第59話 舐められるシエル
あんなことがあってから1ヶ月が経過した。
この間は堕天使達で警備を強化してたせいもあって何も無かった。
そのおかげで正式にビスカ領の半分がマキナに渡った。
これによって両国が姉妹のような扱いで世界に定着した。
どちらもまだ未熟で軍事的には強くても、政治的にはどの魔王よりも劣っている。
特にマキナは頭が固すぎる。
ビスカのような何でも受け入れる考えは真似できないらしい。
そのビスカも軽いところがあるせいでよく舐められる。
近くの魔族が襲ってくることが日常となってしまった。
まぁ、どいつもビスカからすれば七妖のレベルにもならないカスなのだが。
しかし、今日の敵は結構歯応えがある。
暇つぶしにはもってこいかもしれない。
「みんな言うけどさぁ?国なんて奪ってどうすんの?」
ビスカが相手を見下しながら言う。
敵対する人妖花種は笑いながら答える。
「奪えば金も食料も棲家も人手も手に入る!しかも、魔王を倒したとか出し抜いたとかなら高く評価される!それが欲しくて私達は悪さするの!」
アルラウネは下半身の花を揺らしながらそう語る。
上半身の人は誇らしそうな顔をしている。
「あっそ。興味ないよ。私はあんた達に負けないから」
「だろうね。私も勝てる気がしないよ。これが効かなければ」
ビスカはアルラウネの花粉で視界を失っている。
どうやら、彼女はルーチェと同じタイプのようだ。
『異常花粉』というスキルで、付着した物や体内に入り込んだ相手に影響を与えるらしい。
まぁ、五感を強化してるビスカには意味がないんだけど。
それでも分かる。彼女は魔王候補だ。
「私には効かないよ。五感がダメなら第六感を使うまでだから」
「うわぁ。強い人の言うことだ。魔王様ってみんなそうなの?」
「私以外に出来る奴はそんなに居ないよ。でも、魔王ラビアラなら余裕かもね」
そう言った直後にアルラウネの顔面をラビアラが蹴っ飛ばした。
どうやら親友として助けに来てくれたらしい。
ラビアラは一応ビスカを心配する。
「ビスカ!大丈夫なの?」
「視界を奪われたけど平気。あいつは5分で戻るって言ってる」
「今すぐには治せないの?」
「未知の力は理解するまで何にも出来ない。時間と視界があればどうにかなるんだけどね」
「そりゃ面倒だね」
そう言ってる隙を突いてアルラウネはラビアラを捕獲した。
地面からたくさんのツタやツルを出して一気に絡め取った。
捕縛されたラビアラはすぐに異常な脚力で破って脱出した。
「あーん。あと少しだったのに!」
「へぇ、あの蹴りで無事なんだ」
「高速再生を待ってるからね。首が取れてもすぐにくっ付ければ治る」
「それはまた不気味だね」
「慣れれば便利だよ。簡単に負けないんだから」
これは厄介な相手だ。
でも、ビスカにはこんなのただの雑草だ。
「ラビアラ、離れてくれる?」
「分かった。2秒後に攻撃を始めて」
ラビアラは言い終えるのと同時にビスカの後ろに下がった。
ビスカはラビアラを信じて炎魔法を発動する。
「焼け落ちろ」
その一言を境に相手の身体が一気に燃えていく。
たった一瞬で燃え広がった。
アルラウネはその火を消そうと必死に暴れ回る。
ツタは地面に叩きつけて火を消そうとする。
本体は花の中に引っ込んで地面に潜った。
「ビスカ!奴が潜った!」
「厄介だね。私の魔法はそこまで精度が良くないんだよ。だから、追えない」
「なら、ウチにエンチャントして!スキルは解除してるからやれる!」
「分かった!」
ビスカはラビアラの居場所を心音で把握してエンチャントを掛けた。
破壊エンチャントを受けたラビアラは思いっきり地面を蹴っ飛ばす。
すると、エンチャントの力を上乗せして地面が消し飛んだ。
残った地面に火傷したアルラウネが姿を見せた。
このタイミングでビスカの視界が戻った。
普通に考えらればアルラウネにもう勝ち目はない。
「さて、まだやるかい?」
「もうやめるよ。そんでもって敗者だから魔王ビスカ様に従います。死ねと言われればそうしますよ」
「それはもったいない。ちょうどいいから魔王になれ」
急に変なことを言われてアルラウネは目を丸くした。
それから不思議そうに尋ねる。
「敵が増えてもいいの?私は確かに魔王候補だけどさ。魔王ビスカ様の期待に応えられる気もしないよ?」
「別にいい。私は全種族から魔王が誕生するのを見たいの。そのために私はここを餌にしてるところもあるの。あんたは見事に釣られたってこと」
