第10話 次の戦闘が来ちゃった
魔王が帰ってから数時間が経って夕方。
森の方から爆発音とたくさんの魔力が感知された。それについて人間達が調べに行こうとしたところで門が外から無理やり開けられた。
街の人々がそれによって最大級の警戒状態に入った。あの門はろくな施錠をしていないが、代わりにリーダーの強力な魔法で守られていた。それが外から開けられれば警戒して当然だ。
しかし、入ってきたのはかわいらしい妖精だった。
彼女は人を見つけるとすぐにすがりついた。そして助けを求める。
「助けてください!人形族が襲ってきたんです!」
それを言い終えるのと同時くらいに7体の生きた人形が侵入してきた。
そいつらは迷い無く妖精を狙って、それぞれが持つ武器を振り回す。少女のような妖精は死を覚悟して目を閉じた。
妖精がそうしている間に、それを吹っ飛ばす目的で天使がゆっくりと舞い降りた。
「こんなのいらない」
それだけ言ってビスカは奴らを瞬殺した。正確に言えば7体の人形を目にも止まらぬ速度で殴り壊したのだ。
普通のエンチャントした程度で壊れる人形なら練習相手にもならない。それならいらなくて当然だ。
最初から自分の敵じゃ無いと思っていたビスカは、本気を出さずにたった1つのエンチャントだけで奴らを倒した。それで勝ったビスカは物足りなさで合成魔獣を懐かしんだ。
それからすぐに妖精に気づいたので話しかける。
「で、こんなゴミになんで追われたの?妖精さん」
「えっ?死んでない?ドールが負けたの?」
人にしがみついていた妖精はビスカに話しかけられて死んでないことに気づいた。
それから確認のために振り返った。その怯えた目は人からすれば可愛いと思えた。しかし、天使は悪魔族と同じくらい妖精族が苦手なので、ビスカは目を見ただけで本能に『逃げろ』と言われて30mも退いてしまった。
「妖精!そういえば天使との相性は最悪だったね!すぐに魔力防御をするから動かないで!」
「は、はい。話したいことがあるので待っておきます」
「それでいい!動いたらぶん殴るからね!」
冷や汗が噴き出たビスカは魔力防御膜を作りながら汗を拭って払った。
この直後にお互いがお互いを綺麗だと思った。妖精は可愛くて当然な種族で、天使は美しくて当然な種族なのだ。それがお互いの種族的な癖に合致した。
なので、見惚れ合ってしまった。
「さぁ、これでもう敵意も無いよ。でも、魔族って他種族と相性が悪いとバッドステータスが発生するのが面倒だね」
「それを抑えるための魔力防御です。妖精は天使と悪魔に影響を与えるだけで、こちらには影響がありません。なので、魔力を使わせて申し訳ありません」
「それはいいんだよ。この世界に生まれたらこうなる運命なんだから」
特に転生者のビスカは諦めている。
種族ガチャでいいのが当たっただけで幸運なのだ。これ以上は望めない。
でも、こうして悪い影響を受けるのもいい経験になる。神様から得た知識が正しいことの証明と、悪魔の術式のせいで今も手が痺れてることの理解に繋がる。
つまり、あれに触れてダメージが残ってるのは悪魔族のバッドステータスが消えてないってことだ。このまま影響が続くようだと次の戦いに響きそうた。
「そういえば、こちらがビビったから悪いんだけど、誰かに何かを求めて来たんじゃないの?」
そう言われて妖精は思い出したように表情を曇らせる。
それからビスカの元に近づいて神妙な面持ちで話し始める。
「先程のドールの集団に襲われたのです。我らの【妖精国家ルミエラ】が…!魔王の居る種族が襲われたのです!」
それを聞いてビスカは戦慄した。
魔王に喧嘩を売るなんて考えられない。ましてやケイトの話だと妖精魔王は魔王マリスより強いのだ。
それに喧嘩を売って押しているということなのだろうか。そうで無ければ、たった一体でも送り出したらしないだろう。
「それが本当なら壊さずに話を聞くべきだったね。もったいないことをしちゃった」
ビスカは残骸を見つめながらそう言った。
妖精はその発言に違和感を感じた。
「天使さん。あれは生きている人形ですよ?壊したでは少し違うのでは?」
「確かにそうだね。でも、私の知識だとドールは死霊系に属してるから別の人形に入れれば復活するはずなんだよ」
「だとしても相手への尊重が欠けています。妖精の教えではどんな相手にも感謝と尊敬を持って接しなければならないのです」
「それは妖精の考え方。天使は悪なら徹底的に悪として扱う。それが生きてても悪なら物を物として扱かう。あー、そういうところも相性が悪いのかな」
ビスカは感覚の違いについてようやく気づいた。
これは地球でもある感覚だ。日本の価値観とアメリカの価値観が違うように、この世界では種族ごとに価値観が違うようだ。しかも、それが生きてる間に刷り込まれるのだ。
でも、根本は同じ世界に生きる存在なのだ。仲良くはなれるだろう。
だから、関係悪化をさせたくないと思ったビスカの方が手を引いてあげた。
