第24話 ビスカの勝負
クロムが死亡してから10日が経過した。
この日より前に森の魔王達がラビアラの呼びかけに応えていた。
それによってティーア大森林を切り分ける話し合いが行われることになったってしまった。
ビスカは同伴させてくれる魔王を見つけられた。
だから、彼らの署名をもらって、独立街に用意した特設会場の提供を手紙にして送った。
3人の魔王達がその申し出を受け入れてくれた。それによって広場に作った特設会場に魔王体が集うことになった。
空が明るくなった頃、街の門が開いて魔王達が姿を見せた。
3人揃っているが、その全員が配下を誰も連れていない。
そういう約束なのかもしれないが、配下がいない分少し厄介なことになりそうだ。
止める者が居なければ魔王なんて好き放題するに決まってる。
こうなったらビスカは本気でやるしかない。嘘でも脅しでもどんと来い!
その前に魔王達に向けて最低限の礼儀を使う。
「ようこそお越しくださいました。魔王の皆様。本日はよろしくお願いします」
「うむ!そなたは自分のことに集中せよ!後ろにいる魔王マリスと魔王マギアは見てるだけか?何かあれば助けてよい。今は外部の者に話す資格は無いがな」
魔王ブルームはこの時点で本気だ。
初っ端からアクセル全開でここにいる敵の全てを潰す気だ。
その左右にいる魔王ルーチェと魔王ラビアラは楽しそうな彼女を邪魔しないために黙っている。
新参の2人でも怒らせるとまずいことを理解してるらしい。
そんな彼女らをビスカは会場に案内する。
その背後をマリスとマギアも付いてくる。
こんなチビが5人の魔王の前に立って案内してるなんて信じられるか?
普通ならみんな断るだろう。だが、ビスカは断れないからビビりながらお連れする。
会場は小さな建物だが、内装はしっかりしていて大きなテーブルと六脚のイスが置かれている。
その席に誰が座るかをビスカが案内する。
魔王達はその席順に従って座った。ビスカの対面に座ったのは仇の魔王ラビアラだ。
彼女はビスカと目が合うと眉を寄せて睨んできた。
何故そんなことされるのかビスカには理解できなかった。
「さて、準備はできておるか?出来てなくても始めさせてもらう。妾も長くやるつもりは無いのでな。先に言いたいことがあるなら言っておけ」
魔王ブルームは勝手に始めた。
それで魔王達は我先に意見を言おうと挙手する。
しかし、ここには議長など居ない。全員が意見を持ってぶつける敵同士なのだ。挙手など意味はない。
その無駄な連中を黙らせるかのように、ガタンッと椅子を倒して小さな天使が立ち上がった。
立ち上がった天使は真剣な眼差しで刺すような魔力を放った。
その物凄い圧に魔王達は気圧されて挙げた手をゆっくりと下ろした。
魔王マリスとマギアにもこの行動は伝えられていなかったらしい。
彼らも驚いてビスカの顔を見つめてしまっている。
当の本人はしばらく黙って魔王達の顔を見た。
魔王のクセになんて情けない。
そう思った時に気づいた魔王以上に魔力の制御が下手になってることに。
怒りで乱れてたことに今更気づいて苦笑いを浮かべる。
そのまま攻撃的な状態で意見を放つ。
「この話し合いでは森に住む魔王が領地を切り分ける。なら、私達の事は考えなくていい」
急に変なことを言うので魔王達は目を丸くした。
特に魔王ラビアラは鳩が豆鉄砲を食ったようになってしまった。
そんな彼に向けてビスカはまっすぐに言葉を続ける。
「裏で話し合った。私が責任を持って街の住人を守る。だから、ここを捨てて外に出ることにした。もう魔王達に迷惑はかけない。今まですみませんでした」
そう言ってビスカは深く頭を下げた。
しばらく頭を上げるつもりはない。
ビスカは実際にどのような迷惑をかけたか知らない。
それでもこれからの未来を考えればこれが最善手なのだ。
彼女らも最終的にはそこに行き着いただろう。
