◇15
「ねぇレフちゃん? ママたち、最近ずいぶん忙しそうじゃなあい? 何か聞いているーー?」
シーラの部屋にレフちゃんをお招きしたのは、ブラッシングしてあげるため。そして、ママの情報を引き出すため。
琥珀色の毛をブラッシングしながら、さりげなく聞いてみる。がっついているところは見せない。スパイの基本だ。
「そうねぇ。レストランの方には顔出せないくらいは忙しそうね。何だか、僻地のトラブル対応みたいだけど」
気持ちよさそうに寝そべりながら、さらっと言うレフちゃん。
本当にそれしか知らないのか、シーラには秘密なのか、レフちゃんの表情からはわからない。
ああん、もうっ!
シーラにスパイは無理っ!
「ママ、危ないお仕事してないよね……?」
やっぱり直球勝負が自分らしい。
レフちゃんの三角耳が、ピクピクって動いた。
「だーいじょーぶ! 現地には白が行ってるみたいだから」
「白おじちゃん……。それはそれで心配」
白おじは強いのだけれど、自分の事となると時々抜けているから。
自分は人と違ってがんじょうだからって、怪我してもあとから治せば良いと思っている節もあるし。
ちゃんと、自分の体を大事にしているだろうか。
「だいじょーぶよぉ! 気になるなら、あとで通話をつないであげるわ。仕事の邪魔しちゃだめだから、もう少し遅い時間にね」
「はぁい」
コンコンと、扉の向こうで誰かがノックする。
「はぁい!」
「お食事の用意が整いました」
侍女のメイの声だ。
「いま行くわ」
返事をして振り向くと、レフちゃんはもう立ち上がっていた。
「ふぅっ。気持ちよかった。ありがとう、シーラ」
「どういたしまして」
レフちゃんは、シーラの前を通り過ぎて、扉へと歩み進む。
「シーラの仕事は、心配よりもこっち! よく食べて大きく強くなんなさい! 今日のレシピはお店に出す予定の試作品をお願いしたからね。自信作よ……!」
そう言って、ふさふさになった胸を張った。
「ふふっ。楽しみ」
なんだかレフちゃんがあまりにいつも通りだから、不安も緊張もほぐれてきた。
「でしょー?」
「うん。行こう行こう」
「今日はねぇ、チキン南蛮でーす!」
どうよ! っていう顔で、レフちゃんが言う。
自らお料理を運んできたコック長ーーザロも、自信満々のお顔。
「いや、我ながらヤバい味付けをしちまったと思うぜ」
へへっと笑うザロ。言葉だけ聞いていたら、何だか別の意味で危なそうなのだけれど。
ザロのお料理が不味かった事など一度もないので、絶対の信頼が美味しさを保証してくれる。
「この白いのは、何?」
サラサがタルタルを指差して聞いた。
「それはね、タルタルっていうの! 卵のソースよ。刻んだお野菜も入っていて……少しだけ酸味もあって……お魚にもお肉にも合う素晴らしいソースよ!」
あ、思わず先輩風を吹かせてしまった。
だってこの、世にも美味しいソースを知らないなんて!
サラサにもこの素晴らしさをわかってほしかったのだもの。
「まぁ食えばわかるさ!」
と、ザロ。
「それもそうね」
と、シーラ。
「いただきます」
みんなの注目を一身に受けながら、サラサがひと口大に切ったチキンにタルタルをたっぷり乗せて、口に運ぶ。
「ーーーー!」
ふふ、そうだろう。そうだろう。
その輝いた目を見たら、感想を聞くまでもないわね。
シーラもザロもレフちゃんも、にやにやしながら頷いた。
「さっ、私もいただきまーす!」
◇
「ああ、もうお腹がいっぱいすぎて動けないわ」
昔、レフちゃんが話してくれたお伽話の、悪者のオオカミみたい。よくばって食べ過ぎて、動けなくなって寝ちゃうの。
シーラはパジャマに着替えてベッドに入った。
ベッドのすぐ近くには、レフちゃんのお気に入りクッション。今日はなんだかひとりでいたくなくて、一緒に寝てと言ったのだ。
「ねぇ、レフちゃん。明日、森に行きたいのだけど」
「それは、訓練をしに、って事?」
「うん。サラサと、ふたりで力を合わせたら何が出来るのか、試したい」
もしママに何かがあった時。何もできない自分では、いたくない。
「うーん」
少しだけ考えて、レフちゃんは尻尾をふった。
「そうね、私とプラシノがいたら行っても良いわって、カーラも言ってたから」
「やったぁ!」