第25話 再出発への準備
あれから魔王達は戻って来ない。
1人も戻って来ないのが不気味だ。
今度は全員で小さな天使に魔王の威厳を見せつけようとか企んでるのかもしれない。
そうなった時のためにビスカは再び最初の一手を考える。
そんなことをしていると、魔王達の足音が聞こえた。
正確には分からないが数が多いので全員揃ってるのかもしれない。
それにしても1人も怯えた足取りじゃないのが気になる。
揃ってるなら魔王ラビアラも居るはずなんだ。
それなのに怯えた弱い音が聞こえないのがおかしい。
そう考えてるところに魔王ラビアラが先陣を切って戻ってきた。
その後に続いて他の魔王達も戻ってきた。
魔王マリスは座る直前に『ドンマイ』って感じで肩を叩いてきた。
それで察した彼女は何かしらのスキルを得てメンタルを補強したのだろう。
それなら説明がつく。
「回復おめでとうございます。魔王ラビアラ様」
「ありがとうね。君のおかげで魔獣の弱点を克服できたよ。感謝してもしきれない。だから、1つだけ願いを叶えてあげる。無理は言わないでね。魔王だって万能じゃ無いんだから」
どうやら本当にスキルか何かを得たらしい。
そのせいでビスカは感謝されてしまった。
しかも褒美までやると言われてしまった。
勝ったはずなのに判定をひっくり返された気分だ。
でも、魔王に一度勝ったのは事実だ。それはここに居る魔王達が証人になってくれる。
だから、魔王ラビアラの褒美を素直に受け取ることにした。
「では、魔王ラビアラ様にお願いがあります」
「何?言っておくけど金も食料も無いからね」
「そんな物はいりません。私が願うのはここを残していただくことです。元勇者クロムの名誉のために」
それに対して魔王達は意外だという顔をした。
ただ、魔王ラビアラは予想通りという感じでニコニコしている。
よく見ればまた毛の量が減ってる気がする。
大きな成長をすると人に近くなるのかもしれない。
どんな種族だよ!
「ビスカ、だっけ?本当にそれでいいの?」
「はい。ここ全体を彼の墓にしたいんです。彼の努力でここが出来たそうですね。その努力を私は捨ててしまうわけです。なので、魔王様達にここの維持をお願いしたいんです」
「分かった。他の魔王達が動いてくれなければウチだけでも努力するよ。君への感謝はそれくらいしないと伝えられない。返せないから」
「よろしくお願いします」
魔王に対してビスカは頭を下げた。
魔王ラビアラも「こちらこそ」と言って頭を下げた。
魔王なんて本当は簡単に頭を下げちゃいけない。
それがどんなに大きな恩を感じる相手でもだ。
しかし、今回の場合は異なる。なにせ相手が異世界から来ているから。
ビスカの扱いを他の魔王も変える気が無いようだが、扱いの難易度が高いのも変わらないということになってしまう。
魔王ブルームは素直に話すのが一番いいのかもしれないと思った。
判断基準をこれから探ろう。
魔王ブルームは第一歩として直球で尋ねることにした。
「ちょっと良いか。ビスカよ。そなたはこれからどうするつもりなのだ?確かに後ろ盾してやるつもりだが、行くあてもなく旅をされてはこちらとしても困るのだが」
そう聞かれたビスカは「あっ」と言ってしまった。
それで魔王達は察した。
ノープランで出ていくつもりだったのだと。
魔王マリスはこんな奴が同族になってしまったことを少し悲しいと思った。
他の魔王達もそれぞれにいろんなことを思っている。
魔王ラビアラはそれも予想通りだったらしい。
だから、ラビアラの権限を越える提案をすることにした。
「それなら全魔王が力を貸してあそこに住ませたらどう?」
「あの…あそことは?」
「魔王ルーチェは知らないのか。えっとね。この大陸には3ヶ所の【触れられざる土地】があるんだよ。理由は色々あるんだけど、全魔王の許可が無いと使えない土地なんだ」
