第38話 04月26日【薬局長編・3】
私は、翔介の助けになりたい。
その言葉に、嘘は無い。
もしも翔介と出会った頃の私なら、きっと彼を見捨てていた。
でも今は違う。
翔介の困っている顔なんて、見たくないから。
彼が私にしてくれたように、私も翔介の為にこの手を伸ばしたい。
たとえそれが私にとって、辛く苦しい結末を招くことになろうとも。
だから私は、電話を取った。
「――あ、もしもし。お嬢さん? 今いいかしら。実はね…」
私は翔介に頼まれた通り、お嬢さんを映画に誘った。偶然と医薬品卸会社の小澤さんからチケットを頂いたという体で。
けれど電話の向こうからは『もう事務長と一緒に行く約束をしているから』と、申し訳なさそうな声が返された。
その無垢な言葉は刃物のように、私の胸を深く鈍く刺した。
私は声も出せずに項垂れてしまった。
けれど電話越しに黙ってはいられない。すぐに気持ちを切り替えて、見えもしないのに無理やり笑顔を作る。
「な、綾部さんも誘って4人で行きましょう。独り身同士、寂しい連休を埋め合わない?」
冗談交じりに提案すると、お嬢さんは悩みながらも『分かりました』と明るく承知してくれた。本当は言いたいこともあったでしょうに……翔介には勿体ない、素直な良い子だわ。
そうして約束を取り付けた私は、真綿で首を締められる想いと共に、電話を置いた。
※※※
翌日。私は診間の予防接種が始まる前に病院へ伺った。
都合よく翔介は居なかった。受付の綾部さんに尋ねると2階の事務所だと言う。
「丁度いいわ、綾部さん。今度のGW、私と一緒に映画へ行きましょう」
「え……私と、ですか?」
綾部さんはあからさまに驚いた。普段のクールな彼女からは想像も出来ない表情だけれど……当然よね。お嬢さんと違って、綾部さんとは雑談さえしたことが無いのだから。
「驚くのは分かるわ。でも、聞けば翔介がお嬢さんと二人で映画に行くらしいじゃない。綾部さんも気が気ではないのでなくて?」
「なっ……そ、そんなことはありません! 別に事務長が誰と何処へ行こうと、私には関係ありませんので…!」
つっけんどんに言いながらも、頬を赤らめているのを私は見逃さなかった。
嘘が下手ね。そんな見え見えの誤魔化しが通用するのは、翔介くらいのものよ。
でも、やっぱり……貴女もそうだったのね。
背けていた現実を眼前に突きつけられたみたく、私の胸中に不気味な靄が渦を巻いた。
けれどその心とは裏腹に、表情は努めて明るく微笑んでみせた。
「確かに翔介が何処に行こうと貴女には関係ないわね。でも、お嬢さんが誰と行くかは気になるのではなくて?」
「どういう意味でしょうか?」
首を傾げた綾部さんに、耳打ちするべく私は顔を近づける。
「考えても御覧なさい。三十路の独身男があんな美少女と二人きりになったら、なにを仕出かすか分かったものじゃないわ」
そう言うと綾部さんは、呆れと不信を混ぜ合わせたような複雑な様相を呈した。
「流石に考えすぎかと。あの総天然色事務長にそんな度胸も甲斐性もありません」
「そんなの分からないわよ。「男はみんな狼だ」って、私のお母様もいつも言っていたんだから」
「オオカミ…」
綾部さんの頭に『?』が浮かぶのが見えた。言ってはみたものの、確かに翔介に狼なんて似合わない。せいぜいオカピね。珍獣よ珍獣。
「とにかく、あの二人だけにさせておくのは危険だわ。ここは手を組みましょう、綾部さん」
そう言って私は右手を差し出した。
握手を求める私を、綾部さんは不思議そうに見つめながらも、
「………分かりました。確かに事務長のセクハラから後輩の事務員を守るのも常勤職員の役目かもしれません」
ぐっと、力強く手を握り返してくれた。いえ、ちょっと待って。綾部さん、握力強すぎじゃない?
「しかし、良いのですか?」
「なにかしら」
交わした手を離すと同時、綾部さんが申し訳なさそうに尋ねた。
「このようなことを私が申し上げるのは、失礼かもしれませんが、その……薬局長様は、事務長のことを…」
視線泳がせる綾部さんの表情は、すっかり『女の子』。本当に嘘が下手なのね貴女は。
「心配なら無用よ。だって私は今までも全部自分の努力で手に入れてきたもの。これからだって、どんな困難にも正面から立ち向かってみせるわ!」
傲慢な言動をとる私に、綾部さんはまた不思議そうに首を傾げた。
私の言葉に、嘘は無い。
だって、いつかきっと翔介も、私の実力で振り向かせてみせるのだから。




