第52話 07月10日
次の日曜日。頂いたチケットを片手に、私はイベントが催される会場へと足を運んだ。
会場の県営ホールはとても大きく、週末にはスポーツの試合や音楽ライブなども開催されるほどのキャパシティを備えていた。
私は、てっきり最初から最後までお嬢ちゃんの生徒さんが出るのかと思っていたが、地元中学のブラスバンド部や小学生団体による創作ダンスなども演目に組み込まれていた。
それでも子供らが主役のイベントに変わりはなく、約30ほどのグループが時間いっぱいに自分達の演目を披露した。タイバンドのようなものか。
昼過ぎから始まったイベントが3時間も過ぎた頃、漸くとお嬢ちゃんの生徒らしき子供らが登場した。
皆、華麗な衣装に身を包み、舞台の上を優雅に歩いて自分をアピールしている。趣味や習い事でとは思えないクオリティだ。
こんな子ども達を、お嬢ちゃんが指導している……そう思うと、おおよそ関係ないはずの私が鼻高になった。
子供たちの持ち時間は終わり、忙しなく舞台袖へと《《はけて》》いった。
残るプログラムは四つ。会場の半分を埋めていた席はすっかり伽藍堂。残っている観客も帰宅の準備を始めている。
目的は果たしたが、お嬢ちゃんには「最後まで居て欲しい」と言われている。
私は硬まった腰を解しつつ居座り続けた。
そうして時計の針も18時を回り、最後の演目が開始される。
今までより一際激しい音楽と照明効果が、緩んだ視覚と聴覚を刺激した。
壮大な囃子に、思わずテンションが上がる。
舞台の奥から、独特な衣装を纏う美しい女性が姿を現した。
素人の私が一目見ただけで分かる。彼女はプロのモデルだ。
颯爽と歩く様はそれだけで正に芸術。
こう言ってはなんだが、明らかに先の子供らとは違う。会場の熱も明らかに今までと違う。
巨大な空間を魅了する女性モデル達が、ステージ奥からは次々と現れてはステージ上を闊歩する。
少なからず、私も興奮を覚えていた。
けれど次の瞬間、言葉を失った。
なにせ、その列の中にお嬢ちゃんが居たのだから。
普段に病院で見せるあどけない表情や、自信ない姿は見る影も失せて。堂々と、確かな誇り纏う姿は玄人そのもの。
既に観客席は疎だ。もしかすると私に気付いて、手の一つでも振ってくれるかもしれない。
そんな淡い期待も込めてみたが、お嬢ちゃんは真っ直ぐに前だけを見つめ、他所には一瞥もくれていない。
凛としたその表情に、私は綾部さんを思い出した。
歩く姿は薬局王を想起される。
美しく可憐に咲く花々が、連なり列をなせば、客席に向かって各々お辞儀する。
同時に照明が消え、喝采の拍手と共にイベントは幕を降ろした。
心地よい疲労感と充足感に満たされながら会場を出ると、途端にスマートフォンが鳴いた。
お嬢ちゃんからだ。
「――はい。津上です」
『あ、事務長ですか。お疲れ様です。小篠(お嬢ちゃんの苗字)です』
スピーカーから聞こえる声の向こうで、ザワザワと忙しない雑音が犇めいている。
『今、どちらですか?』
「駐車場だけど」
『あ、じゃあ、すみません。ちょっと待っててもらっても良いですか?』
「ああ、うん。分かった」
『ありがとうございます。すぐに行きます』
言われて私はお嬢ちゃんを待った。
しばらくすると、お嬢ちゃんが息を切らせて駆け寄った。よほど急いでくれたのだろう。
「事務長、今日は忙しい中、ありがとうございました!」
「とんでもない。こちらこそ、お誘いありがとう。でもまさか、お嬢ちゃんまで出演するとは思わなかったよ」
「本当はプロのモデルさんが出る予定だったんですけど、急に来られなくなって…」
もじもじと気恥ずかしそうに手遊びしながらも、心なしか、その顔には喜悦と得得たる様が伺える。
「それにしても、モデルだなんて、御両親も鼻が高いだろうね」
褒め言葉のつもりだったが、お嬢ちゃんは途端に悲しげな顔で首を左右に振った。
「父は、私がモデルやインストラクターをやるのが、気に入らないようで……だから今日呼んだ身内の人は、事務長だけなんです」
そう言うと、お嬢ちゃんはニコリと笑ってみせた。
可憐な桜の花のような微笑。
だが私にはその笑顔が、どこか萎れて見えた