「そこを提供すると?」
「今回は運がいいからね。全魔王の許可が取れそうなんでしょ?元勇者クロムを利用したりすれば簡単だよ。彼を生き返らせるよりは楽だと思う」
うん。まぁ、死人を生き返らせるよりは楽だろうね。
でも、その許可を取るのが面倒だと思った。
今ここにその魔王達がいないから。
そこが難点だなとか思っていると、魔王マリスがこの場に居ない魔王達の許可証をテーブルに広げた。
驚いた魔王ブルームが立ち上がってそれに近づいた。
ひったくるようにしてそのうちの1枚を手に取ると焦りながら目を通した。
それは完璧なもので、ここに居る魔王達がこの場で書いてくれればそれで揃ってしまう。
魔王ブルームは用意周到な魔王マリスを睨んだ。
その視線に合わせないように魔王マリスはサッと横を向いた。
「あのなぁ。あそこは問題があるから使えないのだぞ。妾としては別に構わぬが、人が黙ってはおらぬだろう!」
そう言われたら今度は人間の王達の署名を広げた。
それも本物で消えた国以外の全てが揃っている。
ここまでされたら魔王ブルームも折れてやるしかない。
駄々をこねたら最古の魔王でも命が危ないかもしれないから。
「はぁ……分かった。【焼け去られた土地】を提供しよう。竜によって焼けたのは今から500年も前の話だ。今はもう使えるだろう。そこを使うと良い」
「ありがとうございます」
「礼なら魔王マリスに言え。コソコソと動いてくれたのだからな」
魔王ブルームにそう言われたので改めて魔王マリスに感謝を伝える。
「魔王マリス様、ありがとうございます」
「感謝なんていらぬ。これは貴様への罪滅ぼしの一環だ。生きてもらわねば罪は償えないのであろう?」
確かにそうだ。
彼が罪償う相手はビスカでないといけないのだ。
それがのたれ死んだら後悔しか残らない。
ビスカは他社のことをもっと考えるべきだなと思った。
そのやり取りを他の魔王は理解できなかった。
まぁ、魔王ラビアラはスキルが進化して見えてしまっている。
だが、丸くなったので黙っておくことにした。
この後すぐに魔王達は許可証に名前を記した。
それには魔力もこもっているので大きな力を発揮する。
あの土地は封印がされているので普通に入ることができないが、これがあることで解除される。
そんな大切なものを無くさないようにビスカは神様がくれたあの袋にしまった。
「これで良いな。では、妾達の話を始めよう」
「あっ、それなら私はもう行ってもいいですか?目的も達成したんで」
「良いぞ。好きにせい。引っ越しが終わったら顔を出しに行ってやるからな。しかっりやるのだぞ」
「あはは。分かりました」
これで退出できるようになった。
なので、ビスカは魔王達に挨拶しながら出口向かう。
その出口に到着したところで魔王ラビアラが話しかけてきた。
「ビスカ、今では色々と申し訳ないと思っているよ。だから、もしもの時のために配下を5人あげる。でも、ウチに忠誠を誓ってるから認めさせて奪いなさい。ウチの期待以上を見せてくれたんだ。今度は手加減して認めさせなよ」
「その好意に応えられように努力します」
ペコリと頭を下げると一歩外に出る。
そこでしばらく考えた。
魔王に対してこんなことを言ってもいいのかと。
でも、今以外にこの言葉を使える機会はないと思った。
だから、戻って振り返る。
「魔王の皆様、私の故郷では『昨日の敵は今日の友』という言葉がございます。昨日までの敵も事情が変われば今日は味方になるという意味です。逆もあるのでお気を付けください」
それだけを残してビスカは外に出た。
伝わったかどうかは分からない。
でも、きっと伝わったと信じて会場から離れていく。
