第02話 02月14日【2】
「それで、また事務員を募集されるのですか?」
「うん、そのつもりだけど」
結局レジ金の不足千円は見つからず、私は連絡ノートにその旨を記載した。こういうのは犯人探しみたいでイヤなのだが。
「いつからですか」
「まだ決めてないよ。鈴鹿さんも、あと2ヵ月は居てくれるみたいし」
「募集されるなら、早くした方が良いですよ」
「なんで?」
「引継ぎなどもありますから。それに今は2月ですから」
「うん、2月14日だね……あ、バレンタインのチョコレートならまだ受け付けるけど」
「不気味なことを仰らないでください。吐き気がします」
「《《ちべたい》》!」
冷静な綾部さんと打って代わって、私は剽軽に泣く真似をしてみせた。
「今の時期は年末で仕事を辞めてまだ仕事を決めていない人が居ます。3月4月入社に向けて人が動く時期でもありますから」
「なるほど。そういえば綾部さんがウチに来てくれたのも2月だったっけ」
「応募したのは2月でしたけど、たしかに入社は3月でした」
「ああ、そっか。そういえば、そうだったね」
「綺麗なクリニックでしたので。それがまさか、こんな事務長の下で働くことになろうとは…」
「どういう意味っ⁉」
「そんなことより事務長。私は休憩を頂いてくるので、銀行に行ってきてください。もうお釣りの棒金が無いので」
「了解!」
私は敬礼のようなポーズをとってみせた、
「それから、新人さんの募集も早めに御願いします」
「はーい。どんな人が来るかな。綾部さんはどんな人が来てほしい?」
「真面目で大人しい人であれば」
「それは確かにね。無断欠勤とかされるのは1番困るし」
「ええ。小煩いのは事務長だけで充分なので」
「言葉に逐一トゲがあるよ!?」
テンション高い私のツッコミにも綾部さんはツンと氷のように表情を変えない。
だが私は彼女に全幅の信頼を寄せている。
まだ26歳と若いのに私よりもしっかりしていて、医療事務の資格も持っている。もともと薬剤師志望だったが家庭の事情で大学を辞めたらしい。それから調剤薬局で2年ほど勤めた後に、こうしてウチで働いてくれている。頭も良いし医療知識も豊富なので、私が知らないことを色々と教えてくれる。
因みは私も医療事務管理者と医療経営士の資格を持っているが、医師ではない。院長は私が医者になって、このクリニックを継いでほしかったようですが、残念ながら私は医師としての才覚も頭脳も持ち合わせて居なかった。
まあ、そんなことはどうでも良いが。
「とりあえず、明日から募集の準備をしないと。悪いけど応募の対応とか御願いね」
「承知いたしました」
「出来れば経験者とか資格持ってる人が来てくれたらいいけど」
「そうですね。もしくは…………事務長の結婚相手になってくれそうな方などは、どうでしょう」
「ブフォッ‼」
予想外な回答に、私は思わず吹き出した。顔もみるみる熱くなっていくのが分かる。
「な、なに言ってるの綾部さん⁉」
「このあいだ、院長から『お前ももう30歳なんだから、いい加減結婚相手くらい見つけろ』と言われて居られたので」
「だ、だからって職場恋愛は……っていうか、僕が面接するのに、そのヒトとお付き合いするなんて、そんなのダメでしょ…」
「そうですか?」
「そうだよ」
「私はそうは思いませんが」
「え? そ、そう?」
「ええ。少なくとも、私は」
私は照れ笑いを浮かべた。
そんな私の態度が煩わしいのか、綾部さんはあからさまな溜め息を吐くと「休憩に行ってきます」と言って院のテナント2階にある事務所へ向かった。そんなに私の照れ顔は腹立たしいのか?
「にしても、結婚相手ね…」
残された私は両替用のお札を抜き出しながら、ポツリと呟いた。