だから、先にビスカがその選択肢を選んだ。魔王に言われる前に。
2分ほどの沈黙を置いて、魔王ラビアラが我慢できなくなって笑い始めた。
その「あははは!」といううるさい笑い声が聞こえたところでビスカは顔を上げた。
彼女はその笑いを抑えようとしながらビスカに向けて言う。
「君ってやっぱりどこかおかしい!ウチは確かに切り抜けろって言ったよ!だからって最初から諦める?おかしい奴!」
言いたいことだけ言って彼女は大笑いを再開した。
その笑いを無視してビスカは理由を話す。
その顔は諦めたというより勝ち誇ってるように見えた。
「私は最後の一手を最初に持ってきただけ。だって、私がやらなくてもあなた達が追い出すんでしょ?魔王マリスと魔王マギアがどんなに援護しても」
そう言われて魔王達は『確かにそうかも』と思った。
先を読むのは魔王ラビアラの得意技だ。
それをやられたようで嫌な気分になった。
だから、魔王ラビアラは笑うのをやめて立ち上がった。
その顔はこのまま終わらせないって雰囲気が染み出している。
「さすがは異世界転生者だね。ウチらみたいな単細胞とは違うんだね」
見下して煽っている。
これで攻撃になればそこを潰せばいいと思っている。
ペロリと舌舐めずりをすると、魔王ラビアラは構える。
でも、ビスカはもうそんなことを気にしない。
ここを切り抜けたら好きにやろうと決めているから。
その中には正体を話すことも含まれている。
覚悟が決まっているビスカにそんな煽りでは何も燃え上がらない。
そういう優しい顔でお返しする。
「はい。だから、私はあなた達の価値観が分かりません。そこに住めなくなったのになんで固執するんですか?意味なんてないですよね?魔王がいい機会だから追い出そうするのが分かってるのなら、諦めて新しい土地に移り住んだ方がいいでしょう?だって、魔王の後ろ盾が今度はあるんですもの」
そう返されて魔王ラビアラは何も言えなくなった。
それどころか自分より頭が回っていることより、敗北感を傷に塗り込まれているように感じた。
他者を抑え込むことに特化したスキルが敗北したのだ。
この頭脳は他の魔王にも通じると思った。なのに、生後1ヶ月のガキに負けてしまった。
勝てそうにない相手を前にしてラビアラは腰を抜かしてしまった。
「どうしたんですか?あなたの勝ちですよ。追い出せたら勝ちだと思っていたんでしょう?なら、そんなとこに居ないで直接言ってくださいよ。『君の負けだ』ってね」
そんなことを言えるわけがない。
試合に勝って勝負に負けた。そんな魔王なんてダサすぎる。
だから、言えるわけがない。言ったらもっとダサくなる
魔王ラビアラは口を押さえて震える。まるで強者に怯えるウサギだ。
いや、元からウサギだった。それが地球のウサギのようになっただけだ。
震える彼女はもう何も出来そうにない。
だから、ビスカの方から歩み寄ることにした。
反対側に居る彼女のところにゆっくりと歩いていく。
その足取りが近づくと魔王ラビアラはダサく逃げようとした。
でも、逃げられない。腰抜かしたせいで少しずつしか下がれない。
そうしている間に目の前にビスカが立った。
「や、やらぁ…やめてぇ…ごめんなさい…魔王になって…あんなことして…謝るから…これ以上心を折らないで…」
見下ろすビスカの目は魔王ラビアラにとても怖いものとして映った。
当然だ。自信満々だったのに思考で負けたのだから相手は強敵ということになる。
怖くて当然な相手によくあるウサギキャラのようにブルブルと震える。
そんなウサギにはもう魔王の雰囲気なんてない。
「哀れだね。戦闘では強いのに、この程度の私に頭脳で負けるなんて。てか、知らないでしょ。家が無くなるのはENDじゃないってことを。全てを無くしたら新しく始まるんだよ。だから、無くすのは怖くない。一度死んでるんだし」
ウサギは震えながらその話に耳を傾ける。
