第28話 04月17日【1】
待合室に設けている子供用の玩具を買いに行くため、私は薬局王との待ち合わせ場所へ向かった。クリニックから徒歩5分ほどの場所にある最寄り駅だ。
改札口に到着すれば、まだ約束の10分前だというのに、既に薬局王が居た。
遠目からも分かるエメラルドグリーンのワンピースは、ドレスのように煌びやかだ。やはり社長令嬢は着るものからして違うな。
「おはよ、薬局王」
時計を凝視する彼女に声を掛けると、幽霊にでも遭遇したかのような顔で振り返られた。
「あ………お、ご、ごきげん《《お》》う!」
今、明らかに噛んだな。
薬局王も気付いたようで、恥ずかしそうに頬を赤らめている。
「早いね。何時間前に来てたの」
「は、早くなんてないわ! ほんの1時間前よ!」
「……えっ?」
「……えっ?」
一瞬、空気が固まった。
だがすぐに薬局王はハッとして「んんっ」と小さく咳払いする。
「じょ、冗談よ! この私がそんな暇なわけがないじゃない! 私も今さっき来たばかりよ!」
「なんだ冗談か。ビックリしたー」
ほっと私が笑えば、薬局王も「当然じゃない」と焦った様子で返した。折角のジョークを私が真に受けて、戸惑ったのだろう。こういう所が私のモテない原因なんだろうな…。
「まあいいや。とりあえず行こうか」
「え、ええ! そうね!」
私と薬局王は改札を抜け、上りのホームから普通電車に乗った。
「電車なんて、大学のとき以来だわ」
「うわー、出た。お嬢様発言」
「医者の息子のアナタに言われたくないわよ」
「じゃあ聞くけど、薬局王はいつもどこに買い物行く?」
「百貨店よ?」
「わー、やっぱお嬢様ー」
「な、なによ! 別に普通でしょう!」
そうして二人電車に揺られること10分。駅から直結のデッキを抜ければ、市内最大のショッピングモールが目の前に現れた。
「ここって…」
「シオンモールだよ。この店舗は来た事ない?」
「無いわよ。だってここって、カップルとか家族連れしか行けない伝説のスポットでしょ!?」
「どこの伝説!?」
何故か二の足を踏む薬局王は、まるで借りて来た猫のように萎縮し隠れるよう私の後をついて来た。
さっきから落ち着かない様子でキョロキョロと、いったい何がそんなに気になるのか。
「――おっ」
店頭に《《それ》》を見つけた私は目の前の小さな輸入雑貨店に向かった。
「これなんてどう?」
「なによ、それ」
私が手に取ったのはソフトビニールで出来た不細工なアヒルの人形だ。腹を強く押せば『ぶぎゅ〜』と頓狂な音が鳴る。
「そんなもの煩くて仕事にならないわよ」
「そうかな? 面白いのに」
「それならこっちの方が良いわ。ほら、このユニコーンのぬいぐるみなんて可愛いじゃない?」
「そうかなー? なら僕は――」
などと話をしている間に、徐々に薬局王の緊張も緩和されていった。すると、その時。
「お子様へのプレゼントですか?」
物色する私達の横から、女性の店員さんが笑顔で声をかけてきた。私と薬局王は不思議そうに顔を見合わせた。
「お若い御夫婦が仲睦まじくて、羨ましいですわ。何かご不明な点などあれば、お声がけください」
ペコリとお辞儀して、店員さんは笑顔のまま去っていった。
「……夫婦だって」
「そ、それって私があなたの妻で、あなたが私の夫ってこと…?」
「どこをどう見たら僕みたいなオッサンが女のコに見えるのかしら」
冗談交じりに返すと、薬局長は顔を赤く染め上げ真一文字に唇を結んでいる。そんなに今のギャグは面白かったかしら?
「し、仕方がないわね! あなたがどうしてもと言うのなら、今日だけは夫婦のフリをしてあげないこともなくてよ!? 本当に仕方がないわね!」
得意気に腕組みする様は如何にも彼女らしいが、なぜそんなことを言うのだろう。別に夫婦のフリをする必要なんて――
「――ん?」
と、私は《《それ》》を見て気が付いた。
なるほど、そういうことか。そういえばさっきもシオンモールを『カップルとか家族連れしか行けない伝説の場所』なんて言っていたし……それなら。
「じゃ、夫婦らしく手でも繋ごうか?」
「………え、そっ…!?」
すかさず薬局王が顔を上げた。心なしか、さっきよりも顔が赤くなっている。
《《わなわな》》と打ち震える薬局長は何故か辺りを見回して、ゴクリと喉を鳴らした。
そして静かに、その白く細い指が伸ばされた。
だが差し出された五指は私の手でなく、服の袖を優しく摘まんだ。
「きょ、今日はこれで勘弁してあげるわ…」
頬を赤らめ視線泳がす彼女の姿に、思わず私の顔も綻んでしまう。
「それにしても、薬局長も意外と庶民的なんだね」
「な、なによ急に…」
上目遣いに私の袖を掴む薬局長に、私は店内のポスターを指差した。
〈もうすぐ良い夫婦の日! ご夫婦またはカップルでお越しの御客様は今だけラッピング代無料です!〉
「薬局王ならラッピング代くらいケチらないと思ってた………あ、ちょ、い、痛いんですけど薬局王さん!?」
何故か冷ややかな視線と共に、彼女は服の袖越しに私の腕をぎ抓んだ。