◇16
タモの村ーー
村の北側にある家の前に、人だかりができていた。
赤い瓦屋根が特徴的な平屋の一軒家だった。
漆喰の白い壁にはめこまれた窓から、白は中の様子を見ていた。
彼の後ろに控える鎧をまとった騎士たちとは対照的に、防具は心臓を守る胸当てのみという軽装だ。
「人の気配はありませんね。念のため、中に入らせていただきますが。副村長殿、立ち合いをお願いします」
「はい」
不安そうな老人に、にこりと柔和な笑みを向ける。
「我が結界をはります。危険な目には遭わせませんよ」
「は、はい。では、扉をこじ開ける道具をーー」
副村長の言葉に応えるように、工具を持った若者が前に出てきた。工具は先にいくほど細くなり、くの字に曲がっている。
「いきます」
若者が工具を木製の扉の隙間に引っかけ、力を加える。
バキッ
いとも簡単に、鍵の近くに穴が空いた。
若者が穴から手を入れ、鍵を空ける。
ギィィ
軋む音をたてながらゆっくりと開いた扉。
白は先陣を切って、その一軒家に足を踏み入れた。
「ふむ」
食事をとるテーブルに椅子、奥にはキッチン。
他の部屋に続く廊下をすぎ、慎重にひとつひとつの扉を開けていく。
書斎、寝室、厠に至るまで調べたが、虫の一匹もいなかった。
「キッチンに、鍋が放置されていますね」
その隣には、使われていない皿。
「食事をとろうとした時に、来客があって、そのままーー」
白はそう推測しながら、家を出た。
「次に行きます」
次に訪れたのは、今月分の納品を担当していた、ロズの家。
村長の家からはさほど離れていない。
同じような平屋の建物。
同じように鍵を破り、中に踏み入る。
やはり人の気配は、ない。
こちらの家は、子供たちのおもちゃが散らかされたままだった。
「次」
最後は、タラというひとり暮らしの女性の家だった。
その家の敷地に足を踏み入れた瞬間、白の顔が険しくなった。
「あなた方はここにいてください」
そう言って、扉に手を向けた。遠慮もなく放たれた水魔法で、扉が吹っ飛ぶ。
「ちょ、ちょっと」
止めようとした副村長の前に、騎士が立ちはだかる。
それは彼を制止したわけではなく、何かから守ろうとする動きだった。
村人たちが瞬きする間に、白髪の研究者は姿を消した。