第36話 堕天使誕生の日
そういえばビスカは何かしら書面とか用意してなかった。
魔王と口約束をしただけに過ぎない。
これでは自分達が損をしただけになってしまう。
30分ほどビスカ達は進まないやり取りを鬼の商人としていた。
そこに雰囲気が変わった魔王フィアンマがやって来た。
「困ってるようだな」
「これってあんたの策略か?」
「違うな。どっちも馬鹿だったってだけのことだ。まぁ、今回は魔王の俺の方に責任はあるだろう。知らなかったであろうお前と違って俺は知っていたのに忘れたからな」
てことで彼が商人に話を通してくれた。
これで種や竹を持ち帰れる。
「様子を見に来てくれたのか?」
「忘れてたことに気づいたからな。困ってるだろうと思ってわざわざ来てやった」
「そりゃどうも」
「そのタメ口は勝者の余裕か?あまり調子に乗ってると痛い目を見るぜ」
「そうかもね。では、今からはあなたの顔を立てますよ」
その態度に魔王フィアンマは鼻で笑った。
こう話してる間に戦利品はヒスイ達の手で次々と袋の中に押し込まれる。
その不思議なアイテムに商人は目を輝かせている。
ただ、魔王の前なので下手に動かないようにしている。
「俺のひょうたんは今持っていないが、あれもアーティファクトだ。それと一緒だな」
「なんで持ってないんですか?」
「今回は俺のミスでこの国を危険にさらすところだったことに気付いた。反省のために禁酒することにしたんだ」
酒好きな魔王が禁酒!?
ビスカは驚きすぎて今までに無いくらいに首が素早く動いた。
その目に映った魔王の顔は真剣で本気だった。
だから、感心しながらビスカはそのアイテムについて聞いてみようと思った。
「あれってどんな力があるんですか?」
「一度入れた酒が再生産されるんだ。言ってしまえば無限に酒が出るひょうたんってことだ。酒が少しでも残った状態なら逆さだろうと酒を増やし続けるんだ」
「もしかして神様のアーティファクトって無限が必ず付くんですか?」
「おそらく付くんだろうな。神の力だからそれくらいは出来るだろうな」
「な、なるほど」
禁酒した相手に酒関連の話を続ければいじめられると思っていた。
だが、それよりもアーティファクトの話に持って行かれてしまった。
まぁ、自分の以外に神のアイテムがあることを知れただけでも十分だ。
そんな話しをしてる間に優秀な仲間達が仕事を終えて報告しに来た。
「ビスカ様、入れ終わりました。竹は後ほど運ばれる手筈です」
「分かったよ。それじゃあ魔王様、そろそろ失礼します」
「おう!今度来る時は魔王になったことを手土産しろよ!」
「出来ればそうします」
ビスカは招待状の魔法を発動して逃げるように帰った。
これ以上面倒なことになるのはごめんだ。
そこに残った魔王は拾ったままだった羽をくるくると弄る。
それから呟く。
「どうせすぐになる。そうなれば勢力図が大きく変わるな。出来るだけ堕天使とは仲良くしねえと」
彼はため息をついて屋敷に帰っていく。
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ビスカ達は一瞬で街に戻った。
その時にはもうだいぶ暗くなっていた。
それでもやらなければいけないことがある。
「ヒスイ、とりあえずあんたを代表と認める。あんたから伝えおいて。鬼全員を正式に認める。これから期待してる」
「えっ?えっと」
急に言われてヒスイは困惑してしまった。
その隣にいるホノカも同じ反応をしている。
「もう一度言う。ヒスイを鬼の代表にしてやるから全員に伝えろ。正式に認めてやるから期待に応えろ」
もう一度言われることで現実であることを理解した。
ヒスイとホノカは跪いて返答する。
「その役目、ありがたく頂戴いたします」
「では、伝えて参ります」
2人はバッと駆け出してどこかに行ってしまった。
その後をテツがゆっくりと追いかける。
一応からも鬼だからそれでいいだろう。
残った魔獣達にも仕事を与える。
出来るだけ早く伝えなければいけないから。
「あんた達は街のみんなを広場に集めて。マキナを見かけたら私の近くに来るように伝えて。ついでにケイトにも来るように伝えてね」
「かしこまりました。あの、ビスカ様は人が集まるまでどちらに居られるつもりで?」
「私は広場にいるよ。そこで話すことの確認をする」
「では、お待ちください」
魔獣達もサッと姿を消した。
その場にポツンと残されたビスカはジワジワと黒くなる翼を見てから広場に向けて歩き出した。
ゆっくりと歩いていく。
今いる場所は家の前だ。魔王フィアンマが気を利かせてくれたらしい。
今のビスカには要らぬ世話だった。
ここから街の広場まで少し距離がある。
でも、ゆっくり行けばいいだろう。
街を見ながら散歩するように広場にやって来た。
広場をよく見ると演説台のような物が置かれていて、その周りをたくさんの人が囲んでいる。
この短い間に人がかなり集まったらしい。
よく頑張って集めたものだ。
ビスカは飛んで組ませておいた足場の近くに行く。
そこに着地するとマキナとケイトが待っていた。
彼らはビスカを見るなり何かを言おうとしたが、ビスカの翼がこの短時間でさらに黒くなってることに気づいて黙ってしまった。
それから10分ほどで全員が集まった。
現在は他の国からの移民などを受け入れているので、総人口が1000人に達している。
その全員がビスカの呼び掛けて応えて集まってくれた。
彼らの期待とは違うかも知れないけど、この先重要になる話なので足場の上から話そうと思う。
たんっとジャンプして足場の上に立つ。本当はもっとちゃんとしたやつがよかったのだが仕方ない。
「えーと、それじゃ私から発表とか色々言わせてもらう。みんな静かに聞いて欲しい」
さっきまでざわついていた人々はこの発言を聞いて少しずつ静かになる。
10秒ほどで完全に声が聞こえなくなった。
そこで咳払いをしてから早速メインから行く。
「みんなが私のことをどう思ってるか知らない。でも、知るつもりもない。みんなを守る気はあるけど、みんなに利用させれる気もない。ついて来たくなればどこにでも行くといい」
人々は何を言おうしてるのか理解できずに困惑する。
近くにいるマキナとケイトも理解できていない様子だ。
でも、ビスカの真剣な顔を見れば誰でも察せるんじゃないか?
