第8話 魔王マリスがやって来た
2人が契約的なものを終わらせてすぐに外が騒がしくなった。
何事かと思ったビスカは窓に駆け寄って外を確認する。この街の囲いは一ヶ所にしか出入り口がない。だから、律儀な奴が来てるならそっちを見ていれば高確率で確認できる。
ビスカは目を凝らして囲いに作らせた門を見つめる。それがゆっくりと開いて誰かを通そうとしている。
そこをじっと見ていると、怪物を恐れなかったビスカの毛を逆立てるような奴が目に入った。
ビスカはかなりの距離でゾワゾワしてしまった。冷や汗が噴き出て歯がガタガタと音を立てる。
その原因をケイトは横で見たが、ビスカほどの反応をしなかった。でも、まずいなって感じの顔はした。
「ケイト…怖くないの…?」
「ん?あー、もう慣れちまったな。魔王なんて大陸内で生きてれば確実に会うことになるからな。会ったことない奴は若いか隠れてたんだろうよ。ビスカは若いから初めてでも仕方ないな」
その余裕な態度を見てビスカは少しだけ嫉妬した。
その横でケイトは慣れさせるための作戦を練っている。で、すぐに最悪な案を思いついて実行することにした。
「そうだ。あの魔王が何しに来た分からないし、近くに行こうぜ」
「えっ?ウソ!待って!」
ケイトは問答無用でビスカを脇に抱えた。そして、即座に窓から飛び降りて走り出した。
ビスカは抵抗しようとしたが揺れがすごくて何も出来なかった。
そうしてぶらぶら揺れること約1分で門のところに到着した。到着と同時にケイトは降ろされて無理やり立たされた。
「ちょっと何するの!」
ビスカはケイトの方に振り返って怒ろうとした。
その時、背後から威圧感の声が呼び掛けてきた。
「おい貴様。我の前に来て背を向けるとは命知らずか」
その声の重さにビスカはビシッと固まってしまった。
そのままゆっくりと振り返る。そこには190cmくらいの大男が立っていた。その男の背中には立派な翼が生えている。
「おっと、同族か。ということは、貴様はそこの森で生まれたのだな」
大男は威圧感を弱めて出来るだけ優しく尋ねた。
しかし、同じ天使なのにレベルが違いすぎてビスカは口をパクパクさせるので精一杯になってしまった。
「………済まない。そういえば産まれて間もないのだったな。怖がらせるつもりは無かったのだ」
そう言うと大男は威圧感を、膨大な魔力を体の内側に収めた。それから改めて尋ねる。
「さぁ、これで答えられるだろう。貴様はそこの森で生まれたのだな」
今度は答えられそうだ。ただ、一度怖い目に合わされたので、睨んで息を切らしながら答えることになった。
それでもビスカは必死に強がって見せる。
「そうだよ。1ヶ月くらい前にそこで産まれたんだよ。親が居なかったから落ちたんだと思うけど」
その話を聞いて大男は確信した。
「そうか。あの時の卵だったか。その時は済まなかった」
大男は膝を付いて深く頭を下げた。その様子を見た街の人々も、大男の部下達も驚いて狼狽えた。
だが、周りがかなり慌てた様子なのに、何も分からないビスカは何の反応も見せなかった。
「魔王様!魔王マリス様!そんなことはおやめください!人間も部下も見ているのですよ!」
ビスカが反応をしなかったのを見て魔王側の偉そうな男が起きあがらせようと近づいた。
その男の手が触れると、即座に魔王マリスは手を払った。そして、許しを請おうとする男の必死な顔を見せてしまった。
その顔をすぐに伏せて魔王マリスはビスカの方を向く。
「我の部下が邪魔をしたが無視して欲しい。今はただ謝りたい。我があの日貴様の産まれる直前の卵を地に落としてしまったことを」
その話を聞いてビスカは驚いた。そして、あの日なぜ森にいたのかを、初めてその理由を聞けると思った。
だから、同じくらいの目線まで降りた魔王を問い詰める。だが、相手は魔王だ。尊重しなければ命の保証はない。
ビスカは細心の注意を払って魔王に質問する。この時のビスカは魔王から見れば顔が影になって怖い状態だ。
「魔王様、お尋ねしてもよろしいですか?」
「構わん。聞こう」
「では、私の親はあなたですか?」
「違う。我は卵の頃から優秀な者達を集めて育てるようにしていた。親を亡くした卵も対象にしていて、その中に貴様がいた」
「なら、全てを話してくれますか。あまり怒ってませんが、あなたの欲しがってる許しを与えるには知らねばなりません」
「分かっている。そのつもりで来た。まだここにいるなら事実を伝えようと思っていた。だが、少し長いかもしれんぞ」
「別にいいですよ。暇なので」
魔王は一度咳払いをしてから話を始める。
「あの日は気分が良かったのでな。普段は部下に任せていた卵の散歩を7個だけ我が行なったのだ。重い卵をたくさん籠に入れて飛べたのは我くらいだからな。調子に乗って高めに飛んで散歩を行なっていたら、運悪く竜と目が合ってしまったのだ。あいつに襲われた我は卵だけでも守り抜こうとしたのだ。ただ、守るために激しく飛んでしまった。そのせいで激しく揺られた卵が1つだけ落ちてしまったのだ。それが貴様だ」
魔王が言ったことにビスカは驚いて目を見開いた。そのまま話を聞き続ける。
「産まれるのが間近な卵は出るために殻の内側を吸収して魔力を得る。つまり、すでに貴様は薄い殻の中に居たから死んだと思っていたのだ。だが、生きていた。だから、謝りに来た」
これでハッキリした。ビスカは運が良かったからこの可愛い見た目と強いスキルを手に入れらたに過ぎないのだ。もし、もっとタイミングが悪ければ確実に死んでいた。
それを理解したら急に怒りが込み上げてきた。
