第12話 先に話を通すべきでしょ
翌日の夜明け2時間前。
ビスカとマーチは作戦を伝えるべき相手が魔王であることを失念していた。だから、今全速力で空から妖精の国に向かっている。
前日の食事中にケイトが気づいて言ってくれたのだ。
「魔王は結構形式を大切にする」と言われたことで2人は早めに出ることにしたのだ。もっと早くに出るはずだったが、0歳と54歳は少々ゆっくりしすぎてしまった。
だから、焦って魔力を激しく消費しながら飛んでいる。
「ごめんね!ゆっくりしすぎちゃった!」
「こちらも申し訳ございません!深い眠りに入って起きれませんでした!それでも間に合えばいいだけです!」
「そうだね!って、もう見えて来た!」
2人の全速力はあの距離を10分に短縮した。本来ならあり得ない速さだが、それをビスカの聖力付与が可能にした。
それで、到着した2人はまず急停止して現状を確認した。
どうやらドール側も休息を取っているらしい。いくつかの見張りを残して寝ているようだ。
そして、妖精の国はまだ壊滅していないように見える。ただ、森の木々と共存しているのが仇になっている。燃やされてかなりのダメージを受けているようだ。
「解せねえな。魔王の捕獲か討伐が目的ならこんなことしなくてもいいだろ。なんでそこまでする。さっさと突破して中入れよ」
言ってることが酷いと思ったマーチは文句を言おうとビスカの方を向いた。
その時、天使とは思えない禍々しい魔力がビスカを覆っていた。
そんな物をマーチは初めて見た。でも、先代魔王から噂話程度に聞いたことはあった。それはこうだ。
「天使は闇に落ちた時か、すごく怒った時に禍々しいオーラを放ちます。それが行き過ぎると堕天するのです。堕天した天使は長く生きられません。身体が悪魔族のような魔力に耐えられないからです」
その時の話を思い出したマーチは少し心配になった。一目惚れした相手が死んでしまわないかと。
「他に目的があるのかも知れません。分からないことを考えるより先に魔王様に会いましょう。あの方は敵で無ければ誰でも入ることを歓迎します」
「殺気を出しすぎた私を敵と思ってないといいけど」
マーチから下に降りていく。急降下で魔王城の魔王の間を目指す。
その途中でビスカの禍々しい魔力は完全に元に戻った。それを感じ取ったマーチは一安心と思った。
魔王の間は現在魔王しかいない。疲れていても一睡もしない魔王がそこで戦争の続きを待っている。
そこに警備を無視してマーチが侵入した。
それを見るなり魔王リゲロ・ルーチェは暗い部屋に魔法で火を灯した。
「窓から入るなんてはしたない……でも、何かを伝えたくて来たのですね。今の見なかったことにしますから、私の目の前に来なさい。お客人も」
この魔王はとても優しい口調だ。聞いてるだけで心が綺麗になりそうな透き通った声をしている。
その声に従って2人は魔王の目の前に立つ。普段なら立ったままでいるなど許されないが、戦時中などで魔王が許可を出している。
「さて、お客人は初めて会いますね。私は妖精魔王リゲロ・ルーチェと申します。出来ればお客人も名乗っていただけますか?」
本来はそんなことをしている暇など無い。なのに、魔王ルーチェの声にはなんとなく逆らえなかった。
「私は天使族のシエラ・ビスカと申します。このようなときに失礼しました」
「構いません。天使が持ってくるのは大抵が吉報だと言われていますから。では、ビスカさんから聞きましょうか?それともマーチから?」
そう聞かれて2人は互いに「どうぞ」してしまった。
ビスカはそれが始まるとしばらく続くことを地球で学んでいる。だから、自分から話すことに決めた。
「私からお話しいたします」
「では、手短にお願いします。夜が明ければ再び戦場に行かねばなりませんから」
それを聞いてビスカは息を呑んだ。
ここに来る前にマーチから魔王ルーチェが寝ていないことを聞いていたのだ。その状態で戦争開始から今日まで戦ってきたことも聞いている。
だから驚いてしまったのだ。この魔王がまだ戦おうとしていることに。
ビスカはどうにか話そうとしているが、少しの震えがどうしても止まらなかった。
それはどうにもならないと判断した。なので、ビスカはそのまま作戦を伝える。
「魔王ルーチェ様、戯言になるとは思いますが聞いてください」
「どんな意見でも今は貴重です。静かに聞きましょう」
「私達は挟み撃ちと上空からの戦闘を行なうことを思いつきました。それについてはすでに考えているかも知れませんが、戦力が足りなくて断念したのなら心配いりません。近隣の独立街が協力いたします」
頭の良いグラマラス妖精は立ち上がって希望に歓喜した。
その目は優しさ以外に希望で満たされた。天使とあの街の人々が居れば百人力だ。勝てる可能が倍以上に増えた。
だから、格上であることを表すために数段上に居た魔王が、降りてきた。
