第16話 03月24日
「――それで、この【レセコン】と呼ばれるパソコンに患者様の情報を入力していきます」
「わかりました」
入職3日目。今日は綾部さんが小篠さんの研修を引き受けてくれた。
基本的に新人研修は私が請け負うのだが、先ほどまで医薬品卸会社の営業さんと、父を交えた3人で後発医薬品の流通に関する話合いが行われていた。
そのため急遽、綾部さんに代打をお願いした次第だ。
小篠さんは覚えが早かった。聞けば、家に帰っても教えた内容を復習しているらしい。
「あまり根を詰めないように」と言ったが、彼女は笑顔で「早く仕事を覚えたいので」と前向きな意思を示してくれた。
嬉しい誤算だ。
仕事も順調に慣れているようだし、小篠さんなら大丈夫だろう。
私は他の事務員さんや看護師さんと彼女を合わせることにした。入職から初の顔合わせだ。
※※※
夕方から勤務の看護師さんが、お二人とも出勤されたタイミングで「このたび鈴鹿さんの後任で入職された新人事務員さんです」と彼女を紹介した。
すると二人の看護師さんは、驚いた様子で「可愛い!」と心音を漏らした。
「お名前は……”おじょう”さんて言うの?」
年配の看護師さんが小篠さんの名札を見て尋ねた。
「あ、いえ。小篠と言います。よろしくお願いします」
「あらー、声も可愛らしい! 本当にお嬢さんみたいね」
「ほんなら、渾名は『おじょうさん』やね」
もう一人の看護師さんが便乗した。京都の出身らしいイントネーションで。
「あ……わたし、実は高校の時も渾名が『おじょう』だったんです」
「あ、やっぱり。なんやそんな雰囲気やもんね」
「じゃあ、これから宜しくね。お嬢ちゃん」
「は、はい。よろしくお願いしますっ」
小篠さんが丁寧に頭を下げると、看護師さんらは「やっぱりお嬢さんみたい」と、受付は小さな笑顔に包まれた。
前に綾部さんが言っていた「先輩女性には好かれないかも」という言葉が気になっていたが、やはりウチでは心配無用だ。
それから数分後に来た遅番の事務員さん(29歳・既婚女性)も、看護師さんと同じようなリアクションだった。
「じゃあ今日の研修はこれくらいにして、上がりましょうか」
「はい」
小篠さん――いや、『お嬢さん』はニコッと笑って受付の事務員さん二人を見た。
「お疲れさまでした。お先に失礼します」
「お疲れ様です」「お疲れさまです」
丁寧に腰を折り挨拶をする『お嬢さん』に、二人も同じように頭を下げた。
私と『お嬢さん』は、並んで2階の事務所へ向かった。
「あの……事務長さん」
「『事務長』で良いですよ。どうしました?」
「綾部さんて、おいくつなんですか?」
「確か、25~26歳だったと思いますけど」
「やっぱり……私とそんなに変わらないのに、すごくしっかりされてて……大人の女性って感じです…」
「綾部さんは特別ですよ。あんなに優秀な人は、他に見たことがないです」
「………」
「でも綾部さんだけじゃなくて、ウチの事務員さんは皆、若いのに優秀な方ばかりですよ。小篠さんもね」
「そ、そんな、わたしなんて全然…」
「本当ですよ? 覚えが早くて、言葉遣いも丁寧で。僕も見習わないと」
あっけらかんと笑う私に反して『お嬢さん』は頬を真っ赤に染めて恥ずかしそうに手を振った。
縮こまる彼女の姿はとても純粋で見た目より幼かった。
「じゃあ、次回も今日と同じ時間で御願いします。嬢ちゃん」
うん、やはり『お嬢さん』よりも『お嬢ちゃん』という方がしっくりくる。
「じ、事務長…」
照れ臭そうに、けれど嬉しそうに微笑む彼女の姿が、私の心を擽った。