第40話 どんな奴でも弱くなれ
さて、今から作戦を考えないといけない。
竜の姫イニーツィオは現在発狂して暴れている。
だが、魔法は使っていないので街に被害が出るまで時間があるだろう。
攻撃される前に作戦を決めないといけない。
「やるとなったらやりたいことがある」
その発言でビスカに全員の視線が集まった。
「魔力弾にエンチャントして相手を弱体化する方法だ。ただ、あれだけの力を抑えるとなると4発が限界なんだよね。それ以上の回数を撃とうとすると私が死んじゃうね」
たった4発だと魔王達のプレッシャーもすごいことになる。
だが、これに賭けるしかない。
ヴォルカナはその策に乗る。
「なら早く終わらせよう。我らが全力でサポートすればやれるだろう」
「それなら街のみんなは避難させようよ!ミュー達が戦いやすい環境じゃないとサポートできないから!」
「そうですね。マキナさん、避難はしているんですか?」
「スデニ8割ガ避難済ミデス。残リハ私達デ移動サセマショウ」
「マキナ!任せた!」
ビスカの言葉にうなずいてマキナ達は先導しに向かった。
ここに残ったのは魔王3人と竜1人と堕天使1人だ。
かなり不安なメンツだが、今回の目的が倒すことじゃないからいけるだろう。
5人は入念に準備をして覚悟を決めた。
ここで負ければ全部が破壊されることになるだろう。
それを止めなければならない。
『さて、行くか!』と思ったビスカのところに料理人が駆けつけた。
彼は手に弁当を持っている。
それをビスカに差し出した。
「これは?」
「戦いの後でもいいので食べてください。いろんな具を入れたおにぎりです」
ビスカは一応受け取って中を確認した。
それはとても普通なおにぎりだった。
でも、この世界でこんな物が食べられるだけでビスカにとって幸せなことだ。
米なんてこの世界で全然見られなかったから、懐かしいものを戦う前に見れてよかったと思う。
それを片付けて袋の中にしまった。その袋はしっかりと服の中に隠した。
これで戦いの準備は完璧だ。
「後で食べるよ。それじゃあ、行ってきます!」
そう言って魔王達と一緒に戦場に向かった。
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例の穴の近くにはもう誰もいない。
イニーは泣きながらゆっくりと街に向かっている。
その泣き声にも力がこもっているようで、音が届いた建物にヒビが入った。
その壊れかけの建物の上にビスカ達は立っている。
そこからどうやって近づくかを考えているところだ。
「さて、どうしたものか。私は魔力弾を用意する必要があるから真正面から動けない。てか、正面からしか当てられる気がしない」
「それなら我が気を引こうか?」
「それはダメでしょ!絶対に空を飛んでどっか行っちゃう!だから、ここの指揮はミューに任せて欲しい!」
「異議ありません。魔王ミューカスさんにお任せします」
「ウチもそれでいい。そこのドラゴンに任せるよりは100倍マシだ」
「チッ!分かった。我もお前に任せる」
てことで、指揮権が魔王ミューカスに渡った。
彼女はこの場で最適な勝利ルートを考える。
ゴールはビスカの一撃を当てることだ。
それ以外にゴールは用意できない。
なら、やれることはもう決まってるでしょ。
「それじゃあ、まずは魔王と竜だけで行くよ!ビスカは早く正面に移動して魔力弾を作って!」
「了解。では、また後で」
そう言うとビスカは瞬天で400mくらい離れた正面に移動した。
そこに着くと同時に右手の中心に魔力を集中する。
その際に身を守るためのエンチャントも施した。
これを始めた途端にイニーの動きが止まった。
離れているのにこの場にいる誰よりもビスカが危険なことに気付いたのだ。
イニーは震え始めてから急に魔力砲を用意した。
これが放たれれば動けなくなったビスカじゃ無傷は不可能だ。
確実に肉体の一部が持っていかれる。
それを阻止するために魔王ラビアラが走りながらスキルを発動した。
『個別妨害X』
そのスキルの発動によってイニーの魔法陣が全て砕け散った。
これで魔法は使えない。
でも、抵抗ができるので気は抜けない。
それでも一応は安全だと思っていたら奴が動いた。
瞬天並の速度で魔王ラビアラの前に出てきた。
そして、顔面を蹴っ飛ばそうとしている。
「まあまあ!落ち着いてくださいよ!姫様!」
その声が聞こえた次の瞬間に竜の姿に戻ったヴォルカナが片手でイニーを吹っ飛ばした。
かっこよく助けに入ったヴォルカナはザザザッと地面を削りながら停止した。
そこから魔王ラビアラと共に様子を伺う。
さらに次の瞬間にはイニーが鋭い爪で魔王ラビアラの顔面を切り裂こうとした。
戻って来るのが早すぎてヴォルカナの速度じゃ間に合わない。
今度こそ当たる!
