第59話 07月16日【3】
「アンタ、こんな所でなにしてんのよ!」
以前に私を騙し散々金を使わせた詐欺師まがいの女が、憤りを顕にしている。彼女は肩を揺すってズカズカと、威嚇するように近づいてきた。
確か、『玉野』という偽名を使っていたか。
突然の登場に驚き怯んだが、すぐさま私も目尻を吊り上げた。
「こんな所でなにをしているか」だって? それはこちらの台詞だ。あの時の恨みは忘れていない。文句の一つも言ってやる!
憤慨する私は肚に力を込めた。
しかしそんな決意も虚しく、女は私に目もくれず通り過ぎて、
「また女漁りかよ!!」
イケメンに食って掛かった。
私は頭の上に『?』を浮かべた。恐らく綾部さんもだろう。
玉野(偽名)さんは男を睨み上げ「ギャーギャー」と喚き立てている。
目下より繰り出される怒涛の口撃に、流暢な舌使いも忘れたか。男は大量の汗をかき体を仰反らせる。
そうして背筋が限界に達した時、
「あ、えと、これは……そ、そうだ! 用事を思い出しました! きょ、今日はこれで失礼します! さよなら!」
一万円札を綾部さんに握らせ、逃げるようにレストランから出て行った。
「二度と来んな! ハゲ!」
玉野(偽名)さんは、不格好に走り去る男に中指を立てた。そういえば、私も去り際に「死ね」と罵りを受けたな…。
苦々しい思い出を噛み締め彼女を見ていると、玉野(偽名)さんが眉間に皺を寄せたまま振り返った。
ギクリ。私は肝を冷やした……が、しかし。
「え? なに? 誰アンタ」
眉を顰めたまま彼女は小首傾げた。どうやら私のことは、まったく記憶に無いらしい。
なんだろう。ほっとする反面、ちょっとショック…。
「つかぬことお伺いしますが、あちらの男性との御関係は?」
ひとり消沈する私に代わって、綾部さんが尋ねた。
「ああ? ……まあ、顔馴染みってゆーか、知り合い」
「そうでしたか。よろしければ、あの方のことを、お教えくださいませんか?」
綾部さんの提言に私も頷く。
と、同時にウエイターから「他のお客様のご迷惑になるから」と立ち話を注意され、私達3人は取り合えず綾部さんらのテーブルに着いた。
「アイツはサイテーのヤリモク野郎よ」
腰を降ろした途端、玉野(偽名)さんは辟易した様子で語り始めた。
結論から言えば、あの男は『女遊びが大好きなナンパ野郎』ということらしい。
おまけに大噓吐きで、奥さんは死別などしておらず、むしろバリバリ働き彼と子供を養っているキャリアウーマンとのこと。
反して彼は、詰まるところの主夫……というよりヒモだとか。
暇を持て余しているのか奥さんに買ってもらったスーツでナンパをし、奥さんが稼いだ金でデートに行き、若い女性を食い漁っているらしい。
特に看護師や事務員など女性の職員が多い医療関係を狙って……私は開いた口が塞がらなかった。
「アンタも大変だったね。あんな男に狙われて。アイツ顔だけは良いから騙されるよね」
男の食べ残したデザートを摘みながら笑う玉野(偽名)さんに、綾部さんは静かに首を振った。
「私が浅慮でした。事務長が居て下さらなければ今頃どうなっていたことか……そういえば、こちらはどう致しましょう」
そう言って綾部さんは、テーブルの上に置かれたブランド品の紙袋と花束を見た。
「あー、これ? 捨ててもいーんじゃない? どーせ中身入ってないだろーし」
男の残した袋を手に取ると、玉野(偽名)さんは無遠慮に中身を取り出した。
出てきたのは手のひらサイズの小さな箱。ブランド名もロゴマークも袋のそれと同じだ。
「も、もしかして指輪?」
「なワケ、ないない」
鼻で笑いつつ彼女が蓋を開けば、箱の中身は空っぽだった。
「どういうこと?」
「フリマアプリとかで箱だけ安く買ったんよ。袋は使い回し。最初から渡すつもりなんて無いし。もし受け取っても『手違いで中身入ってなかったー』とか言って次会う口実になるから。セコいナンパ野郎のやりそうな手ェ」
言いながら、彼女は紙袋の中に空箱と花束を仕舞った。
「随分とお詳しいのですね」
「まーねー。アタシもアイツに騙されて、ヤッちゃったクチだからねー。まー、チン◯はデカかったかなー」
ケラケラと楽しそうに笑う彼女とは対照的に、綾部さんは耳まで赤く染め上げ、顔を伏せた。
「んじゃ、アタシはそろそろ行くわ。待ち合わせしてんのよね。医者の男と」
自慢気に席を立った彼女は、「コレ貰っていくね」と花束と紙袋を攫っていった。
まるで嵐の如く騒がしい時間が、途端に静寂を取り戻す。
私と綾部さんは目を合わせ、どちらからともなく、クスクスと笑い合った。