だから、ついつい魔王の胸ぐらを掴んでしまった。
「謝って済むか!魔王だからって許されると思うなよ!私はあと少しで私として生まれることが出来ないところだったんだ!お前は私を殺したのと同じことをしたんだよ!殴っても許せない!」
こう言って怖い顔をしているが、街が襲われて時ほどの怒りを発生させていない。
それは魔王にも伝わっている。だが、なんとかして形式的に許してもらわなければ帰れない。だから、口で言ってもらうために誘導する。
「ならば何をすれば許してくれる?我はここで命を捨てる覚悟もある。産まれる前から神の加護があることは分かっていた。故に優遇してあのようなことになったのだ。神と貴様に殺されても仕方ないことをした。だから、何をされても我は受け入れよう」
その発言は形式的なんかを持ていないことを自分で示している。つまり、本当は帰る気も無いのかもしれない。
その発言に魔王の部下達は覚悟を決めた。ビスカ次第では殺すこともやむ無しと。
それくらいは怒ったビスカでも察することが出来た。なので、安全に済ませるための行動を取る。
そのために掴んでいる手を離して数歩下がる。そこで街の人々をバックにして話す。
「なら生きてください。私はかっこいい魔王になりたいんです。あなたはそのかっこいい魔王だ。見ても考えてもかっこいいとしか思えません。部下思いだし、たった一体の同族に本気になってくれた。そんなあなたが目標になればいい。私の目標になってくれれば許します。それ以外では絶対に許しません」
その優しい条件提示に魔王マリスは人生で一番の後悔をした。こんなにも人を、仲間を背にしてかっこいい奴を手元に置けなかったことを後悔した。そんな状況を作った自分を恨んだ。
あぁ、今のマリスには未来の魔王が見える。本当にもったいないことをした。
あの日の結果少し違えば今頃ビスカは安全に次期魔王になれただろう。そんな未来を摘んでしまった魔王はせめてもの償いのチャンスを受け入れることにした。
「分かったではそうしよう。その時が来るまで生きてやろう」
「では、立ってください。もうあなたが私に頭を下げることなど無いのですから」
本当に慈悲深い。そう思いながら魔王は威厳を拾いながら立ち上がった。
それから見下ろす形になりながらアドバイスを施すことにした。
「慈悲をありがとう。こんなことで自分を許しきれない。だから、せめてものお詫びに教えておこう。同じ種族に魔王は二体もなれない。実際に我は魔王になるためのゴールということだ。それまでにいくつかの課題を小さなゴールにしろ。全てを達成して強くなったら相手になってやる」
「分かった」
分かってくれたことで魔王は頭を撫でてあげたくなった。でも、その資格が自分には無いと思ってるから代わりに追加情報を話すことにした。ついでにスキルの使い方について叱ることにした。
「そうだ。スキルの使い方は考えておけ。あんな身を捨てても戦う竜種のようなやり方では命がいくつあっても足らんぞ。だが、その才は全魔王が認めている。機会があれば会いたいと言っていたぞ。特に人魚はここに来たがっていた。貴様と元勇者に会いたいそうだ」
「来たらあなたから話を聞いていると言いますね」
「それがいいだろう。場合によっては我を盾に使え。そういえば、一部の魔王は貴様に稽古を付けようとしている。気をつけねば死ぬことになるぞ。もしもの時は我を頼れ。国の場所は元勇者に聞けば分かるだろう」
「その時が来たら利用させていただきます。利用する相手にこんなことを言うのもあれですが、もしもの時でなくても遊びに行ってもよろしいでしょうか」
「構わぬ。貴様なら仲間と共に来ても入れてやろう。自由にすることを許す」
「ありがとうございます。魔王様」
「そちらからの話も無いか?無いなら帰らせてもらおう。目的も終えられたらな」
「そうですか。では、また会いましょう」
最後はあっけなかった。少しだけ2人の仲が良くなって解散になった。
魔王が来てある意味で騒ぎを起こしたのに大事にならなかった。これは多くの者から見れば奇跡と取れなく無い。
地上はあの後すぐに普通の生活に戻った。
空を飛んで帰る天使達は少し違った。魔王ロンド・マリスが隠し事を隠し通せたことに安堵ししていた。
その様子に気付いた部下のハウストが尋ねる。
「あの者に何か隠していたのですか?」
「そう見えたか?」
「えぇ。私にはバッチリそう見えました」
「そうか。なら聞け。あいつの母親は我の姉だった。つまり、あの子が姪であることを隠したのだ。もしも、話していたらさらに責めれたかもしれん。これを隠したことは正しかったのだろうか」
そう言った魔王の顔はさっきまでと違って完全に苦しんでいる人のそれだった。
部下のハウストは自分では力になれないと思った。しかし、ここで何も言わないのも違うと思った。だから、優しさを与える。
「私は正しくないと思います。でも、あの子が知るには若すぎます。話すとしてももっと先でいいと思います。もっと大人になって心に余裕が出来た頃に話すのです。その方が双方にとっていい選択でしょう」
「そうか。では、貴様から見れば我の選択は間違っていなかったのだな。そうか。そうか…よかった…」
友人の言葉で魔王は救われた気がした。
これでようやく自分を許せるかも知れない。そう思ったら涙が溢れてしまった。
それを隠してあげるためにハウストは部下全員と共に少し下がった。ハウストが完全に翼を広げて下がればそれだけで周りも下がる。
その状態で国目指す。ハウストは着くまでに涙が治ればと願った。