第20話 敗者は大人しく消えるべし
軍人時代から長いことやってこなかった二刀流。
クロムは久々の本気の殺し合いを、実は結構楽しんでいる。
秘薬を使っても倒れない相手は初めてだから。
でも、さすがに相手が悪すぎる。
勇者はたくさんのスキルや魔法と膨大な魔力を持って勇者となるのだ。
その武器を全て封じられている。使えるのは自分の中で完結するスキルと、マーメイドの力が宿ったこの剣のみ。
これだけで化け物を倒さないといけないのだ。
「ははっ。かっこつけたが、こりゃダメそうだ。改めて考えると勝てる未来が見えない」
「そりゃ仕方ないさ。特殊な力を使わずに戦うなら魔族の方が上なんだから」
「それでも諦めない!俺は今じゃ価値のある命を預かってるんだ!国一つより重いものを預かってる!ここで負けられるか!」
クロムは気持ちに任せて突っ込んだ。
それじゃ意味がない。
この魔王は速くて強いのだから。
魔王ラビアラはまた蹴って剣を飛ばしてやろうと思った。
だが、今度はそうさせまいとクロムが力強く握っていて飛ばせそうにない。
いや、1番の要因は剣の内側に存在する力だ。あれが、人魚の魔王が200年の時経て勇者を護ろうとしている。
「魔王よ!勇者と魔王の絆を舐めるな!」
「そんな壊れやすいものに切れるもんか!ウチは魔王!魔獣魔王ラビアラだ!」
2人の攻撃がぶつかる。
クロムは真っ正面から、魔王ラビアラは斜め上に蹴り上げる。
ガキンッ!
変な音がした。
クロムはすぐに目の前を通り過ぎる金属片に目が行った。
それはとても美しく落ちていく。
サクッ。
その金属片は地面に刺さると輝きを失った。
剣は負けを認めたのだ。折れたことでもう切れないと認めてしまったのだ。
勇者の剣から過去に流し込まれた魔王の魔力が霧散していく。
これで剣を打ち直しても元に戻らない。
だが、まだコピーがある。これで切れれば!
バキッ!
今度は両手で掴まれて折られてしまった。
破片はその辺にポイ捨てされた。
魔王ラビアラは相手の弱点も見透かしていた。
だから、見下しながら言ってやる。
「そのスキルって二つに増える分脆くなるんだよね。知らなかったの?」
「そ、それでも簡単には折れないだろ!」
「どっかの街と一緒だよ。時間が経ち過ぎて与えられた力がもうスッカラカンだったんだよ。だから、増やしたら折れちゃった」
それを聞かされてクロムは絶望した。
まだ希望はあると思ったのに。その希望を自分で殺してしまった。
勝ち目を自分で無くすなんて愚かだ。このままやられて当然だ。
クロムは絶望しても目をしっかりと閉ざして覚悟した。
「なら、負けを認めよう。そして、魔王としての偉業が出来たな。おめでとう」
「ありがとう。3人の元勇者を葬ったなんて自慢にできるよ。だから、君は証拠にするために墓に埋めてあげる。その墓くらい仲間に作られせてあげる。ウチじゃなくてね」
「お気遣い感謝する。では、この世にさよならだ!」
そう言った直後に魔王ラビアラは顔面を全力で蹴っ飛ばして命を奪った。
傷は浅い。でも、即死系の魔法を足に纏わせていたので軽く蹴っただけで亡くなった。
逝ってしまったクロムはバタリと倒れてた。
それからすぐに手に持っていた剣は完全に消失した。
勇者の剣は継承されなければ持ち主と契約で繋がり続ける。
今回持ち主が亡くなったことで剣は自分から粉々になって消えたのだ。
これが元勇者の死亡を証明した。
魔王ラビアラは死亡して元の老いた体に戻ったクロムに歩み寄る。
それから唯一使える回復魔法で顔面を直してやった。
「君らにも彼にも悪かったと思う。かっこよく散った奴の顔面を傷つけて。でも、これで見れる状態にはなった。今は持ち帰って悲しむといい。ウチも反省会を開きたい。もっとスマートに勝ててだろうから」
彼女は今の勝利でまた少し成長した。
その体は毛で覆われていたが、クロムに勝ったことで二の腕と、顔面と、膝周辺の毛が抜け落ちた。
人により近づいた状態ではっきりと悲しそうな顔をした。
面白そうな相手が簡単に死んだことにショックを受けているようにも見える。
そんな彼女はスタスタとその場を去ろうとした。
その背中にビスカが声を、言葉をぶつける。
「待てよ!私らの家族を殺して無事に帰れると思ってるのか!」
魔王ラビアラは立ち止まった。
それからぐるっと振り返ってとても怖い顔を見せつけた。
そのゾッとするような顔のままビスカに近寄る。
「彼は君らの代理で戦って、負けて死んだんだ。こっちだって命をかけて戦った。弱い奴が死ぬのが決定している戦いだったんだよ。忘れたか。君の身長が10cmくらい小さい時にウチは殺そうとした。強者の芽は摘むべきだと思ったんだ」
ビスカは途中から何を言ってるのか理解できなかった。
でも、とてつもない恐怖の塊を前にして何も言えない。
だから、黙って怪物の話を聞く。
「君は運が良かったに過ぎない。ウチがあの時君を見張って居たなら、あの男も食ってただろうさ。名前は確か…ケイト…だったかな」
ビスカはさらに怖くなった。
こいつはずっと見ていたのかもしれない。
