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第34話 鬼の王との交渉

 魔王フィアンマのお屋敷は日本風に見える。

 外国の大きな屋敷と違って横に広い。

 その特徴が魔王フィアンマのお屋敷にも出ている。


 その玄関らしき場所から入るとお香の匂いがした。

 それも数十種の匂いが混在している。

 確かに鼻のいい魔獣にとってこれは危険かもしれない。

 でも、なぜお香の匂いがするんだろうか。


「早く上がれ。マナーなんて俺は気にしねえから。だから、さっさと上がってついて来い。この匂いの元を見せてやる」


 彼はそう言ってからすぐに動かなかった。

 じっとビスカ達のことを見て上がるのを待っている。

 だから、ビスカ達はいそいそと靴を脱いで上がらせてもらった。


 すると、魔王フィアンマは何も言わずに奥に向かって歩き出した。

 ビスカ達もその跡をついて行く。

 その間お香の匂いが強くなっていく。


 一番奥の部屋にたどり着くと魔王フィアンマは(すすま)をそっと開けた。

 その瞬間に強烈な匂いがビスカ達を襲った。

 ヒスイとホノカはこれを知っていたようで結構離れていた。

 ビスカは『知ってるなら言えよ』と思った。


「ビスカ、お前さんは異世界の出身らしいな。その世界にお香ってあるのか?」


「ありますよ。てことは、ここにあるタンスの中身は材料ですか?」


「その通りだ。保管の仕方はそっちと違うかもしれないが、俺は術を使えるから保管用に使ってる。ここで作って試してるから匂いがキツいのは勘弁してくれ」


「いえ、それは別にいいんですけど。なぜ私にこれを?」


「お前さんならこれの価値をわかってくれると思ってな」


 どういうこと?

 この世界では色々と価値観がずれてるのか?

 それとも他国の物や他人の物に興味を持たないのだろうか。

 いや、それは無い。テクノロジアは多様な価値観に応えるためにあんなやり方をしてるから。

 なら、変な技術やレベルが高すぎる技術が伝わりにくいだけか。


「匂いには癒し効果がある場合がございます。私の故郷でもお香やアロマは香りの文化として親しまれていました」


「だろう?そのあろまってやつは分からないが、お香は癒されるよなぁ?」


「えぇ。私も前世ではお香を自分で作って楽しんでおりました」


「お前さんも作れるのか!気が合いそうだな!そんなお前さんになら材料を分けてやっても構わんぞ!」


「それではフェアじゃない。こちらだけが得しては私が私を許せません」


「謙虚な奴だな」


 別に謙虚ってわけじゃない。

 魔王相手に借りを作るような行為が怖いだけだ。

 魔王マリス、ルーチェ、ラビアラ、ミューカスの4人を見た後なので彼も当然のように強いのだろうと思う。

 だから、下手なことはしないようにしているのだ。

 そうとも知らずに彼の中のビスカに対する評価は少し上がった。


「それなら部屋を移そう。そこで交渉相手になってやる。まぁ、俺が欲しがる物を出せればの話だが」


 そう言うと彼はサッと3人の隙間を縫うようにして廊下に出た。

 その丁寧な足運びにビスカはビビった。

 結構ガッチリしている男なのに、まるで忍者のような身のこなしをしてるなんてあり得ない。

 でも、それを見てしまった。その目で見たのなら事実なのだろう。

 どんなに否定しても魔王フィアンマの化け物具合は消せない。

 そんな彼が振り返ってビスカに言う。


「ついて来い。四つ戻った部屋に移動する」


 その跡を追うためにビスカは鬼達に道を開けさせた。

 それから早歩きで跡を追いかける。

 すぐに追いついて中に入る彼の直後に入った。

 すると、すでに彼が奥の座布団の上に座っていた。

 いや、速すぎるでしょ。ビスカの速いとは別種の速さだ。そうでなければ追いつけるはずなのだ。

 瞬天より速いスキルもパッシブスキルも存在しない。つまり、魔王フィアンマはそれ以外で速く動いているということになる。


「どうした?入り口に立ったままでは話ができねえぞ」


 そう言われてビスカは戦慄していたのを振り払って中に入った。

 それから日本で学んだマナーを守った座布団に座った。

 その後から入ろうとしたヒスイとホノカは直前で閉め出された。

 魔王フィアンマがやった様子はないので、外に誰かを待機させていたのだろう。


 これで二人きりだ。

 この国のマナーや事情をよく知ってるヒスイ達を頼れない。

 でも、いつもこうしてきたんだ。今回も大きなミスは起こらないはず。

 そう思っていると魔王フィアンマが早速こちらが欲しいと思う物のリストを手渡してきた。

 それに目を通すと驚きすぎて固まってしまった。


「これで合ってるだろ?テツという職人まで取りやがって」


「申し訳ございません」


「いや、構わねえよ。俺のお香と同じで正しい評価を得られていなかっただけだ。価値のわかってる奴のところに行くのは当たり前だから怒ってない。問題は名家の娘を取って、腕のいい職人の息子までこの国から連れ出すことだ」