「私は白い天使として魔王になることをやめる。堕天したってみんながいれば怖くない!」
そう言った瞬間に大きなが翼が広がってみんなに見えるようになった。
その状態で一気に黒く染まって黒い光と冷たい魔力を発した。
その一瞬の出来事でこの街の上に立つ者の性質が変わった。
驚く人々に向けてビスカは言い放つ。
「私は堕ちたことを後悔しない。こんな私について行くのが怖くなったら出て行きなさい。私は引き止めない。逆に受け入れるなら拍手喝采せよ」
しばらくはみんな動かなかった。
でも、ケイトとマキナが拍手を始めたことで少しずつ音が大きくなっていった。
最終的には全員が拍手してくれた。それは上から見ただけではわからないが、新たに得たスキルでそれが分かった。
ビスカは満足して片手を上げる。
人々はそれの意味を理解して拍手をやめた。
今度はすぐに静かになった。だから、すぐに話を続ける。
「では、私が上に立ってお前達を守ろう。その代わりにしっかりと役割をこなしてもらう。そのために。マキナとケイト!上に来なさい!」
マキナは呼ばれてすぐに飛んできた。
元々飛べる彼女にはこの程度の高さなんて問題ない。
問題があるのは飛べないケイトだ。
普通の人間だからハシゴを登らないとここに来れない。
仕方ないからビスカが降りて迎えに行った。
堕天して力もついたのでエンチャント無しでケイトを抱いて上がれるようになった。
そうやってケイトを上に連れて来てビスカの横に並ばせた。
空いてる方にマキナが立った。
「この2人を人間代表と魔族代表とする。つまり、この街で私の次に偉い役職にする。名称はそのうち考える」
2人はそんな重要な役割を与えられたことに驚いたビスカの顔を見る。
でも、説明なんてしてくれない。
だから、自分達で考えてその役割を引き受けることを覚悟した。
「ビスカ、ソノ役割ヲコナシテ見セマショウ」
「俺もだ!あんたからもらった役目をしっかりと果たしてやる!」
2人がそう言ったことで拍手が湧き上がった。
それにも感激してケイトは今にも泣きそうだ。
それを隠すようにビスカが一歩前に出て言う。
「私が居ない時はこの2人を中心にするように。ちなみに、私は他にも役職を用意している。それを誰に与えるか決まったら私の家に呼ぶ。その時はすぐに来るように。では、解散!」
そう言うとビスカは帰れとオーラで脅した。
それに従ってみんながぞろぞろと帰っていく。
その場に残ったのはビスカとケイトとマキナだ。
ビスカは2人に向けて言う。
「私が作らせた中央施設を使う時が来た。2人も十分な準備をして会議室に来なさい。そこで誰に役職を与えるか話すよ」
その指示に2人はすぐに動いた。
「分かった!それじゃあ、先に行ってる!」
「私ハ料理人ヲ手配シマス。チョットシタモノナラアソコデモ作レルデショウ。デハ、私モ失礼シマス」
2人はそれぞれの行くべき場所に向かって動き出した。
その後、ビスカは完全に月が昇った空に向かって飛んだ。
その光を浴びて魔力を回復させる。
天使の頃とは逆になったらしい。
まぁ、忙しくなる前に魔力を回復できてよかった。
これでどんなに無駄遣いしても倒れないだろう。
さぁ、すぐにあそこに降りて仕事を始めよう。
月夜に生まれた堕天使は静かに降りていく。
世界ではその誕生がすぐに広まった。噂ではなく事実として。




