第62話 07月28日~07月31日
綾部さんと詐欺師男の食事も無事に終わり、またいつもの業務が始まった。
さすがに懲りたのか、男は当院に来なくなった。
とはいえ、あれからまだ2週間も経過していないのだ。まだ油断は出来ない。
加えて、気掛かりなことが新たに二つ生じた。
ひとつは薬局王のこと。
彼女が忙しいのは相変わらずだが、例のホテルディナーに行った頃から一層と慌しなく業務に臨んでいる。
薬局や院前の歩道で出くわしても、険しい表情で電話をしていたりスーツ姿の営業らしき人と一緒に居たりと、落ち着いて話す時間も無い。
以前には業務終わりなどに、よく後発品の嘆願に来ていたものだが、それも途絶えている。
まるで気の抜けた炭酸水のように張り合いがなくて、少々ヤキモキする。何事も無ければ良いのだが。
そしてもう一つは、綾部さん。
こちらは彼女が、というより私にも問題がある。
なにせ、お互い相手の顔をまともに見れないのだから。
もちろん嫌悪からではなく、恥ずかしさ故に。
何故なら私は、綾部さんのことが好きだから。
ホテルで初めて抱いた、その感情。最初は男女関係や恋愛な意味での『好き』だと考えていたが、きっとそれだけではない。
私が綾部さんに抱くこの想いは、家族や友人に向ける親愛の意味も含んでいるのだ。
加えて仕事では何度も彼女に助けてもらっているし、尊敬という意味でも彼女には好意を抱いている。
改めて自分の気持ちに向き合い、彼女のことを思うと、どう接して良いのか分からなくなった。
出来ることなら食事にでも誘って、彼女の反応や本音を探りたいのだが、父から釘を刺されているし、私自身トラウマがある。
昔に雇っていた若い職員とプライベートな交友を持ったことから院内で噂となり、それが原因で彼女は辞めてしまった。
そのため同じ過ちを繰り返さないためにも職員に対して特別な感情は抱かないよう、自分を押し殺し気付かないフリをしていた。
打開しようにも出来ない状況。おかげでこの2週間は円滑なコミュニケーションが図れていない。先日など緊張からガーゼを10倍量発注してしまった。
今日みたく綾部さんが出勤していない時になら落ち着いて仕事も出来るのだが。
大きなミスを誘発する前に、なんとかしなければ…。
「事務長、最近綾部さんと何かあったんですか?」
悶々と一人悩む私に、お嬢ちゃんが唐突と尋ねた。核心に触れるような言葉に、ギクリと肝が冷える。
「な、なんで?」
取って付けたような苦みの微笑で、私は返した。
「お二人とも、なんだか余所余所しい感じがするから……もしかして、ケンカでもしたんですか?」
不安気に視線伏せるお嬢ちゃんに反して、私は『ほっ』と安堵した。良かった、私の気持ちは気付かれていないようだ。
「してないよ、喧嘩なんて。だから安心して」
「そうですか? なら、良かったです」
曇らせていたお嬢ちゃんの表情が、一気に晴れやかと変わった。
本当に良い子だな、お嬢ちゃんは。気が利くし優しいし……こんな子と結婚出来たら、きっと幸せだろうな…。
※※※
本日の診療は14時で終了した。お隣の薬局に業務終わりの連絡を入れて、早々と片付けを行う。
父は「電子カルテの入力を執務室で行うから」と、先に事務所へ上がった。
私は看護師さんら従業員を先に帰らせ、一人で表のシャッターを降ろす。
薬局はまだ営業しているようだが、やはり薬局王は顔を見せない。
もちろん、業務後に毎回顔を見せてくれるわけではないが、最近の彼女の様子を見ていると少々心配だ。
「う~ん」と腕組みしながら事務所へ上がると、職員さんらは既に全員帰宅していた。静かな事務所において、執務室から微かに父の声が聞こえる。
私は静かにドアを開けた。やはり父が電話をしている。喋り方から察するに相手は卸会社などではない。おそらく医師仲間だろう。
まさか、また医師会や医師連のパーティーでもあるのか。先日のこともあるし、できれば御免被りたいが。
などと考えているうち、電話を置いた父が徐に私を振り返った。
「翔介、今度の日曜日は予定を空けておけ」
『そらきた』と心の中で呟き、電話中に帰宅しなかった自分を少しだけ呪った。
「いいけど、なんで?」
半ば諦念気味に答えると、父は相変わらずの仏頂面で私を見据える。
「お前の見合いに行く」
「……は?」
反して私は、無様に開いた口を塞げずにいた。




