第37話 堕天使の国が生まれる
世界中で堕天使が生まれた事実が騒ぎなった。
それは全魔王だけでなく、全ての国の全住民から起こる騒ぎとなって大事件となった。
この世界に堕天使は約50万体も存在している。
今まではビスカ級の強者が居なかったから、魔王誕生を視野に入れていなかった。
だが、ビスカは産まれた時から魔王になる切符を手にしている。
神の加護を持つということは、神がいつでも見てくれる状態であることの証拠を手にすることなのだ。
その情報がどこかから漏れた。
そのせいで世界中があり得ないほどの騒ぎになってしまった。
ダリア商会もこれは予想外だったらしい。
いつもは部下に任せて動かずにいたエリカも先手を打とうと考えてある。
世界が騒がしい中でも竜は自由気ままに空を飛ぶ。
だが、火災竜ヴォルカナは違った。
自分が気まぐれに加護を与えた者が騒ぎを起こしたと知られたら、魔竜帝スペラーレはヴォルカナを叱るためだけに暴れるだろう。
この地が気に入ってるヴォルカナは慌ててどこかに飛んで行く。
魔王達はどうすればいいのかを決められずに困っていた。
あの地には危険なモノが封印されている。
そんな場所に堕天使の強者が居続けたら何が起こるか分からない。
すでに各地の堕天使達に妙な動きがあることが分かっている。
そいつらまで集まったら……封印が何もしなくても解けるかもしれない。
魔王達はどういう名目で動けばいいのか分からずに会議すら開けないでいる。
こんな状況を渦中の人物は知らない。
自分がどれ程のことをしたのかを知らずに呑気にしている。
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ビスカは会議室にマキナとケイトだけを入れて話し合おうとしている。
ちなみに、この2人には【人族長】と【魔族長】の役職名を与えた。
そのせいなのか2人は少しだけ強くなったように見える。
その2人も準備が出来て席に着いた。
2人の後にすでに魔王の卵となっているビスカが席に着いた。
「さて、堕天使になったのはいいんだけど…」
「ドウシタンデスカ?」
「根本は変わらないよなって思ってさ。堕ちることに何の意味があるの?」
確かにビスカは羽以外に変化が見られない。
2人から見てもよく分からないらしい。
「でも、よかったじゃねえか!もっとヤバい奴になるんじゃないかってみんな心配してたんだぜ!」
「つまり、みんなは私が堕天しかけたことに気づいていたんだね?そこまで進んでるのに気づいてなかったのは私だけか」
「本人ハ普通ナラ気ヅキマセンヨ。ソンナコトヲ今更気ニシナイデ先ニ進ミマショウ」
「……そうだね」
なんか誤魔化された気がする。
でも、この街を国のように機能させるとなると早く決めた方がいいだろう。
魔王達はすでにビスカを仲間のように思っている。
となるといつ本格的に交易したいと言い出すか分かったもんじゃない。
だから、テクノロジアとアルマドラから得た情報と物と人で先に進まないといけない。
「今私はいくつかの部門にトップを用意した方がいいと思ってる。大臣的なものだね。そいつらに教育とかも任せようと考えてる」
「考えてる部門はいくつあるんだ?今の段階でいいからよ」
「今は農業部門、技術部門、魔法部門、研究部門くらいかな」
この街に足りてない物を増やす作戦だ。
食料は今のところ魔王ラビアラの協力を得ている。
実は彼女自身がビスカのことを気に入ってしまって、あれからよく物資を支給してくれているのだ。
その裏には魔王マリス、ルーチェ、ブルームの3名が居るらしい。
いつまでも彼女達に助けられているわけにはいかない。
だから、自分達で作れるようにならないといけない。
「現状を変えるために農業は最優先だ。肉に関しては我慢、あるいは近くの魔獣を狩るか……」
「ソレハヤメテオキマショウ。モシ、魔王ラビアラヲ怒ラセタラ今マデノ関係ガ終ワッテシマイマス」
「だよね。となると肉や魚はダメかな?」
それを得るのは絶望的かと思ったところでケイトが希望になる案を思いついた。
「いや、ビスカがうまくやればいけるかもしれない」
「それはどういうこと?」
そう聞くと彼は真面目な顔で話し始めた。
「魔都見学ってのをやってるんだろ?それで獣人の所に行ければあそこの技術を手に入れられるかもしれない。あそこはいろんな獣人がいるからな。安全に肉を食うために遺伝子操作をしてるらしいんだ」
「うん?それを教えてもらってもうちじゃ誰も出来ないんじゃない?」
振り出しに戻った。
と思ったらマキナがその案に情報を付け加えた。
「技術ヲ使ウ人ノ心配ハイリマセン。ソノ遺伝子操作ハ能力ニヨルモノデス。ソレヲ持ッテイル知リ合イガイマス」
「それって誰?」
「アノ戦争以来何度カ会ッテイル妖精リゲロ=マーチデス」
あいつかよ!