こいつはビスカが何を成すか見届けようとしたのかもしれない。
こいつはビスカのやったことを、あった人々を、食ってきた物を、全て近くで見ていたのかもしれない。
「でも、食わなくて正解だったよ。おかげであの後上質な魔導士を食えたんだし。感謝はしても後悔なんて無いよ。だから、生かしてあげる。魔王が寛容な態度を取ってるんだから、無駄なことはしない方がいいよ」
そこで魔王ラビアラはニコッと笑って見せた。
それがあったからビスカもマキナも話は終わったと思った。
なのに、まだ魔王ラビアラは震えさせるようなオーラを抑えようとしない。
しばらくして魔王ラビアラは思いついたようにビスカに話そうとする。その前にマキナの方を向く。
マキナのことも知ってるようだが、今回はビスカだけ話したいらしい。
だから、邪魔なマキナの腹を優しく蹴って木の人形達の方に吹っ飛ばした。
ビスカはすぐに心配して目を向けたが、マキナはちゃんと自分の人形達に受け止められていた。
ホッとする間に魔王ラビアラがビスカの方に向き直していた。
彼女はビスカの顔を見ながら勝手に話を続ける。
「君らは敗北者だ。何度も運良く助かると思わないでよ。この先は元勇者を頼れない。街の連中が味方になっても心もとない。これからウチは森の魔王達と領土について話し合う。その場を君らの街にしてやる。その日までに魔王1人を説得するんだね」
言ってる意味がさらによく分からない。
だから、震えながらビスカは尋ねる。
「なんで参加を許すの…?魔王を頼ったらなんで参加できるの…?」
その子鹿のような姿に魔王ラビアラは心の底から愛らしいと思った。
だから、小鳥に教える。
「これからやるのは小さな話し合いすぎにない。その会場を提供して、同伴を許可する魔王を用意できれば混ざれる。でなければ、昔の恨みでエルフと魔獣は君らを追い出すだろうさ。それがどうすることも出来なくても、行き場くらいは用意してくれるかもしれない。でも、それは話し合いに参加できたらの話だよ」
今の言葉を全てしっかりと噛んで飲み込む。
それでビスカは魔王マリスのことを思い出した。
あの日も見ていたから、だから助けてもらえと言ってるんじゃ無いだろうか。
「もしかして…魔王マリスを頼れって…こと?」
震えながらそう言ってみると魔王ラビアラはしばらく笑顔を見せてくれた。
それから笑顔を驚愕に変えて言う。
「えっ!あの魔王来てたの!?知らなかった…」
その反応から見て本当に知らなかったらしい。
ビスカは少しだけ魔王の怖さが減ったように感じた。
それでも魔王ラビアラは魔王らしさを保つために咳払いをした。
それからまた恐怖を掻き立てるようなオーラを出しながら話す。
「まぁ、頼れるならそうすればいい。ウチは妖精魔王に頼るかと思ったけど。外の奴でも参加するだけなら出来るから説得してみるといい。ウチは鬼じゃ無い。あんな奴らと比べれば優しい方さ。だから、本当のピンチを色々使って切り抜けてみなさい。それが出来たらウチは君の存在を認めてあげる。10日後までにいい連絡があることを願うよ」
最後に言いたかったことを残して彼女は背を向けて立ち去った。
今度こそ誰にも止められずに森に奥に向かう。
その途中で自分が持ってきた岩を一蹴りで破壊した。
彼女の背中が見えなくなると2人は重苦しい感覚から解放された。
それからすぐにクロムの様子を見に行く。
もちろん死んでいる。蘇生も不可能だ。魂がここに無い。
この世界なら魂さえあれば蘇生は可能なのだ。それがあれば神の力のカケラを持った物を頼ることで生き返れる。
だが、もう遅い。完全に魂が消失してどこにも感じられない。
怒りよりも悲しみの方が勝った瞬間にビスカは静かに泣いた。
この世界に来てケイトに助けられてからクロム達と一緒に暮らしてきた。
その間に何度も戦ってきた。
一度は救って、二度目は共に戦って、三度目は救われた。
短い間でもこの世界が彼らとビスカを家族にしてくれていた。
その家族の1人が亡くなった。悲しく無いはずがない。魔族にだって人間並の感情はあるのだ。
だがら、悲しみと怒りの入り混じった言葉を吐き捨てる。
「魔王になったら…いつか魔王になったら殴ってやる…!」
それにはマキナも同意してくれた。
ビスカ以上に短い期間しか一緒に居ない。
だから、マキナはクロムのためでは無くビスカのために怒ってくれた。
「魔王ニナル明確ナ理由ガ出来マシタネ。カッコイイカラッテ理由ダケデハナイ、家族ノタメニ魔王ニナル。良イト思イマス。私ノ言エタコトデハアリマセンガ、私モムカツキマシタ。先ニ魔王ニナレタラ殴ッテオキマス」
「ありがとう。でも、私の分は残しておいてよ」
そう言ってからビスカはマキナ達から少し離れた。
それから自分の頭に触れて言う。
「あんなんで成長するんだ。じゃあ、私もマキナと同じようになれるのかな」
ボソボソと呟いた。
それはマキナの耳に届かなかったが、覗いて何を言ったか知ってしまった。
でも、そのことは黙っておこうと思った。
マキナには今伝える資格がないから。




