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第3話 名前って大切なんだな

 移動を始めてから1時間が経過した。

 そんだけ歩いてようやく街に到着できた。男性は後ろに天使が居ることを確認してから囲いの中の街に入る。

 その後をついて来た天使は何も考えずにトコトコと歩いて入ろうとした。

 すると、バチッと何かに拒絶されて弾かれてしまった。

 そのせいでこてっと転んでしまった。


「な、なんで入れないの!」


「おっと、すまねぇ。言ってなかったな。ここは魔物除けの結界を張ってるんだ。これは魔族も通さないように出来てるんだが、通り方を知ってればすり抜けられるんだよ」


 そう言いながら彼は天使のところに戻ってきた。そして、立てるように手を差し出しながら説明を続ける。


「その通り方ってのが魔力防御だ。自身の周りを魔力で覆って守るんだよ。そうすると結界で防御膜が破れる代わりに通れるんだ」


 それを立ち上がりながら聞いて理解した。天使は言われたことをすぐに実践してみせる。


「流れる魔力の方向を変えて回すイメージ。これでいいの?」


「それでいい。通ってみな」


 そう言われて天使はさっきの結界を見て真っ直ぐ進んだ。

 この防御膜は破れると言っていたので一気に行くべきだと思った。だから、バッと瞬時に通り抜けた。

 すると、本当に膜が無くなるだけで通り抜けることに成功した。それに感激して目をキラキラさせていると恩人が話しかけてきた。


「上手じゃねえか。やれば出来るもんだな。産まれたてでも」


「でも、教えてくれなきゃ出来なかったよ。ありがとう。恩人さん」


「こんなことで感謝しなくていいよ。別に命に関わらねえし」


 そう言いながら彼は照れてるように見えた。

 その顔を見て天使はふふっと笑った。それから街に目を向ける。


 この街は【独立街フェリチタ】という小さな街で、この大陸の南側に独立して存在してる。どこの国にも、どの魔王の下にも付いていない異端な街だ。いつ襲われてもおかしくない状況で暮らしている。

 まぁ、神の加護を街そのものが受けているので簡単には潰せないという事情もある。故に彼らは呑気に暮らしている。

 天使を救った彼も呑気にキノコ狩りに出掛けていた。

 とても平和な街だ。


「ねぇ、いい街だね。ここで産まれ育ったの?」


「いや、産まれはとある魔王の領地だ。“あいつ”には付いて行けないと判断して14でここに逃げ込んだんだ。ここの人達は魔王領から逃げ出した厄介者を快く受け入れてくれたんだ」


「ふーん」


 天使は今の話にそっけない態度で返した。

 だが、内心は自分もここでなら平和に暮らせるかなとか考えていた。かなり気に入ったようだ。

 しばらくして入り口あたりで話してる2人に誰かが背後から声をかけてきた。


「ケイト!もう戻ってきたのかい?」


 その声はとても重い感じがした。おそらくこれが魔力の多い人間の言葉なのだろう。威厳とかそういったものを魔力で表しているのだろう。

 つまり、予想できる背後の人物は兵士。あるいは、街のトップ。それか、勇者。

 振り返るとそこには丈夫そうな杖を持った老人が立っていた。見た目からは強そうに思えなかった。でも、その内側から溢れる魔力は天使と同等かそれより上だ。


「なんだ。リーダーかよ。あんたも早いな」


「ほっほっ!歳をとっても周囲の様子見くらい余裕じゃよ!ちと、行儀の悪い動物を懲らしめたがな」


「いや、あそこには魔獣しか居ないだろ。それを杖で倒すって相変わらずとんでもねえな」


「いやいや、ウサギ程度しか相手にしておらんよ。ま、そいつが一番速くて強いんじゃがな」


 そこで2人は大笑いをした。

 それを近くで聞いていた天使は目を丸くした。だって、この老人が倒したウサギは自分がボコボコにされたあいつに違いないから。

 なら、天使の見立ては正しいことになる。この老人はとんでもない実力者だ。

 そんな老人がようやく天使の話題に触れた。


「ところで、このお嬢さんはどうしたんじゃ?」


「あー、こいつはキノコ狩りに出かけて奥に進んだら倒れてたんだよ。だから、助けてここに連れてきたんだ。なぁ、リーダー。しばらく住ませてもいいだろ?」


「構わんよ。ここははぐれものが流れ着いて集まって気がついたら出来てた特殊な街じゃからな。魔族の1人くらい増えても問題ない。それに、溢れ出る魔力からして神に愛されてるようじゃし。縁ありじゃ」