「なら、今回はそっちに合わせてあげるよ。その代わりに、絶対にその戦いに首を突っ込ませてもらう。ダメならそう言ってね」
「彼らを埋めてくれるならそれでいいです。あと、こちらは最初からあなたにお願いをするつもりでした。魔王様があの戦いを見ていたそうです。それでもしもの時はあなたを頼ってみるようにと言われていたのです」
「あー、なるほどね。魔王マリス以外も見てたって話だもんね。そりゃ魔王クラスを倒した私を頼るか…」
確かにビスカは魔王一歩手前の怪物を殴り倒している。でも、あれは自分の全てを失う可能性のある諸刃の剣だ。またそうならないように鍛えろと魔王に言われているのに、このタイミングは早すぎる。
でも、改良案は既にいくつか思いついている。だから、これをその練習台にすればいい。
「あれと同じことはできないけどいい?」
「手を貸していただけるだけでもこちらとしては助かります。魔王マリス様の知る妖精魔王様はもういらっしゃいませんから」
悲しそうに彼女が言った言葉にビスカは驚き以上の何かを感じた。
でも、憎悪のようなその感覚を言葉で表すことが出来ない。それどころか口にしようと思えば思うほど黒い言葉が溢れて来た。
「魔王が死んだ?理由は?」
「病死です。遺言で後継者を選んでいましたが、まだあの方と同じレベルには達していません。それどころか新しい魔王様が暗殺したのではないかという噂まであります」
「死んだ時期は?」
「5日前です。これからすぐに後継者が魔王になって、その次の日にドールの進行が始まったのです」
魔王があっさりと死ぬという事実だけでもショックなのだ。それ以上に重い状況を聞かされてビスカは戸惑った。
カロリーオーバーだ。これ以上はまた本気になってしまう。
「分かった。裏にもっとやばいのが居るね。でも、そいつが動かないなら今はドールだ。妖精の国はここから近いんでしょ?」
「はい。ここから2時間もあれば到着します」
「なら、人形どもと踊ってやる。私はここを守ると決めたんだ。邪魔者は手が届く前に討つ!」
その目はまた鋭いものになっている。無茶をしそうなのは明らかだ。
それを一度見たことのあるケイトが近づいて来て頭を殴った。それがマジで痛かったらしくビスカは恨めしそうに睨む。しかし、ケイトに睨み返されてしまった。
「落ち着けってんだ!1人で行く気なんだろ!ふざけんな!死にに行く気か!」
「ならどうしろっての!こういうのは時間が無いんだよ!すぐに行かないと大変なことになる!」
「熱くなるな!それでお前は一度倒れたんだろうが!それを忘れてないなら作戦を変えろ!僕らも連れてけってんだ!」
ケイトの熱のこもった言葉でビスカは少しだけ冷静さを取り戻した。
それからゆっくりと周りを見渡す。そこにはまあまあの武装をした男達が勢揃いしていた。元々調査をしに行くつもりだったから、その目的を戦いに変えるつもりで集まってくれたのだ。
その先頭に元勇者のリーダー、テイムズ・クロムが立っている。彼は次に大きな戦いに参加するなら本気を出そうと思っていた。それを使う時が来たのだ。
リーダークロムは秘薬を手に持ってビスカの前に出た。
「ここに被害が出るかも知れんのじゃろ?なら、わしらも行くに決まってるじゃろうが。ビスカだけの問題だと思うなよ?」
「リーダー…みんな…それでいいの?」
野暮なことを言われて男達は鼻で笑った。
それからケイトが代表して言ってやる。
「妖精のためでも、ビスカのためでもない!僕らは元からそうして来たんだ!久々に戦ってやるってだけだ!何十年もここを守って来た男達を舐めるなよ!」
神の加護があっても死ぬ時は死ぬ。それでも彼らは本気で戦うつもりだ。
こんな奴にビスカは覚えがあった。だから、逆に冷静になって状況が把握できた。
自分によく似てる彼らはもう止まらないだろう。止めても無駄だと思ったビスカは行かせることにした。
「分かった。でも、その前に私の家で作戦会議をしよう。魔王が居るならすぐに終わることはない。それは魔王に会ったことがあるなら分かることだよ」
それに妖精とケイトとリーダーは同意した。
彼らならすぐに同意してくれると思った。でも、新米魔王だとどこまで時間を稼げるか分からない。急ぐ必要はある。
「それじゃあ、すぐに行って作戦を立てよう。突っ込むだけじゃ私の二の舞になる」
「よっしゃ!さっさと作戦会議に行くぞ!今夜中に間に合えば奇襲できる!」
「いや、今日は行かない。行っても負けるだけ」
「なんでだよ!奇襲した方がいいに決まってるだろ!」
「違うんだよ。思い出せば分かる。相手は死霊系なんだよ。いくら人形でも根本は一緒だ。今行ってもやられて終わり」
そう言われてケイトはハッとなった。
冷静になったビスカは頼り甲斐があるとみんなが思った。ハッとされたケイトもまるで別人だと思った。
それを少し離れて見ていた妖精は彼らを頼ってよかったと思った。