「これは本当に吉報です。崖っぷちの妖精族に光明が差しました。あぁ、なんと感謝すれば良いのか…」
「感謝は勝ってからです。私達はちょっとした手伝いをするだけですから。最後は皆さんの力で終わらせてください」
「もちろんです。これは私達の問題です。巻き込んでしまった方達に大きすぎる迷惑はかけられません。協力を得る側が言うのもあれですが、握手しませんか?」
「いいでしょう。魔王様に触れられる機会など少ないですから。それに、この戦いに勝たないといけないのはお互い様です」
2人の目的は合致してる。だから、魔王と一般天使はガッチリと固い握手を交わした。
これでビスカにも逃げ場はない。あとは敵を倒すしか帰る道はない。
数秒間の握手を離した2人は細かい作戦を話し合うことにした。
今度はマーチから作戦を伝える。
「では、細かい説明をいたします。魔王様、出来れば威厳を守っていただきたいので、座っていただけないでしょうか」
作戦を話す前にマーチは理想を伝えた。
こんな時でも先代魔王は座して聞き、判断し、かっこよく決めていたのだ。その理想を押し付けるのは間違っている。だが、今こそ前に立つのにふさわしい魔王が必要なのだ。
しかし、彼女が先代と全然違うところを見せつけられる。
「断ります。今こそ上に立つだけの魔王は不必要です。下の者に寄り添い、しっかりと話を聞く者こそが今は必要なのです!」
彼女の理想も分からなくはない。しかし、今は民の理想通りである方が色々と都合がいいのだ。
それに気づいていても魔王ルーチェは自分の考えを曲げようとしない。こんなことで喧嘩してる場合じゃないのに、まるで自ら内戦を誘っているようだ。
空気が悪いことを察したビスカは間に入ることにした。ここでもう一戦追加はシャレにならない。
「あのさ。どっちでもいいじゃん。変らない物はないんだしさ。今はどっちでもいいから先に戦争を終わらせよう。それに、魔王のあるべき姿なんて決まってないんじゃない?」
今のセリフで2人の妖精の間に新しい風が吹いた気がした。
魔王ルーチェは自分の考えを肯定してくれるような言葉に感謝した。
「あなたの言う通りです。魔王に決まった形などありません。付いて行きたくないならそれでもいいのです。私は今の形を変えません。戦争に勝つためなら盾にだってなるつもりです」
「そういうところも違うんですよ。でも、新しいのを先代様は気に入ったのかも知れませんね。なら、あなたに合わせるのもいいかもしれません。では、改めまして」
自分なりにマーチは先代様への区切りをつけられたらしい。
だから、今度は継承者の部下ではなく、新世代の魔王の部下として下に付く意思を見せる。
「魔王様、私はハルリエ・マーチと申します。あなた様の王国に入れてはいただけないでしょうか」
跪いて魔王への敬意を見せた。
それに合わせるべきだと判断した魔王は、全力で抑えていた魔力を少しだけ漏らした。それで威厳を生み出してマーチに魔王らしさを見せる。
「許可します。我が最初の仲間となって下で働くことを許しましょう。それとは関係ありませんが、迷惑かけたあなたに最大級のお詫びを差し上げましょう。あなたにリゲロの名を与えます」
それはあまりよろしい行いではない。だから、顔を伏せていたマーチは思わず顔を上げてしまった。
その目には困惑、戸惑い、後悔が浮かんで見える。あんなにも拒絶した相手に同格になっていいと言われたのだ。申し訳なさで胸がいっぱいになった。
「光栄です。ですが…理想を押し付けてきた私に…よろしいのですか?」
「先代が近くに置いていた7人の1人だからいいのです。一番私の近くで迷惑をかけてしまったあなたにこそ、もらって欲しい」
そんなことを純粋な目で言われてマーチは胸が痛くなった。
でも、魔王の望みを叶えることで今までの行ないが許されるなら。
と思って、マーチは魔王の申し出を受けることにした。
「承りました。あなた様の望みを叶えましょう」
それを聞けた魔王ルーチェはニコッと微笑んだ。
次の瞬間、2人の肉体が光って魂に同格と刻まれた。
そして、ルーチェの方がそれだけだが、マーチの方は名前が変わった。
「これからはリゲロ=マーチとでも名乗りましょう。よろしいですよね?魔王ルーチェ様」
「構いませんよ。では、時間がないので作戦を伺いましょう」
それから細かい作戦を伝えた。
それで考えられていなかった妖精側について魔王が捕捉した。
現在ドール達は本気を出してかなり蹂躙した後らしい。よって、妖精側の戦力はたったの1万まで減ってしまった。
これに元勇者達を加えて戦うことになる。
かなり厳しい状況だが、敵の頭を潰せば終わるかもしれない。そうことになって魔王ルーチェ、ビスカ、クロムの3人で上と下から狙うことになった。
彼らが到着したらすぐに作戦変更を伝えよう。