確かに手の内は明かしてくれてなかったけど!
なんで戦争を起こした張本人と被害者が仲良くなってるの!
言いたいことはたくさんあるが口には出さずに抑える。
「説得してここに来てもらうことは可能そう?」
「可能デス。何度カコノ街ニモ来テイマス。ソノ時ニ移住ノ話ヲシテイマス。彼女ハ魔王ルーチェ様カラ『国が安定したら外を見て来なさい』ト言ワレタソウデス。ナノデ、可能性ハ高イト思イマス」
「それなら説得は任せる。もしもの時は私も助けてやるから安心してぶつかってこい」
「分カリマシタ。友ヲ信ジテブツカリマショウ」
さて、これで食糧問題の1つはどうにかなりそうだ。
だが、それは肉の問題が解決しそうなだけで、本題と魚の問題は解決していない。
魚は川も海も少し離れているから今回は考えないものとしよう。
だから、今から本題に入る。
その前に少し休憩を入れよう。
2人の魔王に会ってその魔力を近くで浴びすぎたのかも知れない。
いつもより疲れて眠気が襲ってきそうだ。
「まだ始まったばかりだけど一旦休憩しよう。ちょっと月でも見たい」
「分かった。だがよぉ。頑張りすぎなお前はもう少し手を抜くことを覚えろ」
「ソレニハ同感デス。モシ倒レタラ来テモラッタ方々モ不安二ナッテシマイマス」
「そうだね。すぐに休むためにも適度に休憩を入れよう。そうすれば仕事がすぐに終わる」
そう言ってビスカは席を立った。
ビスカは月を見るために窓を開ける。
そこから空を見上げようとしたら嫌な予感がした。
だから、サッと避ける。
すると、何者かが足から突撃してきた。
「とりゃー!って避けられた!」
1人が跳び蹴りで入ってきたらしい。
その直後に遅れてマキナとケイトが戦闘態勢に入る。
さらに2人の反応より早く1人が窓から入って床にそっと着地した。
「そうなりますわ。相手は私達より強いのですよ」
「そうだよね!魔王に近い方が避けられても普通だもんね!」
「そうですわ。堕天使初の魔王になるかも知れない方なら当然の行為ですわ」
2人はここに居るのが普通みたいな空気を作っている。
そのせいでマキナとケイトは迎撃するのが遅れてしまった。
今更遅いかも知れないが、2人は目的不明な侵入者を追っ払うために立ち向かおうとする。
2人が攻撃をしようとすると侵入者達はニヤリと笑った。
それが見えたのでビスカは瞬天で間に入って止めた。
「待った。攻撃する必要ない」
目の前にビスカが急に現れたことで2人は焦りながら踏みとどまった。
それから急停止させられた2人は怒った。
「危ねえな!あと少しで殴るとこだったぞ!」
「ソウデス!私モ殴ッテシマウトコロデシタ!」
「ごめんて。でも、私の敵では無いみたい」
そう言われて2人は相手を確認する。
よく見るとビスカほどの大きさでは無いが、侵入者の両方の背中に黒い翼が生えている。
つまり、どちらもビスカの同種で敵では無いことになる。
この世界では同種と喧嘩することがあっても、魔王の席の奪い合い以外で戦うことはほとんど無い。
だから、ビスカの身の安全は保証される。
問題はビスカの味方であると言わなければ殺しても構わないと言うことだ。
マキナとケイトはあと少しであの世だったかも知れない。
「あら、残念ですわ。ここまでの強者とはなかなか出会えませんのに」
「すごく残念!戦ってみたかった!」
「「そして、未来の魔王が何も言わなければ死なせてみたかった」」
こんな長いセリフを完璧に合わせるなんて仲がいいんだろうな。
なんて言ってる場合か!
