第74話 元聖騎士長の反撃
イコーナは薬を飲んで改造人間になった。
レア種族の魔族になったイコーナは聖騎士の鎧を捨てながら立ち上がる。
それからゆらゆらと、しかし素早くエリカの後を追う。
エリカは背後から強烈な気配を感じて振り返った。
そこにイコーナが姿を見える。
エリカは予想外だったようで驚く。
「まさか、そんなことがあり得るんですか!?」
「あり得るんだよ。私は聖騎士をやめてでもあなたを倒すと決めた。だから、こうなってここに来たんだ」
「これは困りましたね。改造人間はどんな影響も受け入れて自分の力にすると聞きます。空間を削ったらどうなるんですか?」
「空間を横切って移動できるようになる」
「常識破りですね。勝てる気がしません」
「嘘を言うな。そのための力を持ってるだろ?」
エリカは見抜かれてしまったことで舌打ちをした。
歯ごたえがありすぎる敵は面倒でしかない。
こうなったら終わらせるためにどんな手だって使う。
そうしないと時間が無くなる。
「一撃で終わらせないといけませんか。仕方ないですね。武器をいくつか使いましょう」
「そうでもしないと勝てないよな。それは私も一緒だ。どんな手でも使ってやる」
お互いに本気でやり合う準備が出来た。
エリカは剣と銃を持って相手に向ける。
イコーナは改造されて強化された拳を構える。
さぁ、第二ラウンド開始だ。
「それでは行きます!」
エリカは銃を撃った。
その弾丸は空間を削りながら飛んでいく。
それに当たったらどうなるか分からない。
だから、イコーナは避ける。
「無駄ですよ!その弾丸は特別ですから!」
イコーナは無理やり弾丸の軌道上に引き寄せられる。
この弾丸の能力は引き寄せて確実に当たることだ。
それに気づいた時にはもう遅かった。
イコーナは胸を貫通されてしまう。
「痛っ!」
元聖騎士長は痛みに慣れているが、これは今までと比にならない。
痛すぎて涙が出る。
しかし、死ななかった。
改造されたイコーナは肉体からして普通じゃない。
だから、死なずに反撃できる。
「おかしいですね。スキル無効にスキル無効をぶつけたのに死なないなんて」
「やっぱりそうか!でも、この肉体は臓器が無くなっても平気なの!制限時間以内に再生できればいいから!」
「なら、今度はバラバラにしましょうか!」
「そうはさせない!『反撃正拳』」
「切り捨てます!『次元斬』」
2人は拳と剣をぶつけるために前に出る。
振り下ろされた剣は拳に当たるととんでもない衝撃を起こした。
その後すぐに剣はとてつもない破壊力に耐え切れずに折れた。
本来なら異次元すらも切る攻撃だが、空間を捻じ曲げるカウンターには意味が無かった。
そして、折れた刃はエリカの肩に刺さった。
初めてエリカは大きなダメージを受けた。
それに怯まずにエリカは銃を連続でぶっ放す。
「これで死になさい!イコーナァァァァ!」
「やられてたまるか!エリカァァァァ!」
イコーナは超反応に賭けて防御に魔力を回さない。
それに何かがあると思ったエリカは弾丸の種類を変えて放つ。
6発の銃弾はイコーナの腹を狙う。
だが、全て超反応で避けられてしまった。
しかし、それだけでは意味がない。
見えない弾丸が腹を撃ち抜いた。
この現象にイコーナは困惑する。
「どうして?どこから攻撃が?」
「時間操作の応用ですよ。弾自体は避けられましたが、その攻撃自体は時間をずらして襲ったんです」
「なるほど。これは面白い」
やる気に反して地味に進んだ。
それが不気味だ。
イコーナは何かを企んでいる。
「それじゃあ、距離を取ろうかな」
イコーナはエリカの力を利用して一瞬でかなり離れた。
そこから拳突き出してパンチを繰り出す。
それはエリカに届かないが、衝撃はエリカの顔面をかすめた。
「これは?」
「あなたの力を少し吸収させてもらってる。だから、時間を凝縮してから解放したの」
「そこまで万能とは恐れ入ります。ですが、それも時間制限付きでしょう?なら、最後に笑うのは私です」
「残念だがそれは無い。私は焼け死なない体になったからな。逃げられないなら火のほうが先にあなたを焼き尽くす」
ついでに増援が集まってきた。
彼らはイコーナが大怪我しているのに平気な顔をしてるのを見て察した。