と思ったら急にイニーの動きが止まった。
よく見ると鎖で身動きを封じられている。
その先を見ると魔王ミューカスが自分の腕を切り落として擬態を使っていた。
変身しているのは大昔に魔法だけで勇者になった伝説の男だ。
その魔法は現在の魔王達でも使えないものが多い。
その1つである『絶対捕縛鎖』で身動きを封じている。
「ビスカ!まだなの!ミュー達でも傷つけずに抑えるのは難しいよ!」
その叫びにビスカは首を横に振る。
チラッとそれを見た魔王ミューカスは珍しく舌打ちをした。
それから目線を戻すと鎖が緩んでいることに気づいた。
まさかと思った。この鎖の弱点である上に逃げればいいということに気づかれたんじゃないかと。
慌てて空を見る上ると奴が魔王ミューカスを睨んでいた。
「想定外!ここまで頭が使えるなんて!ビスカの言ってた通りだ!」
そう言ってる間に距離を詰められた。
今度は魔王ミューカスを殺そうとしている。
爪か、蹴りか、尻尾か、牙か、どれで来ても普通ならやばい。
まぁ、魔王ミューカスはスライムなんですけどね。
ぽよんと元のスライムに戻って跳ねながら後ろに下がった。
その行動にイニーは初めて驚いたような顔をした。
それを好機と見た魔王ルーチェが『菌類支配者』で作った微生物をばら撒いた。
瓶の中で可愛がっている菌などはルーチェの思い通りの力を得る。
普段は捕食と増殖を繰り返す攻撃な菌を使っているが、今回は別用途に全振りした。
「お嬢さん、そこ緩いですよ?」
その声で気配を消していたルーチェにイニーが気づいた。
振り返ろうとすると足元の地面が沼のようになってイニーを捕らえた。
そう。今回は地面を緩くすることに力を注いだのだ。
分解とはまた違ったやり方なので、ルーチェの企業秘密としているこの力を誰も真似できない。
捕まったイニーは脱出のために翼を大きく動かす。
その反動で抜けようとしているのだ。
そんなことさせるかよって感じでルーチェとミューカスが同時に動いた。
ルーチェは次の菌で緩めた足元を固めた。その直後にミューカスは鎖で再び捕縛する。
今度はミューカスの擬態を3体に増やしてるから、簡単には逃げられらない。
さぁ、仕上げはビスカだ。
完成した魔力弾をゆっくりと狙いを定めて放った!
弾速は遅いがこのまま行ければ当たる!
という重要な場面で魔王ラビアラが膝をついた。
頭を押さえている様子からしておそらく抵抗されたようだ。
ザコならそんなことはあり得ないが、強者ならあり得るのだ。
「ざんねん!」
イニーはそれだけ言って魔力砲を放った。
口の前から放たれたそれは魔力弾とぶつかると爆発した。
その爆発をイニーだけが喰らったが、魔力弾そのものが当たってないから誰もが効いてないと思った。
だが、急にイニーに様子がおかしくなった。
その距離を縮めながらビスカが説明を始める。
「今のは一発に二発分の力を使ったんだよ。それで破壊されても当たるようにした。つまり、デカいのは中身を守るための殻にすぎないってこと。中身は小さな魔力弾だよ。外が壊れたらそれが相手に向かって飛ぶようにしたんだ」
その意味を理解して魔王ミューカスはビスカを睨みつけた。
魔王でもない奴が生意気なことをした。
いくら魔王でも信用できないと言いたんだろう。
ビスカはそれで怒られてもいいと考えた。
だから、面倒な戦闘を今ので無理やり終わらせたのだ。
ちなみに、ビスカがこの方法を使わなければ第二ラウンドが始まっていた。
そうならなかったのはビスカのおかげだからいいじゃん。別に。
誰でもいいから面倒ごとをすぐに終わらせたビスカを褒めてやれ。
ビスカは瞬天を使ってイニーツィオに近づいた。
「さて、こいつの身柄はうちで預からせてもらう。今回はうちの街が被害を受けるところだったんだ。その権利はあるはずだぞ?」
ビスカのその当然の主張にみんな文句はなかった。
お膳立てがあったとはいえ、こんな化け物を止めた奴と喧嘩したくないってのもあるだろう。
魔王ミューカスはこの結果に納得しているが、相手の強さには納得していない。
昔に戦った時はこの程度じゃなかった。
彼女には若い頃の魔竜帝スペラーレと戦っているのか思う程の実力があった。
その面影が完全に消えていた。
同じことをヴォルカナも感じている。
本当にビスカに預けていいのだろうか?