ビスカはくるっと180度向きを変えて堕天使達の顔を見る。
「物騒なことを言うな。てか、この町の連中に手を出してみろ」
次のセリフを言う前にビスカは不気味な魔力で威嚇する。
その状態のまま言い放つ。
「お前らは明日の月が見れなくなるかもな」
そのセリフとオーラから感じる覇気で堕天使達は確信した。
この方こそが自分達の王にふさわしいと。
だから、跪いて非礼を詫びる。
「試すような真似をして申し訳ございません。一応は理解していたので殺すつもりなどありませんでした」
「我々はこれまであなた様のような強者を得ることができませんでした!ですが、今回はあなた様が居ます!どうか我々をこき使ってください!それで今の罪を償いましょう」
急にそんなことを言われてビスカは怒る気がなくなった。
だから、溢れている魔力を消して堕天使達に言う。
「償わなくていい。堕天使がそういう生き物だっていうのは知ってるから。だから、私のために働け。私が魔王になった時に堕天使全員を配下にしてやる」
「かしこまりました。では、この街に住まわせていただけるのですね?」
「人手が足りなくなるところだったからね。それに、準備が終わったら迎えにいくつもりだった。同族を守るのも魔王の務めだと魔王マリスから学んだ」
彼が言ってたのはかなり特別な相手に対する言葉だった。
彼はこうなって欲しいと思っていなかったが、ある意味では理想通りに育ったのかもしれない。
まぁ、魔王マリスのせいで巨大勢力が生まれたと言えるだろう。
他の魔王にそのことがバレたらどうなんだろうか。
「さて、こいつらを私の下につかせるけど、マキナとケイトは文句ない?」
「文句しかねえよ」
ケイトは頭をボリボリ掻きながらそう言った。
でも、その顔には諦めような表情が浮かんでいる。
マキナも同じような状態だ。
「まぁ、ビスカならそんな危ない連中もどうに出来るんだろ?なら、文句を言っても仕方ねえよ」
「私達ハ友ノヤルコトニ反発シマセン。特ニコノ場合ハ受ケ入レルベキデショウ」
もっと反対されるかと思ったけど、案外すんなりと進んだ。
でも、これからが問題だ。
土地はあるけど住居数が圧倒的に足りない。
どれくらいがここに向かっているのかを恐る恐る聞いてみる。
「この2人が許したから話を先に進める。で、堕天使の総数はいくつ?そのうちの何人がここに向かってるの?」
「総数は約50万ですわ。いえ、誰にも見つからないようにしていた者も居るので、訂正して総数は約200万ですわ」
「そのうち約150万が今夜中に到着する見通しです!その後に残りの50万も向かうことになっております!」
「えっ?マジ?確実に足りないじゃん」
ビスカは絶望感に陥って思わず天井を見上げてしまった。
その数がこの街に来たら住居も食料も足りなくなる。
それどころかその他設備も足りなくなってしまう。
これを絶望的な状況と言わないのならなんて言うのだ。
その絶望的な状況を堕天使達が少しだけひっくり返してくれる。
「我々は月の光さえ浴びられれば寝なくても平気ですわ。ですので、住宅の建築でしたら作り方を教えてくだされば我々でやりますわ」
「食料も蓄えを全て持ってくる計画になっております!ゆえにしばらくの心配はありません!ご安心を!」
「だとしてもいつかは足りなくなる。その時はどうするの?」
「先のことばかりを考えてはダメですわ。堕天使なんですから適当にやれば上手くいきますわよ」
なんか金髪美人の堕天使が駄天使な気がしてきて。
でも、楽観的なのも必要なのかもしれない。
ずっと頭を使ってられないからね。
「そいつのことは無視してください!この土地なら農作物もよく育つと思います!国として広がるなら海の方に向かいましょう!そんなに離れていません!」
こっちの赤髪のチビは金髪さんよりマシらしい。
てか、海の方に向けて広げるなんて考えてなかった。
確かにここから高く飛べば余裕で海が見える。
川がないならそこを目指せば魚は確保できる。
もしかして、そんな案を出せる彼女はそういう役職に向いてる?
「その案気に入ってた!また何か思いついたら言うように!」
「かしこまりました!」
うるさいのが気になるが、優秀ならその程度の欠点はどうにでもなるだろう。
さて、もう言ってしまおう。
「200万を越えれば国と名乗ってもいいでしょ。てことで、ここをしばらくは堕天使中心の国とする!勢いで言ってるから文句があれば言いなさい!」
しばらくビスカは様子を見た。
その場にいる全員がビスカに文句がないことを伝えるために黙って目をつぶる。
誰もビスカがトップに立って国を成立させてしまうことに文句はないらしい。
「じゃあ決まり!名前はまだだけど国として進める!」
それを認めたことを表して4人は拍手を送った。
国になることが決まった以上はビスカの今までやり方から変えないといけない。
他にもやるべきことが山積みだ。
さぁ、忙しくなるぞ!