「怖い魔王様だぁ。これは逆らえないね。だから、魔王になってあげる。そのために里に帰してくれる?」
「さっさと帰りなさい。帰ってもいいけど見張られてると思いなさい。私は遠くからでも相手の様子がわかるから」
それでアルラウネは逃げられないと悟った。
諦めてこれからは真面目に生きようと決めた。
帰ったら忙しくなるだろう。
「大人しく魔王を目指しまーす。頑張りますね〜」
「ちなみに、あんたの名前は?」
「人妖花種のパラン・ポリネ。こう見えてもアルラウネの長をしてる」
「つまり、里長か。そこから魔王になったらすごいことね」
「それをやってやる。もう逃げないって決めたから」
ポリネはどこかを見ながら覚悟を決めた顔をした。
それから「じゃあね」と言って帰っていった。
ここ最近あんな感じの敵がシエルによく来る。
もしかしたら舐められてるよりは試されてるのかもしれない。
それのおかげでビスカはゴブリン、ゾンビ、スケルトン、メデューサ、ドワーフ、アルラウネの6種族を誘うことに成功した。
彼らにもいつか建国記を書いてもらうつもりだ。
自分も読みたいし、後世に残したいから。
さて、ここで問題があることに気づいた。
だから、帰る前にビスカはラビアラに確認する。
「ねぇ、ラビアラはこの世界に魔族が何種類いるのか分かる?」
「レアなのを除けば37種類だよ。つまり、君の目標まであと22種ってこと」
「まだそんなに居るのか。なら、そのうち旅にでも行こうかな」
「近くで見つからなかったらそうすればいいよ。今じゃビスカも魔王だからどこにでも行けると思うからね」
「それじゃあ、魔蟲はラビアラなら任せようかな?」
「任せてよ!ウチの所に居るから育てて魔王にしてやる!」
「それじゃあ、戻って勉強しようか。終わらないと帰れないでしょ?」
「いーやーだ!もうみんなも成長してるから勉強なんていいでしょ!」
「ダメそうだから戻ろうね」
ビスカは無理やりラビアラをお姫様抱っこして連れて行く。
そうしてあげてる間、彼女は本気で暴れて脱出しようとした。
しかし、相手が悪すぎて逃げられずシエルに戻った。
-----------------
戻るとすぐに大きな魔力を感じた。
それはとても冷たいが、堕天使と違って心地の良い冷たさだ。
これはセッカの魔力だ。
ビスカはラビアラを降ろしていつもの場所に向かった。
そこに着くとイニーでも驚くほどの氷魔法が使われていた。
それを使ったセッカは1ヶ月前と違って大人の女性のように成長していた。
「イニー、どうなの?」
「ビスカ!これいじょうはてをかせないよ!セッカはつよくなりすぎてる!」
高評価だ。
イニーが言うなら間違いない。
セッカはAランク+になったのだ。
彼女はこちらに気づくとゆっくりと近づいてきた。
「魔王ビスカ様。この1ヶ月間、迷惑をおかけしてすみませんでした。もう大丈夫です。ここで生活して他種族の優しさに触れて心は邪魔な物から解放されました。これなら魔王になれます」
セッカは1ヶ月前とは別人のように成長した。
その目には以前のような弱さなど残っていない。
覚悟と仲間への想いだけがその目に宿っている。
これなら帰しても折れないだろう。
誰を見て学んだのだろうね?
「いいよ。卒業して同族の元に帰りなさい。そこで神様を満足させて魔王になっちゃえ。死ぬことは許さない」
「絶対に魔王になって見せます。絶対に死にません」
「よろしい!」
「あの、ここを第二の故郷にして良いでしょうか?」
「いいよ。いつでも帰って来なさい。私もみんなも待ってるから」
「ありがとうございます。では、いってきます」
セッカは故郷を目指して帰るために一度住居に向かった。
その背中を見送立てる時に残りの七妖達は焦りを見せた。
そりゃそうだ。一番遅れてた奴がここで生活するだけで強くなったんだからね。
焦らない方がおかしい。
「あんたらも頑張りなよ。いつまで居てもいいけど、故郷に長く帰らないと魔王になっても苦労するんじゃない?焦らずにゆっくり自分の力を伸ばしてね」
「「はい!」」
いい返事だ。
ここで魔王の卵になれることは証明された。
そうなれば七妖の誇りにかけて、彼らは全力で過去の自分を越えようとするだろう。
一番最初がセッカで良かった。
「イニー、最後まで頼むよ」
「わかってるよ。さいごまでせきんをもってやる」
これなら外に出ても大丈夫だろう。
魔都見学のついでに会ったことのない種族を探そう。
その前に問題があるなら片付けないといけないけど。




