第08話 03月09日
「では、彼女を採用されないのですか?」
「だって、土曜日に勤務できないし」
面接の翌日。午前診を終えて間もなく、私は面接の結果を綾部さんに報告していた。相談と言い換えても差し支えない。
「昨日面接をした22歳の彼女は採用しない」という私の判断が予想外だったのか、綾部さんの声は僅か上擦っていた。
「土曜日のシフトくらい、妥協しても良いのではありませんか? 月に1回2回程度でしょう」
「そうだけど、公平性に欠けるから。皆だって土曜日は休みたいだろうに。一人だけ特別扱いは出来ないよ」
「私は別に構いませんよ」
「え?」
「土曜日のシフト、その方の分も私が出勤します。土曜日なら午前診だけですから」
「それじゃあ綾部さんに負担が掛かりすぎるよ。勤務交代とかも難しくなるし」
「その時は事務長が入るので問題ありません」
「そりゃあ僕はそのために居るようなもんだけどさ。他に仕事もしてないし……ってしてるよ!」
「私はなにも言っていませんが。普段から思っているだけです」
「思ってるの!? しかも普段から!?」
などと私のツッコミも華麗にスルーして、綾部さんは予防接種の準備に待合室のアルコール除菌を始めた。
「今はコロナのこともありますし、選り好みしている場合ではないと思いますが」
「確かに……もう求人の掲載期間も終わるし、掲載延長するなら今日中に代理店さんへ伝えないと………綾部さんは、あの子が良いと思う?」
「事務長の話を聞く限りでは。テストも満点だったのでしょう?」
「うん、頭良いよ彼女。全問正解なんて綾部さん以来だよ」
「中学校レベルの問題ですからね」
「白紙で出す人も居るけど」
待合室に置かれている小児向けの絵本や玩具も、消毒して綺麗に並べ揃える。
「なんにせよ、優秀であることに違いありません。一応クリニック経験者のようですし」
「半年で辞めてるけどね」
「その耳鼻科、人の出入りが激しいみたいですよ。院長先生と看護師長が厳しい方のようですから」
「あー……そう言えば、薬の営業さんも前に言ってたな」
「そんな所で半年続いたんです。この院なら事務長がセクハラしない限りは辞めないと思いますが」
「そうだね……って僕セクハラしないよ!?」
「どうでしょう。お綺麗な方でしたからね」
「それを言うなら綾部さんも美人なんですけど?!」
「……セクハラです」
「今のが!?」
と、私がツッコミを入れたその瞬間。
――ウイィ…ン。
院の自動ドアが開かれ、スーツ姿の女性が入ってこられた。
「あのー、すみません。今日面接を…」
見た目30代手前くらいの小綺麗な感じの女性だ。
私はニコリと、微笑み返した。
「お待ちしておりました。事務所にご案内致しますので、少々お待ち下さい」
「はい」
女性は院内には入らず玄関先で待たれた。
私の羽織る白衣袖が、クイッ、クイッと綾部さんの指に引かれた。
「まだ面接されるのですか?」
「うん、昨日の夕方にご応募頂いたから」
耳打ちのように問いかける綾部さんに、私も顔を寄せて小声で返した。
「そう、ですか…」
「うん…」
お互いに言葉を押し殺して、私は面接者の方と共に2階の事務所へ向かった。
面接にお越しくださった方は、とても真面目そうな方だった。
年齢は29歳。もうすぐ誕生日なので30歳になるらしい。《《あの子》》と一緒だ。
去年に御結婚され、こちらへ越しきたらしい。落ち着いてきたので仕事を探し始めたようだ。結婚前は大手の調剤薬局チェーンで受付事務をしていたそうだ。
まだお子さんも居ないので夕方以降のシフトにも土曜日のシフトにも入れる。シフトも週3〜4回を希望している。
学力テストは8割ほど解答。充分だ。調剤薬局経験者だけある。
申し分ない人財。他にも面接を受けていらっしゃるようだし、他所へ取られる前に決めておきたい。
「………来週から、勤務は可能ですか?」
その場で、採用を告げた。
頭の片隅で昨日の彼女の笑顔がチラついているのに、気付かないフリをして…。