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第19話 魔王になったのは人型の獣

 翌日。ビスカはいつも通りの朝を迎えられた。

 長い時間を消費した全ての回復に回したので万全な状態になっている。

 これならマキナ級の相手ならギリギリでも勝てるだろう。


 しかし、新魔王はまだ動かない気で居るらしい。

 ビスカが挨拶も兼ねて街に出ると何の動きも感じられなかった。

 何も無いから不気味なのだが、強者のマキナは気にせずに街から出て工事に行ってしまった。

 本当に何も無いといいのだが。


「ビスカ!おはよう!」


 門の方を見ているビスカにケイトが背後から声をかけた。

 いつもなら笑顔で挨拶を返すが、今日のビスカは心配事があるせいで機嫌が良くない。

 だから、無言で顔を見るだけで済ませた。

 それにめげずにケイトが話し続ける。


「機嫌が悪いな。いつもと違ってこれは楽観的に捉えられないのか?」


「相手が近くに居るかもだから。ま、私には分かるよ。まだ新しい魔王が近くに居るって」


「なんで分かるんだよ」


「理由は不明だけど昨日の夜から分かるようになったの。もしかしたら私と魔王に何かしらの繋がりがあるのかもね」


 そう話していると、森の方から木で出来た人形が走ってきた。

 それは2人の間に入るとビスカに向けて緊急事態を告げる。

 その声はマキナと全く同じ物だ。


「ビスカ。工事ノタメニ木ヲ人形ニ変エタラ危険ナノヲ発見シタ。オソラク魔王ダ。アナタモ来テオケ」


 それだけ伝えて人形は主人の元に戻って行ってしまった。

 その後を追うように殺気が溢れたビスカは飛んで行った。

 残されたケイトはすぐそこに魔王が居ることをリーダーに伝えるために走り出した。

 その顔は必死そのものだった。




 ビスカは瞬天ですぐにマキナと合流した。

 すると、すぐに岩に背中を預けて眠る魔獣の姿が目に入った。

 しかし、それは魔獣と呼ぶにはおかしな姿をしていた。確かに獣なのだが、まるで人のような姿をしているのだ。

 ビスカはそれに困惑しながらマキナに尋ねる。


「ねぇ、これが魔王なの?てか、ここに岩なんて無かったと思うんだけど」


「岩ハ確カニアリマセンデシタ。オソラク魔王ガ運ンダノデショウ。目ノ前ニイル魔獣ハソレニ足ルパワーヲ持ッテイマス。私ハ覗ケルノデ分カリマス」


 そういえばそうだった。

 マキナはスキルで相手の情報を覗けるのだった。

 なら、なぜ相手のステータスを覗いていないのだろうか。


「なら、こいつのステータスを覗いて確認できないの?魔王かどうかを」


「ソコハ妨害サレマシタ。他ハ見セテモラエマシタガ、名前トランクト称号ハ見ラレマセンデシタ」


「それ、本気で言ってるの?」


 自分でも出来ない妨害が出来ると聞いて驚いた。

 それで思わず大きな声を出してしまった。

 それに反応するかのように目の前の人型魔獣が目をカッと開いた。

 それからゆらゆらと立ち上がって2人に向けて言う。


「うるさい。眠れないよ」


 その言葉にはスキル『魔王ノ威厳』が使用されている。

 だから、魔王に達していないビスカとマキナは圧倒されてしまった。

 そのついでにビスカは冷や汗が噴き出して震えてしまった。

 このスキルは同じ魔王で無ければ対処不可能。故に明確な敵以外に使われることは滅多にない。

 それを初めて喰らったのだ。ビスカは何が起きたのか理解できずに困惑する。


「あら!配下かと思ったら違うじゃん!これはごめんなさいね。今スキルを解除するから」


 目が完全に覚めた魔王は改めて見て使う相手を間違えたことに気づいた。

 本当に間違えたらしくスキルはあっさりと解除された。

 これによってビスカとマキナは普通に動けるようになった。

 しかし、未だに新参魔王の抑えきれていない魔力に押し潰されそうな気分になっている。

 だから、魔王から逃げたくても逃げられない。

 どうするべきかと思案していると、向こうから近づいてきて話し始めた。


「うーん。よく見ればあの時の天使じゃないの。蹴っ飛ばしてあげたのに生きてたんだ」


「なんの話…?」


「覚えてるでしょ。君がもっと小さい時に挑んで負けたウサギ」


 それで思い出した。

 確かにこの魔王にはあの時のウサギの特徴がある。

 となると、あれから成長してずっとここに居たということになるはずだ。

 ずっと見られたかもしれないと思った途端、ビスカはゾッとして魔王の顔を見つめた。


「君も大きくなったみたいだね。かなりの敵を倒したりして強くなったのかな?私もそう!色々あって下位から上位に変わったの!だから、もう君はいじめないよ。意味がないから」