だから、こうなった時に対策に従って彼らはイコーナとエリカを囲む。
ダメならどっちも遠慮なく攻撃するつもりだ。
「いいんですか?イコーナ」
「私の指示だ。もしもの時は敵として私も処理しろと言ってる」
「聖騎士の見本のような人ですね。そんなあなたに勝てないと判断しました。なので、失礼します」
そう言ってすぐにエリカは天井を切って崩した。
それで逃げ道は出来た。
エリカは背中に例の装置を装備するとすぐに飛び上がる。
逃げる途中で静止してイコーナに告げる。
「ここはもう終わりです。『聖騎士は襲撃者を取り逃して本部まで失った』そう言われたら解散するしか無いでしょう。どこも資金を出してくれないでしょうから」
「なるほど。どの結末になってもよかったわけか。勝てなくても破壊できればそれでいいと」
「そういうことです。なので、さようなら。また会う機会が無いことを祈ってます」
そう言い残してエリカは次の目標に向けて飛び立った。
残された聖騎士達は元聖騎士長の指示を待つ。
イコーナはもう指揮を取る気など無いが、待たれてるならやるしかない。
「あなた達!消火は諦めて脱出を目指しなさい!それと助けられる命は絶対に助けるように!これは最後に指示だ!」
「そんなことを言わないでください!」
1人の聖騎士が悲しそうな顔でそう言った。
続けて聖騎士達が声を上げる。
「まだやれますよ!」
「あなたは我々の聖騎士長です!」
「ここでやめるなんて言わないでください!」
「我々は種族なんて気にしません!」
「一緒に人々を守りましょう!」
イコーナは初めて自分が必要とされることに気づいた。
改造人間は人間にあっちゃいけない傷口に触れながら理解した。
まだ自分は人間側なのだと。
いや、どちらかと言うと元人間のアンデット寄りなのかも知れないと。
イコーナは初めて部下を仲間と思えた。
その時、神様の声が届く。
《改造人間のイコーナを魔王と認めます。期待に応えて見せなさい》
その声が聞こえたことによってイコーナは新たなスキルを手にした。
それで自己進化して傷を治す。
そんな人間を捨てた状態でみんなに尋ねる。
「こんな私でもいいのか?」
「「「「もちろんです!」」」」
その場にいる聖騎士達が声を揃えてそう言った。
それで胸が熱くなったイコーナは魔王の初仕事を始める。
「なら、まずは確実に全員を助けよう!」
「お供します!」
「それじゃあ、全員で捜索を開始!制限時間は20分とする!生き残ることを優先せよ!私は外で来客の相手をする。では、始め!」
その指示に従って100人の聖騎士がバラけていく。
それを見届けてからイコーナは壁を破壊して外を目指す。
その5分後、外で待機しているイコーナの所に疲れた顔の魔王達がやってきた。
その先頭に立つビスカが彼女に尋ねる。
「エリカが来たの?魔王イコーナ」
「そうだ。魔王ビスカ」
「それじゃ、時間が無いから聞くけど魔王同盟に参加する?」
「参加させていただこう。私はこの聖騎士団こそが大切だと気づいた。それを守るためなら協力を惜しまない」
「それならエリカの方角を教えてすぐに追いかけるから」
「それはやめておけ。もう飛んで行ける場所に居ない」
「それはどう言うこと?」
「奴のスキルの一部を持っていたから分かる。奴は遠距離移動に空間操作を使っている。今から追いかけても居場所が掴めなければ永遠に飛ぶことになる」
「だから、行けない場所か」
ビスカは悔しさを込めて舌打ちする。
それからすぐにイコーナがエリカとやり合ったことに気づいた。
今までエリカの本気を見た者は居ない。
その情報があるだけマシだ。
だから、ビスカはイコーナに聞く。
「そういえば、エリカとやり合ったの?」
「そうだ。その後に魔王になった」
「雰囲気で魔王になったのは気づいたけど、エリカとやり合ったのは分からなかったよ」
「奴は異次元の強さだ。それに対抗するには同じ異次元でやらないといけない。そのレベルだと攻撃も鋭い」
「そうか。後で詳しく聞かせてもらう。今はとりあえず同盟への参加を認める手続きを済ませるよ」
そう言うとビスカはイコーナに紙とペンを差し出した。
本当はすぐにでもあの危険人物を探したいところだが、無理ゲーなら諦めてこうするしか無い。
もどかしいことだ。




