第75話 聖魔騎士の誕生
イコーナは魔王同盟への正式加入を認められた。
その後ビスカをトップにすることにも同意してくれた。
だから、ビスカは最初の仕事を与える。
「イコーナ。あんたは聖騎士団を解散しなさい」
「はっ?」
ようやく聖騎士団がまとまってきたところで言われたことなので困惑するしかない。
それで文句を言われることを予想してビスカは言われる前に説明する。
「あんたのことを隠したまま聖騎士団を続けるのはリスクが高すぎる。だから、聖魔騎士団として再結成して欲しいの。今度は人魔関係なく採用してさ」
「あっ。あー、なるほど。必要なシステムを壊すっていうから驚いたけど。作り直すなら納得だ」
「やってくれる?」
「任せてくれ。他の魔王達にも負けないくらい立派な仕事をしてやる」
「そっか。それじゃあ、一度帰るよ。エリカが姿を消したなら作戦を考え直さないといけないから」
ビスカは翼を広げたが、すぐに帰らずにイコーナに耳打ちする。
「困ったら頼って。元人間仲間だから手を貸すから」
ビスカはニコッと笑った。
その笑みに対してイコーナは頭を下げて応えた。
魔王デモニオは焼け落ちる建物の近くに転移魔法を設置した。
これでいつでも行き来できる。
ビスカはそれで帰るために魔法陣に乗る。
それから転移するまでの間にビスカはイコーナに手を振った。
シュンッと一瞬で帰ってしまった。
この世界の住人はかなり単純なので、イコーナはすでにビスカを1人の魔王として好きになっている。
だから、帰ってしまったことを寂しく思う。
そこで初めて女らしい顔を、片思いする女の子の顔をした。
それを誰かに見られる前に顔を叩いて消した。
それから仕事に戻る。
「さて、新しい人生を始めよう。今度は聖騎士長イコーナとしてではなく、魔王イコーナとして」
焼ける建物を見ながら気合いを入れる。
その背中に避難に成功した司祭が声をかける。
「きっと上手くいきますよ。我々の神はある意味で邪神です。そんな神様が魔王にしてくださったんですから、あなたは人の上に立つ才能がありますよ」
「メルセ司祭ではないか!無事だったか!」
イコーナは司祭に駆け寄る。
すると、司祭は急に祈り始めた。
そのまま神の言葉を伝える。
《次なる目的地は聖なる地。ここより神聖な場所で血が流れるだろう。動くのは今日ではない。魔力が回復したときに始めるだろう。備えよ》
司祭は神との繋がりが切れると祈るのをやめた。
それから今度は自分の言葉で言う。
「神の意志は伝えました。では、私は田舎の教会にでも身を隠しましょう。また死ぬような目にあいたくありませんから」
そんなことを一方的に伝えて離れようとする。
イコーナはこれ以上に教会から優秀な人材を確保できないと思う。
だから、必死に引き留めようと肩に触れる。
その瞬間、司祭が視界から消えた。
「弱すぎます」
その声に反応して振り返るが、スキルが発動するより先に蹴りを入れられてしまった。
魔王イコーナは防御も間に合わなかったので倒されてしまった。
立ち上がりながら司祭に尋ねる。
「随分と強いな。どこで鍛えたんだ?」
「元傭兵だから動けるだけですよ。魔王からしたら遅く見えるのでは?」
「確かにそうだな。だけど、今のは速度じゃなくて技術がすごいように見えた」
「ほう。見えていましたか。これは素晴らしい」
司祭は感心して「うんうん」と何度も首を振る。
その間にイコーナは立ち上がる。
「残ってくれないか?どういう形で進むとしても司祭の力を借りなければならない。あなたしか頼れないんだ」
司祭は困っている魔王を見てしばらく考える。
魔王はこの世界で神様の次の次に偉い存在だ。
そして、神様の子と言っても過言でも無いのが魔王なのだ。
それを見捨てるのは神シエルを信仰する者として愚かとしか言えない。
考えた末に司祭は判断を下す。
「分かりました。魔王の下につくのは正直不服でした。ですが、神の成したことに反対するのもおかしい。そう考えてあなたに従うとしましょう」