 ビスカは今だけ自分の運の良さを呪った。

 こちらは知らなかったが、この国の未来を支えたかもしれない奴らを奪われたら知らなかったで済ませられないだろう。

 だからといってどちらも返却は出来ない。どっちも自分の意思でビスカの元に来てくれたのだから。


「1番の問題はホノカが俺の孫ってことだ」


 はっ?口には出さないけどマジではっ?なんだけど。

 えっ?思考が追いつかない。そんなことを言いそう。

 なに?そんなヤバい奴ばっかり集まってきてるの?これじゃ運がいいんじゃなくて、運が全くないんじゃん。

 ここで死ぬしかないのかな?

 いや、最後まで諦めずに(あらが)ってやろう。


「どれも魔王様が許せばいいだけでは?特にお孫さんはあなたの気持ち次第でしょう?」


「その通りだ。だが、自分から行きたいって言ったから困ってるんだ」


「私の故郷では『可愛い子には旅をさせよ』という言葉があります。本当に愛してるなら甘やかすより厳しく経験を積ませるべきです」


 そのことわざを聞いて魔王フィアンマは感心した様子を見せた。

 それから笑顔で言った。


「お前さんの故郷の人は良いことを言うな。経験を積ませるか…そうだな。ここに居させるよりは外を見せた方がいいか」


「では、この件は許してくれますか?」


「許可する。良い言葉を教えてくれたからヒスイとテツの件も許す。連れて行け」


「ありがとうございます」


 これでこの件は穏便に済ませることが出来た。

 でも、まだやることがある。

 この周辺だけを見ても欲しいものがたくさん出来た。

 それを手に入れるための交渉だ。


「では、次の交渉をしたいのですが。よろしいですか?」


「構わねえよ。どれが欲しい?そっちは何を出せる?」


 そう聞かれてビスカは迷った。いきなり切り札を出すべきなのかと。

 他にも使えそうな情報はある。でも、鬼に対して一番大きな価値があるのはこれだろう

 これ以外にないだろう。

 そう考える間に魔王フィアンマはひょうたんのような物に入れている酒を飲んだ。


「では、テクノロジアの酒の作り方などいかがでしょうか?」


 ニコニコしながらそう言った。

 それを聞いた次の瞬間に魔王は酒を噴き出した。

 ビスカの方に噴き出されたが間一髪で避けられた。

 魔王は酒が垂れる口元を拭いながら聞く。


「それは本気で言っているのか?あそこが我々にも開示しなかったものを見たと言うのか!」


「えぇ、見学させてもらいました。私達なら平気だろうと思って見せたのかもしれませんね。その技術を真似して酒を作った方がいい手土産になると思いましたが、まだ準備もできたないので」


