第33話 鬼からも奪おう
あれからビスカはヒスイの親の威光を利用して色々と見せてもらった。
畑、大工さん、訓練場、剣道の道場、学校、茶屋、どれもこの国らしさが前面に出ている。
他の国にはない魅力が出ていて、ビスカにとって見ているだけで楽しいものばかりだった。
今は鍛冶職人の仕事を見学させてもらっている。
「ビスカ様、見ていて楽しいですか?」
「楽しいけどさ。一番は懐かしいって感じかな。故郷では昔に刀を使ってたんだ。それを見れて嬉しいとも思うよ」
その話が聞こえてしまった職人さんが仕事に区切りがついた所でこっちに来た。
そして、黙ったまま刀を一振ビスカに手渡した。
その時この職人さんが見た目は若いことに気付いた。
彼の腕前は見ていた。若くても腕が良いのは見てるだけでも分かった。
だから、意図は不明だけど受け取って見てみることにした。
鞘から抜いた刀をじっくりと眺める。
刃をしっかり見てからひっくり返すと、とんでもない腕前に気付いた。
「なるほどね。私を試してたんだ」
「分かるのかい?俺のこだわり」
「これでしょ」
ビスカは怪我しないように気をつけながら刃を指さす。
「刃文が揃ってる」
鍛冶職人は驚いたような顔でしばらく黙った。
その間ビスカの顔をじっくりと眺めている。
それから「あっはっはっ!」と大きな声で笑った。
しばらくして嬉しそうに話し始める。
「それに気付くなんて見る目があるな。他の奴らなんて使えりゃいいって言うんだぜ!職人のこだわりとか無視するから泣けてくるぜ!」
「それは酷いね。私は異世界出身なんだけど。その世界だと刀は芸術品の扱われているよ。剣豪なんて言われてる人はそれを使いこなしてるんだけどね」
「そりゃいい世界だ。価値観がしっかりしてるならこの腕前も価値が付くんだろうな」
そう言ってから彼はしばらく黙った。
嬉しそうな顔のままだがその目は何かを考えてるように見えた。
ビスカは嫌な予感がした。まだ魔王と話してもしないのにそれはダメでしょ。
「決めた!こんな価値の分かってない連中よりあんたについて行く!」
嫌な予感が的中した。
すでに優秀な奴らをもらってるのに、こいつまで持っていったらさすがに魔王が怒るだろう。
困ったことになってしまった。魔王を怒らせずに穏便済ます手は無いのか。
あるわけないよね。これは即答するしかないよ。
でも、仕方ないけどある程度は抵抗することにした。
「いやいや!国外に技術が漏れたらダメでしょ!」
「魔王様はあんたなら気にしないんじゃないか?あんたって封印された土地に住んだ奴だろ?」
「そうだけど!いくらなんでも私を何度も優遇しないでしょ!」
「そうとは限らないぜ。諦めて俺を連れて行ってくれよ!それとも俺じゃ力不足なのか?」
次の瞬間に彼は捨てられた子犬のような顔を見せた。
ビスカはそういうのにも弱かったりする。
すぐには効かなくても長く続ければそのうち限界が来る。
「あー!!!分かったよ!魔王に相談してやる!」
「やったぜ!」
「喜ぶのはまだ早い!連れて行ってやるけど条件は呑んでくれよ?」
「条件って何だ?難しい内容じゃなければ受け入れてやるよ」
「条件は簡単だ。刀以外も作る。私が頼んだ物は出来るだけ頑張る。刃物以外は作らなくていい。弟子とか取って技術を広める。これを呑んでもらう」
「分かったぜ!見る目のある奴のためならどんな仕事でもしてやる!」
即答だ。あまりの早さにビスカは少し引いた。
でも、モチベーションが上がるならその方がいいだろう。
理由不明で来たがったヒスイ達よりは理由がはっきりしてるし。
まぁ、魔王を説得できなければ今の話なんて意味が無くなるんだけど。
彼はこちらの状況など考えずに手を差し出して名乗る。
「俺の名前の名前はバサルト・テツだ!よろしくな!」
「私はシエラ・ビスカだ。よろしく頼む」
ビスカは求められた握手に応えた。
あの後、とりあえず彼には今やってる仕事を終わらせるように指示した。
これ以降は仕事を受けないようにも言って、後で魔王のところに来るようにも言っておいた。
それからビスカは一度外に出て新鮮な空気を吸った。
「やっぱり運がいいのかな?腕のいい職人が気に入ってくれたし」
「それはビスカ様に魅力があるからだと思います」
「そっか」
ヒスイはやっぱり優秀なのだろうか。
いや、魔獣達のレベルが他の魔族より低いだけか。
ループ達よりヒスイ達の方が優秀に見えるのも変えるとなると、どれだけ教育しないといけないんだ?
やめ!やめ!資格の学校みたいなものを作る暇はまだ無いんだよ!
そんなことを考えているとヒスイが報告してきた。
「ビスカ様、ほとんどの場所を案内できました。なので、そろそろホノカと合流して魔王様の所に行きましょう」
「そうだね。テツのことや他の物について交渉しないと」
そう言うとビスカは仲間達を連れて中央広場に向かった。
中央広場に着くとホノカが出迎えてくれた。
「お待ちしておりました。交渉に使えそうな情報をまとめております。これをお使いください」
ビスカは差し出されたメモを確認する。
提供したのがビスカだとバレたらまずいが、国にすらなっていない街からすれば危険を冒す価値がある。
だから、使えそうな情報を頭に叩き込んでメモを袋の中に入れた。
「ありがとう。で、魔王様は会ってくれないの?」
「お会いになるそうです。先程話しておきました」
鬼勢は優秀だね。
この調子ならもっと大きなことも出来るかもしれない。
でも、今は目の前の勝負に集中しないといけない。
絶対にテツは連れて帰る!
てか、色々もらって帰らないと真似もできない!
だから、ビスカは久々に本気の顔になった。
その状態でいると堕天の始まりを伝えるようにビスカから黒い羽が落ちた。
それが地に触れた瞬間、すごく大きな音をさせて魔王フィアンマが屋敷から出てきた。
それからこちらに向かいながら言う。
「お前さんはもう少し落ち着けんのか。会ってやると伝えさせたはずだ!」
「気合を入れただけですよ。それがなんだと言うんですか?」
その発言に魔王フィアンマは気づいていないのかという顔をした。
それから黙って近づいて地面に落ちた羽を拾ってビスカに見せた。
ゴツい指先につままれたそれはビスカの物と思えない程に黒かった。
「えっ?これが私から?」
「そうだ。これ以上堕天使に近づきたくないなら抑えろ。お前さんが黒い感情を出せば出すほど進行する。出さなければある程度は天使に戻れるだろう。まぁ、別に堕ちてもいいと思ってるなら別だが」
ビスカ自信としては別に堕天してもいいと思った。
でも、それで街のみんなに迷惑がかかるなら堕ちない方がいいのだろう。
ビスカはしばらく考えてキツい目つきから普段の目つきに戻した。
それを確認して魔王フィアンマはホッとした。
もし、ここで堕天使が生まれた面倒なことになる。それだけは避けたかったのだ。
「よし!落ち着いたな!なら、中に入れる。ヒスイとホノカも一緒に来い。魔獣はやめとけ。中は匂いがキツいからな」
そう言い残して彼は立ち去った。
ビスカはその跡を追う前にも魔獣の2人に「待ってなさい」と命令して中に向かった。
ヒスイとホノカは少しだけ嫌そうな顔をした。それからゆっくりとお屋敷に向かう。