「あー、そうか。私は魔王だから今までと逆になるのか」
「そうです。聖騎士の上に司祭が立ち、魔王の下に人々がつくのです。立場と関係を忘れないことをおすすめします」
「そうするとしよう。では、早速頼みたいことがある」
「何でしょうか?」
「聖騎士団改め【聖魔騎士団】を結成する。今度は間違えないようにしたい。だから、メンバーを選んで欲しい」
「かしこまりました。まずは建物を直して、それから募集ですね」
「忙しくなるぞ。覚悟しておけ」
魔王イコーナはそれからゆっくりと片手を突き出す。
その手にエリカのスキルを込めて発動する。
「さてと。『希望は死ぬこと知らない』だったよな?クロム」
イコーナは過去のことを思い出しながら建物の時間を戻した。
出来れば昔の仲間を救いたいが時間がない。
イコーナが吸収した力は彼女の時間で1時間が経過すると使えなくなる。
しかも、使えば使うほど制限時間が短くなる。
今は建物を火災が起こる前まで戻すので精一杯だ。
だから、今回は友人を救うことを諦める。
「世界は希望を掴んだ。今度こそ負けない。ビスカが居る限り世界は死なないよ。だから、まだ行けない」
イコーナはこの世に居ない人間に聞かせる。
それに奇跡が起きて返事が返ってくる。
《別に遅くても構わんよ。まぁ、ワシらは永遠に待てるからな。土産話を楽しみにしてるよ》
イコーナは目を見開いた。
それから背後に感じる気配に何かを伝えようとする。
でも、何かを聞いたり見ようとしたりすると消えてしまう気がした。
だから、振り返らずにどうにか声を出す。
「1000年でも待ってて。私は必ずいい話を用意するからさ」
イコーナは背後で誰かが笑った気がした。
その次の瞬間にはその気配が消えた。
あの世に帰ったのだろう。
イコーナは建てたばかりのような本部を見つめて新たな覚悟をする。
「やり直すことは戻すことだけを指さない。綺麗に戻ったけど、一度ゼロからやり直そう。一度原点に戻ってやり直そう」
1人だけ盛り上がっていると、生き残った聖騎士達が集まってきた。
さて、どこから話そうか。
彼らに全てを話そう。
あれから数時間後にイコーナは人間達の集まりに呼ばれた。
すぐに来いとのことなので1人で会議場に転移する。
その際にみんなが心配した。
それでもイコーナは覚悟して1人で向かった。
きっと、クロムとビスカならそうしただろう。
イコーナは転移魔法で直接会場に入った。
本来これは違反行為になるが、魔王にそれは適応されない。
つまり、それを教えてやるためにわざわざ演出してるのだ。
柄にもないのに。
会場にはソモンとケイトもいる。
その他でも知っているはずの人が知らない奴になってることに気付いた。
そのせいで会場はちょっとしたパニックになった。
それを魔王が黙らせる。
「私は魔王になった。だから、黙らないと消すぞ。それだけの力がある」
言葉と雰囲気で威圧した。
それでほとんどの王様達が黙るしか無くなった。
だが、英雄達はその程度で怯まない。
だから、ケイトが勝手に尋ねる。
「聖騎士長様だよな?なんで魔王になったんだ?」
「ダリア商会のエリカに殺されそうになったからだ。だから、人をやめて魔王になった」
「エリカだと?それならビスカも追い回してるんじゃないか?」
「ビスカにはエリカを取り逃がした後に会った。そこで魔王同盟に参加させてもらった」
「なるほどな」
ケイトは友人がやろうとしてることを察した。
うっすらと笑みを浮かべる。
イコーナはその後誰からも質問されないので自分から話を続ける。
「その際に私は【聖魔騎士団】を結成することになった。だから、私達の助けが欲しければ認めよ。そして、もうすぐ始まる決戦に資金を投じよ。でなければエリカの力に巻き込まれて死ね」
その脅しに王達は一瞬怯んだ。
だが、やはり一国を統べる王なので簡単には折れてくれない。
それからしばらくは無駄に長い話し合いをすることになった。
最終的にはイコーナの主張が通ってエリカを敵に認定した。
さて、次に現れたら最終決戦だ。




