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怪談

床下

 限界集落の古民家を購入した。

 都会の喧騒と慌しさに嫌気が差して人の少ない田舎に住もうと思ったからだ。


 文筆業で食べていけるし、精神と健康な肉体を犠牲に貯金もできたから、田舎で過ごすことを決めた。


 一番近くの隣家まで数百メートルあり、裏手は山。静かな所だ。


 引っ越して一月程はひたすらに寝てた。

 暗くなると布団に潜り込み、夜明けまでひたすらに。

 昼間も数時間昼寝。


 一月ぐらい経つと体調も良くなったのか、目覚める時間が早くなってきた。空が白み始めるくらいに目が覚める。寝起きも快調。


 更に一月程で文筆作業が出来るようになってきた。


 それまで気絶するように眠っていたのだが、体調が良くなった結果いくらか眠りが浅くなったようだ。


 夜中に物音で目が覚める事が増えてきた。


 床下で、ガリ……ガリ……ガリ……ガリ……となにかを引っ掻くような音が聞こえる。硬いものを引っ掻いたりしたような音。


 何日かは何かの野生動物だろうと考え放置しようかと思っていた。しかし、柱や床材を齧ったり引っ掻いたりされているのだとしたら困る。




 夜中の物音が聞こえ始めてから数日後、床下を見て回る事にした。


 家の裏手側、地面との境目近くの外壁の一部に穴が空いていた。成人男性でも何とか通れそうな穴。


 懐中電灯片手に潜り込んで見る。


 寝室の真下辺りに板で囲われた場所があった。


 良く見ると囲いの一部も外壁と同じように一部に穴が。

 恐らく囲いの一部だったであろう板の残骸が内側に落ちている。


 厚さ1センチ程度の合版で囲われた中には井戸があった。

 蓋のされた井戸。囲いの中に潜り込み井戸を照らす。


 井戸の蓋にはびっしりと爪か何かで引っ掻いたような跡。

 小さな人の手が引っ掻いたような痕跡だ。


 そう思った途端、耳に聞こえてきた。


 ……ガリ……ガリ……ガリ……ガリ


 硬いものを引っ掻くような音。

 井戸の中から聞こえてくるのかと思った。


 違う。くぐもった音ではない。


 怖かった。

 急いで逃げようと振り返ろうとした時、囲いの内側が目に入った。


 大量の御札。囲いの内側には隙間など無いかのように御札が貼られていた。

 恐怖に駆られつつも周囲を照らす。御札が無い所など、私が通ってきた穴しか無かった。床板にも隙間無く御札。


 ガクガクと言うことを聞かない脚を叱咤し囲いから出る。


 囲いから出た時はもう限界だった。


 とにかく急いで家から離れたい。

 不気味な床下の音が耳から離れない。


 財布一つを持ち車に乗り込む。


 しばらく車を走らせて目についたコンビニに車を停める。

 無機質な灯りが今は嬉しかった。


 少しだけ落ち着いてきた頭でさっきの出来事を思い返す。


 井戸の外に引っ掻いたような跡があったのなら、あのガリガリという音はやはり井戸の外に居たのだろう。


 そこは別にいい。いや、良くはないのだが。

 問題なのは、井戸を囲っていた御札だ。


 順番がおかしい。


 なにかはわからないが、あの場所に封じられてたと考えるのが普通だろう。だから音の発生源が井戸の中ならわかる。


 外に出ようとして井戸の内側を引っ掻くなら話は簡単だ。

 井戸に封印して、更に周りを御札で囲ったならば何の疑問もない。


 だけど、蓋には御札が無かった。

 そして周囲一面にびっしりと貼られていた御札。


 恐らく囲いを造った人物が貼ったのだろうとは思うのだが、貼った人物はどうやって外に出たのだろう。


 隙間無く貼られた御札。床板にもびっしりと。

 囲いの中を一周り照らしたときには誰かの痕跡は無かった。


 爪跡以外は。


 車を再び走らせる。街の灯りと喧騒が恋しい。




 数日後興味を持った友人と再度この家に戻って来た。

 二人で井戸を見に行った。


 囲いの一面が壊れていた。木片は全て内側に向かって散乱していた。


 井戸の蓋がズレていた。というか開いていた。


 井戸にもたれさせて置いてある。

 内側に引っ掻いた跡は無かった。


 井戸の中は何もなかった。埋められていて、目の前に地面があった。


 怖かったが、友人と共に一泊。

 何もなかった。静かな夜だった。


 悩んだが友人も一緒に住みたいというし、結局ここに住み続けることにした。


 よく分からないうちに問題は解決したと言えるのだが、そんな中でわかっていることは、『アレは井戸の中にはいなかった』という事。


 誰が、何が、何故、何一つわからなかった。


 ………何だったのは知りたくもなかった







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