荷物を持ったにんげんの女が、その水を飲んだ。たぶん、おれとおなじ、綺麗な水だと思ったんだと思う。止めようとしたけど、おれの姿を見せたら驚くと思って、迷っている間に飲んでしまった。女は様子がおかしくなった。おれ、おれは毒があまり効かない。毒を吸い取るスキルもある。だから、何とかして治せるんじゃないかと思って、こっそりあとを追った。女の家に道をつなげて、眠らせて治療しようとした。でも、ただの毒とは違うみたいだった。呪いみたいなものかもしれない。いくら吸い取ろうとしても、少しだけマシになるだけで、なかなか治らなかった。ほかの人間は、そのあいだに女の家にやってきて、おれを見たから閉じ込めた。女が治ったら、みんなを逃しておれはひとりで逃げるつもりだった。でも」
「でも?」
「大きな魔力が近づいてきた。何かわからなかったけど、見つかったらやられるかもしれないと思って、怖くなって、ひとりで逃げた」
「それで、今なのね」
「嬢ちゃんの魔力なのかな、こっちはあたたかくて、光って見えた。だからこっちに引かれたんだ」
「うん、それなら僕も覚えがある」
と、サラサが言う。
「そうなの?」
シーラが聞きかえすと、サラサは頷く。
「うん」
「何だか照れるわね」
やっぱり私の魅力がーー。
「トラブルに巻き込まれやすい、とも言えるけどね。僕が言うのも何だけど。話の通じるやつばかりとは限らないから、気をつけてね」
トラブルメーカーみたいに言うじゃない? じっさい、そうなのかしら。
「うっ。わかったわ……」
「シーラ。その魔力って」
何かずっと考えこんでいた、レフちゃんが言う。
言いたいことはシーラにもわかる。近づいてきた大きな魔力の正体だ。
「そうね、話を戻すわね。うん、レフちゃん。きっと、それは、白おじよねーー」