第35話 魔王フィアンマ
ビスカ達が出て行った少し後に、魔王フィアンマはあの部屋のビスカが座っていた座布団に座った。
その対面に、魔王の席にあの黒い鬼が座った。
黒い鬼、バージェス=オスクリタは情けない男を見て嘆く。
「フィアンマよ。余は鬼の未来を託したお前が見破れなかったことを悲しく思うぞ。外からでも強力な力が部屋を覆ってることに気づいた。お前は今まで何をしてきたんだ?」
「いや!あれは仕方ないだろ!内側から見づらくなるようにしてたんだから!」
「それが通用するのか?他の魔王達に」
そう言われたら何も言えない。
魔王マリスより弱いフィアンマだから仕方ないとも言えない。
実力が11番目のルーチェでもおそらく気づいただろう。
それに気づけなった8番目は情けないとしか言ってやる言葉がない。
オスクリタはため息をついた。
「余は面倒だったから魔王をお前に与えただけだ。ここまで情けないなら返してもらわねばなるまい」
真面目な顔でそんなことを言われてしまった。
これは冗談じゃないことなど目を見なくても分かる。
魔王フィアンマはなんとかしてチャンスを貰わないといけないと思った。
だから、言葉を並べる。
「待ってくれ!俺ならまだやれる!あいつが異常なだけだ!その前に俺は話し合いとか交渉とか苦手だ!頭を使うくらいなら戦った方が性に合ってる!」
「それならなぜ協力を求める奴と敵対するような真似をした?意味がわからんぞ。魔王ミューカスの怒りに触れたいのか?」
「いや!それは!えっと…」
「言葉が出ぬならもうよい。この場で魔王の座を返却すると言え。神はどんな状況でも本人が口で言えば認めると言っているぞ。さぁ、言え」
オスクリタは魔王と全く同じ威圧感でフィアンマに返却するよう迫る。
魔王フィアンマは期待に応えようとしただけだ。
それが空回ってこの状況作り出した。
自分の雑魚をいじめる癖が悪い方向に足を進ませてしまった。
もう過去には戻れない。先にあるのは真っ黒な闇。
その闇自身が炎の顔面を掴む。
「言えぬなら友でも消す。そういえば、余はフィアンマが王であり続ける限り髪を伸ばそうと思っていた。腰まで伸びた髪は数百年を意味する。数百年間、ご苦労であった」
「待ってくれ!挽回のチャンスをくれ!親友よ!俺はお前が動きやすくするための偽物だ!まだ動けなくなっていい時じゃないだろ!最後のチャンスでいいから続けさせてくれ!」
魔王フィアンマの必死の抵抗でオスクリタはこの駒の重要性を思い出した。
自分はまだダリア商会や竜の動きなどを調べきれていない。
その続きをするにはまだ代役が必要なのだ。
子供の頃から親友だった彼とはお互いに同じ名前を持つくらい仲が良かった。
そんな彼以外に頼れる奴もいない。この駒を失えば自由は無くなって魔王としてここを統治するしか無くなる。
それが嫌だから魔王クラスの実力をつけたフィアンマを代役にしたんだ。
懐かしい思い出も、駒の重要性も、ミューカスと同等の強さを持つオスクリタの心を動かすには十分だった。
彼は手を離して最後のチャンスを与える。
「親友よ。これが最後だ。友であろうと敵になるなら容赦はしない。忘れるなよ」
「わ、分かった。誓いとして禁酒しよう。オスクリタが髪を伸ばすように」
「それならひょうたんを寄越せ。余が預かっておく」
「俺が魔王をやめたら返してくれよ?それまでの誓いだ」
「覚えておこう。お前の宝物だからな。全てが終わったら返す」
オスクリタは奪うかのようにフィアンマの宝物を手に持った。
それはビスカの袋と同じアーティファクトで、この世に同じ物はほぼ存在しない。
それを壊せたらそいつは神と同等の存在と言える。
そんな奴が居ないからこの世界は今のままなのだ。
オスクリタは壊せないアーティファクトを持って庭の方に出ようとする。
「フィアンマよ。お前は余と違って単純な相手に強者として挑める。余は最上位スキルを持っているが一騎打ちは苦手だ。余に出来ないことはやれ。だが、余に出来ることは無理してやるな。それが今後生き残るためのやり方だ。間違えるなよ」
それを伝えてオスクリタは出て行ってしまった。
残されたフィアンマは空っぽな頭で考えることをやめた。
趣味に没頭して、力だけで相手をねじ伏せて、好きなように生きて、好きなように国民の上に立つ。
オスクリタには出来ないやり方で今まで魔王をやってきたのだ。
もう間違えない。単純バカで愛される魔王でいればいいのだ。
下手な駆け引きなんてしない。敵を敵として処理できないなら相手に運命を託せばいい。
今回の失敗を教訓にして、今後は調子に乗らないようにしよう。
今度ビスカが会う時は、もっと強敵として前に現れるだろう。