その耳をビスカは乱暴に掴んだ。
そして、口を近づけて優しく教えてやる。
彼女にだけ聴こえるように小さな声で。
「一度死んでみるか?意外とあっさり逝けるぞ?」
その脅しにビビってウサギは小さく小刻みに首を振る。
完全敗北だ。脅されて何も言えないんだから完全敗北だろう。
望んでない形で勝利したビスカはまた乱暴に耳から手を離した。
ウサギ如きが舐めてんじゃねえ。
その言葉が喉からでかかったが、どうにか抑えて席に戻る。
ブルブル震えるウサギはしばらく何も出来そうにない。
魔王ブルームがスキルで内側を見てみることにした。医療行為として。
すると、魂と呼べる部分が完全に壊れかけている。
どうやら、魔王になっても動物はメンタルが強くないらしい。
あの程度で壊れるならもう話し合いなんて出来ないだろう。
可哀想だと思った魔王ルーチェが一時休憩を提案する。
「一度休みましょう!始まったばかりですが、彼女がこれでは話し合いになりません」
心配に様子を見ながらそう言った。
それを聞いておきながらビスカは吐き捨てる。
「軟弱者が」
このたった一言で魔王ラビアラの魂にまた傷が増えた。
それに気づいた魔王ブルームが止めに入る。
「もうやめい!妾でもここまでせんぞ!弱いと分かればその分手加減する!大群で襲われてはかなわんからな!」
「こんな奴の配下なんて怖いか?私なら本気を出すまでもないと思うね。万の群れでも頭を使えばやれる。この程度に王が負けるんだもんね」
魔王ブルームの向こう側にいるウサギに攻撃が届いた。
更に傷が入ったことで頭を抱えてしまった。
その様子を見て魔王マギアも向こう側についた。
さすがに弱いものいじめをする奴を弱者とは思えないらしい。
「もうやめてください!何も言わずに彼女がここを出るのを待ってください!」
「分かった。魔王マリス様とここで待ってるから。そこら辺に居る奴を頼って休ませな」
そう言ってビスカはイスに深く座った。
その意思表示を見て魔王ブルーム、マギア、ルーチェはそっとラビアラを立たせて連れて行った。
その背中にまた何かを言ってやろうかと思ったが、今度は魔法の天才が居るからやめることにした。
残された魔王マリスは真顔で尋ねる。
顔に出してないだけでやはり精神に傷をつけたこいつが怖いらしい。
表情に差異があった。
それを指摘せずにビスカは応じようと思っている。
「本当に異世界から来たのか?」
「どこで知ったか知りませんけど、彼女の言う通りです。私は異世界から来ました」
「では、こちらの常識など」
「頭に入れてもほとんど使う気がありません。必要とあれば利用しますよ」
「貴様の魂は歳がいくつだったんだ?」
「19歳です。ちなみに元の性別は男でした」
「なるほどな。いきなりこんな世界に来て困惑しただろう?」
「そうですね。神様には困ったものです」
「これからの対応は変えるべきか?」
「変えなくて結構です。今の関係は気に入ってるんですよ。この世界に溶け込めて楽しかったんです。それをウサギにぶち壊されたから天使の仮面を外しただけです」
「では、そのことを頭の片隅に置いておこう。その上で対応は変えずにこれからも関わる。それでいいな」
「OKです。元よりあまり変わってませんから」
最後に魔王マリスは何かを言おうとしてやめた。
それは今のビスカに聞くべきことじゃない。
そう判断した彼はここに居るべきじゃないと思って静かに出て行った。
魔王ラビアラの様子でも見に行ったのだろう。
それにしてもチョロい。
地球の人間で言えば大したことない頭脳で、メンタルをあっさり打ち砕いてしまった。
これからは気をつけよう。
特に魔獣と仲良くするなら弱点を突かない方が話しやすい。
黒く染まりつつある天使は1人で不気味な笑みを浮かべた。
それを誰かに見られなくてよかった。
見られてたらまたやりにくくなる。




