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社会通念ガール

作者: ヘルベチカベチベチ

 彼女には、自己紹介ができる程度の社会通念がある。

「初めまして。Aです。よろしくお願いします。」

 愛想はない、華はない、あと学とおっぱいもない。ただ社会通念だけがある。そういうガール。

 これはあまり言われていないが、部屋は住人に似る。であるから当然、Aの部屋にはほとんど何もない。もちろん、生活にどうしても必要なものくらいは揃っているが、若者らしいおしゃれな品や、あるいは自分の推しがしんどいコンテンツなんかの嗜好品はからっきしであった。

 しかしAとて社会人である。彩りのない生活の苦しさはすでに経験していて、趣味を持つことの大切さは知っているつもりだった。そんなAの部屋の、日当たりのいいところにはサボテンがある。地味な色で統一された部屋、そんな中ひときわ異彩を放つサボテンがある。そういうガール。

 サボテンといえば、初心者でも枯らさず育てられると人気の植物である。Aもその売り文句にひかれたクチであり、休日に近所のホームセンターへ行って購入した。そのときにAのレジを担当したバイトはまだ新人で、接客をしながら内心「きっとつまらねえ女なのだろう」とAをバカにしていた。Aが代金を払い終えてレジを去る時の、

「ありがとうございました。またお越しくださいませ。」

 には、それがにじみ出ていた。しかしAは久しぶりの買い物だったので、新人バイトのことなど気にも留めなかった。

 家に帰ってから、Aはさっそくサボテンを飾った。その鉢にちょこんと植えられた姿はかわいらしく、中学のとき飼っていた子猫を思い出させた。ミイちゃん、結局帰ってきてくれなかったな、天国で元気にしているかな。ありふれた言葉を心に並べたが、Aはイマイチ感傷的にならなかった。彼女はそういう感動をしょうもねえものと捉えていた。案外、彼女のハートにはまだ思春期っぽいトゲがある。これから心の成長があるのだろうか。変化があるだろうか。そういうガールだろうか。

 翌日、会社でのAの働きぶりは少し違った。書類や数字には表れないが、同じ職場の人間は確実に気が付いていた。というのも、彼女の発する空気やその顔つきが、ほんのちょっと柔らかくみえたのだ。推しか彼氏か、Aの変わりように気が付いたうちの数人が、この日にAに話しかけたが、面と向かって話してみるとやっぱりAはいつも通りだった。しかしまた一歩引いてAを見ると、やはりその変わりようは気のせいでない感じがするのだった。

 Aは帰宅すると、今日もサボテンは部屋の中で異彩を放っていた。もう冬だ。Aは上着を脱ぎながら、めっきり水やりをしなくなったサボテンを眺めた。その目には、ぼんやりと寂しさが浮かんでいた。Aは振動するスマホの通知を開いた。今のAにはサボテン以外の心の拠り所がある。これから楽しみがある。そういうレイディー。

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