「我々からすれば情報だけでも十分な手土産だ。それは紙に書き記していないのか?」


「ヒスイとホノカのどちらかが持っています」


 それを聞いて魔王は『絶対に手に入れやる』と思った。

 だが、こんなガキと対等な交渉をすればかなりの物を渡すことになる。

 それはまずいと思ったので彼は念話で配下に奪うように命じた。

 しかし、返事はない。


 その時、ビスカは黙って微笑んでいた。

 その笑みを見て魔王は勝手に何かをされたと思った。

 だが、証拠はない。ビスカを問い詰めたら魔王の威厳や他の多くを失いかねない。

 だから、自分を抑えてビスカに尋ねる。


「お前さんは俺が悪いことをするように見えるか?」


 少し震えた言葉にビスカはニヤリと笑みを返す。

 それが答えだ。


「なるほどな。俺は堕天使にもなってないなら準危険対象としていたが、これがお前らのやり方なら改めればならない」


 魔王は手に持っていた酒を部屋の隅に投げた。

 それからヒスイのように隠していた大きな二本のツノをあらわにした。

 体も大きくなったように感じる。

 その姿でザコだと舐めていた相手を威圧する。


「お前をAランクに上がったと認める!だが、俺と対等に話せると思うなよ!ガキが!」


 その威圧にビスカはAランクの魔族らしいオーラで返した。


「そのガキ相手に本気にならないでくださいよ。弱く見えますよ」


 そう言った瞬間にビスカの30枚の羽が黒く染まって散った。

 それが魔王に触れそうになった瞬間、彼はサッと2m程下がった。

 それからすぐに交渉を再開する。


「おい!お前さんから聞いたことは言わない!それで良ければ情報を寄越せ!」


「構いませんが、それならこちらに野菜の種と竹を根ごとください。あと、あなたのお香の材料も」


「それだけでいいのか?少ないぞ!それしか俺がやらなかったって言われたくねえぞ!」


「あれ?いつ量を言いました?そちらの加減でいいので大量にください」


「釣り合う量だと!可能だが、持って帰れるのか?」


「便利な袋があるので。あっ、これも内緒にしてくださいね。でないと、他の魔王に色々言っちゃうかも?」


「脅しになったないぞ!言われた程度で奴らは動かん!」


「私に借りを返せてない奴らも?魔王マリスと魔王ラビアラはおそらく動いてくれますよ」


 その名前が出て魔王フィアンマがようやく動揺した。

 特殊な魔法を使う鬼とあいつらの相性は最悪だ。

 どんな戦い方をするか分からないマリスと、魔力系の能力をほとんど封じるラビアラが相手ナラ負けかねない。

 そんな奴らがバックに居る可能性を考えるなら、交渉以外のことはやめないと国が滅ぶだろう。

 仕方なく魔王フィアンマは引き下がることにした。


「いいだろう!お前さんの秘密は誰にも言わない!不思議な袋も、堕天使に近くなりすぎてることも、何も言わないと約束しよう!」


「では、念話が出来なかったことの種明かしをしましょう」


 そう言うとビスカは指を鳴らしてスキルを解除した。

 その瞬間から部屋中に流れていたビスカの少量の魔力が消えた。

 つまり、座布団に座るときに床を触れる機会があった。あそこで(ひそ)かにエンチャントしていたのだ。

 概念を付与できるからそんなことも出来てしまう。

 そんな異常なものを見せられて魔王フィアンマは改めてビスカを恐ろしいと思った。


「これで交渉成立。では、これを渡しましょう」


 そう言って袋から取り出したのはホノカが手渡したメモだった。

 実はあれに書かれていたのがこれだけだったのだ。

 つまり、最初から相手を信用していなかった。

 メモが外にあると嘘をついて試したのだ。念話を使用すれば自分の魔力を触れることを知っていたから。

 交渉に使える唯一の物を盗もうとする奴なら脅すことも視野に入れようと考えて。


 そのメモを手渡された魔王フィアンマは目を丸くする。

 それから苦笑いしながら尋ねる。


「あの時点で俺は負けてたのか?」


「そういうことです。ザコ相手に何も渡したくない気持ちは分かります。なので、あなたがそういう方なのかを試しました。典型的な外道で助かりましたよ」


 帰り支度しながらビスカはそう言った。

 それを受けて彼は、ははっと笑って酒を拾った。

 それでやけ酒を飲んだ。


 その敗者の姿を目に焼き付けてビスカは(ふすま)に手を掛けた。

 それを開けようとしたが何かしらの力で閉ざされているらしい。

 仕方なくビスカはエンチャントした拳で開けた。


 ドドン!


 良い音をさせて襖は吹き飛んだ。

 そこから外に出るとヒスイとホノカはそれぞれを狙ってる襲ってきた忍者を抑え込んでいた。

 そこから離れたところには秘書のような男が立っていた。

 奴が命令を出していたらしい。

 よく見ると魔王フィアンマより彼の方が強そう?


「おい!指示があるまで動くなと命じたはずだぞ!」


「おっと、これは失敬。邪魔をしそうだったので勝手に止めようとしました。ですが、逆に止められてしまい恥ずかしいところを見せてしまいました」


 ビスカの横に出てきた魔王フィアンマはヒスイ達に手でどいてやれとジェスチャーする。

 その間に真っ黒な鬼が言い訳をしていた。

 その言い訳を聞いて魔王フィアンマは何かを言おうとしてやめた。


 こんな所に長くいるのも気分が悪い。

 次に会う時は対等になっておいてやろう。

 ビスカはそう思いながら外に出た。その跡をヒスイ達はすぐに追いかける。

 ビスカ達は外で魔獣達と合流すると、交渉で得た物の回収に向かった。

 そこに急いでやってきたテツが合流した。

 戦利品を回収出来たら後は帰るだけだ。

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