門の近くまで行って立ち止まった。
ビスカは終わったことを伝える約束になっていたので『念話』でみんなに伝える。
『みんな、終わったよ。引っ越すから出ておいで』
それからしばらくしてビスカの所にみんなが集まってきた。
みんな最低限の荷物だけを持っている。
それ以外の全ては神様の無限袋の中に突っ込んである。
さすがに大きすぎる物は入らなかったが、みんなの大切な物はあらかた入れてある。
今はビスカがリーダーの代わりをしているので全員居るか確認している。
1人でも欠けたらあの世のクロムはきっと怒るだろう。
だから念入りに数える。
3回くらい確認してやっと終わった。
これでようやく出発出来る。
そう思いながらビスカが門を開けた。
出るとそこには上位の魔獣5体と魔王デモニオが待っていた。
「よっ!久しぶり!」
「魔王デモニオ様!なぜここに?」
「魔王マリスに急に頼まれたのサ。『お前の自慢の魔法で送ってくれ』ってナ!」
「それは助かります!」
「じゃ、魔法陣を用意するのに時間がかかるからそっちの相手をしてやりナ」
魔王デモニオはそう言って指を指した。
そこに居る魔王ラビアラの配下達は目線を向けられるとすぐに跪いた。
あれを相手しないわけにはいかないと思ったので魔王様に頭を下げて移動した。
魔王ラビアラの配下達は嫌そうな顔をせずに待っていた。
言ってしまえば主に売られたようなものなのに、何故そうしていられるのだろうか。
彼らは成長して人型になっている。つまり、ラビアラのお気に入りなのだ。
彼女はそれを手放せるほどに感謝してるのだろうか。
ビスカにはやっぱり価値観が理解できない。
「えっと、あなた達が魔王ラビアラ様が言っていた配下なのかな?」
そう聞いてみるとメスの狼が答えた。
「魔王ラビアラ様の命でビスカ様のために働きに参りました。何なりとご命じください!」
「いや、私の下で働くのが嫌なら別にいいんだよ?」
「我々は志願した者達です!短い間に話し合って我々が行くこととなりました。逆に我々で不満なら申してください!志願した者は他にもおりますので!」
「私はあなた達で構わないよ。でも、それなら仲良くしようね。あなた達のことはまだ知らないから。これからゆっくりとお互いを知っていこう」
「はっ!!では、我々はあなた様について行きます!忠誠を誓えると思えたなら迷い無くビスカ様に乗り換えさせていただきます!」
「あっ、うん。よろしくね」
ビスカは強い連中が仲間になって嬉しくも思っているが不安にも感じている。
主人の魔王から簡単に乗り換えるのってどうなの?
いや、実際は簡単じゃないんだろうけど。それでも魔王から離れるのって怖くないのかな?
ビスカは扱いにくい奴らだけどしばらく様子を見ようと思った。
ビスカが終始翻弄されている間に魔王デモニオは作業を終えた。
隙を見てそれを伝える。
「ビスカ!準備終わったゼ!」
意外と早かった。
ふいっとデモニオの方を見ると彼は『下を見ろ』とジェスチャーしていた。
なので、足下を見るとそこにはすごく大きな魔法陣が展開されていた。
こんな大規模魔法は普通なら複雑すぎて完成するのに6時間はかかるだろう。
それを数分に短縮するとは、魔王って奴は本当に規格外だ。
「おっと!礼はいいからナ!魔王である前に俺は悪魔だ。感謝されるのは似合わないんだよ」
「それならもう送ってください」
「そうか?なら、送ってやる。行く場所は【焼け去られた土地】だな。あそこは竜に焼かれた場所だ。運悪く奴が居ないことを祈ってるぜ」
ちょい待ち!聞き捨てならいの聞こえちゃったよ!
それってフラグじゃない?
そういうことを言いたかったが、天才の魔法が発動する方が早かった。
そのせいで口を開くより先に送られてしまった。