 即答でリーダーと呼ばれる老人は天使を受け入れた。それでケイトはホッとした。

 天使は勝手に話進んでくれて楽ができた。だから、今度は自分から話すことにした。


「あの、ちょっといいですか?」


「ん?わしか?」


「そうです。あなたに聞きたいことがあるんです」


「なんでも聞きなさい。109年も生きてるから大抵のことは知っとるぞ」


 話の流れでとんでもない歳を聞いてしまった。それに天使は心の中で(あり得ないだろ!)とツッコんだ。

 それから仕切り直して尋ねる。


「では、お尋ねします。名前はどうしたら手に入るのでしょうか」


 真面目な顔でこんなおかしなことを聞いた。日本ならあり得ない話だ。

 しかし、老人は困った様子を見せたのでこの世界でも別の意味でおかしいようだ。


「それは…他人に決めてもらって魂に刻めばいいんじゃが……親が居ないなら…うーん、困ったことになったなぁ…」


「なるほど。理解しました」


 どうやらこの世界では名前が重要過ぎるようだ。名前決めも厳かな儀式のように行われるのかも知れない。

 だが、この天使は生まれた時から孤独だった。これがこの世界での孤独で居続けることの弊害らしい。

 老人は本当に困った様子でヒゲを触り続けている。さっきからサラサラ音を立てながら長いヒゲをいじることしかしていない。

 しばらく3人とも黙っていると、ケイトが何かを思いついたようにポンと手を叩いた。それからふざけた案を天使に提示した。


「おっ!それなら僕が付けてやろうか?良いのが思いついたんだよ!」


 老人からしたらこれは最悪な状況らしい。露骨に嫌そうな顔をしている。

 でも、決めるのは天使だと思い直したようで真面目な顔を天使に向けた。


「こいつで良いと思うなら聞いてみなさい。嫌なら断ってもいいんだからな」


「それなら聞くだけ聞こうかな」


 天使がそう言うとケイトは嬉しそうに笑顔を見せた。

 それからふっと息を吹きかけるように名前の候補を告げる。


「“シエラ・ビスカ”なんてどうかな?」


 その名前を聞いた時、天使の中でピンッと来てこれがいいと思った。

 本能が勝手にいいと言ってるだけなので何故そう思ったのかは分からない。でも、後悔しないとは思った。


「それがいい!」


「じゃあ、これで決まりだな!」


 お互いが了承すると天使の体が短く光った。

 それから魂に名前が刻まれたことが確信できた。

 これはとてもいいことだが、リーダーは少し文句があるようだ。それをケイトにぶつける。


「決まっちまったものは仕方ない。でも、それで怒られても知らんぞ?」


「別に平気だろ。神様自身のお気に入りだし」


「じゃが、少しは躊躇(ちゅうちょ)せい!“シエラ”は我らが神の名じゃ!軽々しく与えて良いものではない!」


「今怒られてないからいいんじゃないか?怒ってるからここの加護を外してるだろ」


「怒ってないから良いってもんじゃない!もう少し危険性を考えろ!」


「はいはい。分かりましたよ」


 2人の会話を聞いてビスカは少し申し訳ない気持ちになった。自分も何も考えずにその名前を受け入れたのが原因だから。

 でも、老人はしばらくしてビスカの暗い表情に気づいた。だから、怒ってるのはケイトにだけってことを伝える。


「ビスカちゃんや。君は気にせんでいいよ。怒られるべきなのはこの馬鹿だけじゃ。君は気にせずに人生を楽しみなさい。神様は神のことなら許してくれるじゃろう。ケイトは加護もないから怒られるかも知らんがな」


「本当にいいんでしょうか。神様の名前を勝手に使って皆さんに迷惑が掛かったら…」


「いらん心配はせんでいい。もしもの時は神様と話し合うまでのことよ。あの方は本気で怒ってるなら自分から出てきて暴れるからの」


 そこまで言ってもらったのだ。ビスカは暗い顔を()めようと思った。

 だから、また暗い顔をしないために街に目を向ける。


「じゃあ、今はこのことを一旦置いて買い物したいです。家もそうですけど服も何も持ってないので」


「金はあるのかい?」


「大丈夫ですよ。リーダーさん」


「それならケイトのバカに案内させよう。いいな?」


「はーい。ちゃんとやらせてもらいまーす」


 ここで話は一旦終わった。なのでビスカはバイバイと言いながら手を振ってそこから離れた。

 もちろんリーダーは手を振り返した。


 そして、残ったリーダーは独り言をボソボソと言う。


「ああいう風には言ったが、流石にまずいかもしれんな。神様が動かなくても他が動くかもしれん。元々あの神様は強いだけで好かれておらんからな。さて、神様の名誉のためにも警戒を強めねば」


 意味深な言葉を置いていった老人は警備のために再度森に向かった。その背中からはまるで勇者のような風格が感じられた。

 しかも、杖はゆらりと幻影を剥いで本当の姿を見せた。それこそある国の勇者の剣だった。

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