 完全に舐められている。

 この魔王はビスカの強さを見抜いた上で舐めている。

 魔王クラスを倒せるビスカを倒せる算段でもあるのだろう。

 でなければマキナの二の舞になる。


 魔王は見透かして何かを言おうとしたがやめた。

 すぐにサッと後ろに下がった。

 その直後に上からリーダーが降ってきた。

 それから2人を庇うようにして言う。


「貴様が新たな魔王か!こんな近くに居るとはな!」


「あはっ!古くさい元勇者じゃん!こんなに早く来るなんてね!」


 元勇者が現れたら急に魔王は戦闘態勢に入った。

 それに対するリーダーも剣を抜いて相手しようとしている。

 今回はあの戦争で使わなかった秘策も使う覚悟をしている。

 それも見透かして魔王は告げる。


()()を使っても無駄だよ。ウチは今の勇者にも負けない自信があるから」


「何故そんなことが分かる!」


「そりゃ分かるよ。だって、魔獣が上位や最上位に成長するには“人を食べる必要”があるんだからね」


 それを聞いてリーダーは嫌な予感がした。

 でも、聞かないわけにはいかないと思って口にする。


「貴様、誰か食ったな。それも勇者に近い奴を」


「人を食ったよ。元勇者を2人と強い魔道士を3人ね!」


 それを聞いて元勇者クロムは聞かなければばよかったと思った。

 だって、自分の後の勇者しか引退した者は居ない。つまり、1人は自分が引き継いだ勇者ということになる。

 1代前なら自分の元仲間。2代前なら自分の子供ということになる。

 いや、確定だ。クロムの後の勇者は3人しかいない。その1人が現役なのだ。

 あぁ、クロムはキレるしか無くなった。


「おのれぇ!!ウサギィ!!生かして帰すものか!!」


 珍しく完全にブチギレたクロムは本気を出すために秘薬を飲んだ。

 それはクロムの知り合いが命を落としてまで完成させた力作だった。


 それを飲んでからすぐに反応が出た。

 クロムが苦しそうにしたかと思えば、その内側から魔力が溢れてその体が大きく若返るのに合わせて膨らんでいく。

 今とは全く違う背の高い青年になると、彼は苦しむのやめて勇者の剣を持ち直した。


「魔王よ。俺の顔を覚えとけ。名前も覚えとけ。元勇者テイムズ・クロムだ。今はもう無い【魔法国家ステラ】出身!」


「あはっ!いいね!覚えてあげる!その代わりにこっちも覚えとけ!魔王ラビアラだ!【ティーア大森林】出身!」


 かっこつけたクロムに合わせてくれた魔王は笑顔で戦闘が始まるのを待つ。

 待ってる間に元勇者がスキルを発動した。しかし、不発に終わった。

 それに戸惑ってる間に一発蹴りを入れに飛んだ。

 その蹴りを剣で受け止めながらクロムは尋ねる。


「貴様!何か妨害をしているな!」


「そうだよ!ウチはその努力を認められて魔王になった!人を食って知性を得たらこんなことが出来るようになったのさ!」


 そう言って魔王ラビアラは弾かれて元に位置を戻った。

 それからすぐに特攻して素早く剣を蹴り上げた。

 その剣はまるでビスカにエンチャントされたかのように素早く地面に落ちて深く刺さった。

 それを拾うためにクロムはビスカからコピーした瞬天で移動した。

 その速度は魔王でも目で追えなかった。


 剣の前に立ったクロムはしっかりとその柄を握った。

 それから引き抜こうとしたが、あり得ないほど重くなっていて抜けなかった。

 その無様な姿を笑いながら魔王は説明してくれた。


「妨害系を持ってるんだよ?もちろん『武器妨害』を持ってるよ。それで重くした。錆びさせた。抜けなくさせた。もうその剣は使えないよ」


「ふんっ!勇者の剣とその主人を舐めるなよ!」


 そう言うとかけられたスキルを無理やり外して綺麗な剣を引き抜いた。

 クロムはその剣を振って付いてしまった土を落とした。

 それから剣を構えて再び魔王と戦おうとする。

 その姿を魔王ラビアラは鼻で笑った。


「何度やっても無駄だよ。私は何でも妨害できるんだ!君のスキルは使えないし、君の魔法も使えない!『反魔法空間(アンチスペース)』がある限り勝ち目はない!」


「それはどうかな!いや、確かに負けるかもしれん。ならなぁ、言っとくべきだろ」


 急に弱気になったクロムはまだ近くに居るビスカとマキナに言っておく。

 まるで遺言のような言葉を。


「おい!お前ら!この結果をちゃんと見とけよ!そんで、俺が負けたら街の連中を託す!この森から出るならお前らが責任を持てよ!俺はここに居ることに関して責任を持ったに過ぎないからな!」


 それを聞かされた2人は最初理解できなかった。

 相手の妨害があっても抵抗して戦えているから負けるなんて考えられないのだ。

 その心配していない目を見てからクロムはふっと笑って剣を『双子(ツインズ)』のスキルで増やした。

 その二本を持って魔王に立ち向かう。

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