第9話 目標を超えるまでの道
翌日。ビスカの家にあの魔王が来た。
いや、なんで?
「子供よ。こんな場所で満足なのか?」
「私の名前はビスカです。天使としては日差しが少ないからキツイけど、みんなの優しさがこもってるから満足してます」
「ふっ。それなら良いのだ」
鼻で笑った魔王マリスはビスカが淹れた安い紅茶に口を付けた。
彼は前日に仕掛けておいたという移動魔法でここに来たらしい。だから、こんな魔王にふさわしくない物に口をつけるのを止める奴は1人もいない。
でも、魔王マリスは嫌な顔をせずに普通に飲んだ。しかし、それは魔族からしたらあまり美味しいと思えない物だった。ビスカも最初は吹いてしまったくらいだ。
それを魔王が平然と飲んでいる。
「なるほど。魔王様は下から上がった口なのですね」
「ほう。よく分かったな。その通りだ。我は一般の天使だったが、友と一緒に成長してる間に力をつけて魔王となった。成り上がった魔王なのだ」
「だと思いました。そのお茶を飲めたのと、ケイトの話を合わせて予想できましたよ」
魔王はケイトの名前を聞いて驚いた。
「やはりあの男はケイトだったか。親友に挨拶もしないとは、変わらんな」
「下にいた頃から付き合いなんですか?ケイトはこれを何飲む時、いつも懐かしそうな表情してました。同じ表情をあなたの話をする時にもしてましたよ」
「そうなのか。まぁ、あいつは小さい頃から一緒だったからな。これを飲めるようになったのもあいつが慣れるまで一緒に飲んでくれたからだ。そんな親友は我が魔王になったことで離れてしまった」
「ついて行けなくなったとケイトは言ってました。それは人間が魔王についていくのは辛いということでしょうか」
「それだけではない。我の場合はスキルが他者を利用しなければいけないものだった。それを使った戦い方にあいつは呆れてしまったのだ。それがトラウマになって無理にでも1人で戦えるように鍛えた。魔王になるなら誰もがついて行きたくなるような姿を見せねばならない。それをあいつから学んだ」
魔王マリスも傷つくんだとビスカは思った。どんな強者でも弱いところがあるということだろう。
つまり、ビスカのキレやすさはどんなに成長しても変わらないと言うことだ。
ビスカは良い学びを得たところで空気が悪いことに気づいた。
なので、話を変えるために魔王様に振る。
「それで、今日は何の用で来たのですか?」
「ふっ。貴様がちゃんと自分の実力とこの世界のことを知ってるのか気になったな。知らぬなら説明してやろうと思って来たのだ。同族のよしみでな」
それを聞いてビスカはハッとなった。
知識としては最初に神様から教え込まれている。でも、それが全て正しいという確証を得ていなかった。
すぐにあんなことがあったから仕方ないのだが、忘れてる可能性もあるので確認は必要だ。
だから、聞いてみることにした。
「そういえば知りませんね。全てを知る前にあんなことがありましたから」
「そうであったな。では、罪を償いきるためにも教えるとしよう」
そう言うと魔王は指を鳴らしてイメージを共有する魔法を発動した。
それによってビスカは魔王マリスが説明しようとしてることが鮮明に見えた。
「まずはこの世界の種族について話そう。大きく分けて種族は2つに分けられる。人間族と魔族だ。魔族はさらに細かく分けられる。翼型、角型、獣型、人型、魔獣型の5つだ」
イメージではもっと大きな枠の中に魔族の一角として人間含まれている。しかし、それはまだ確定していないようだ。それどころか双方が魔族に人間が入ることを拒否してるように見える。
「それをさらに細かく見ることが出来る。主な種族だと、翼型は天使、悪魔、妖精だ。角型は鬼、ドラゴニュートだ。獣型は獣人のことだ。人型は精霊、エルフ、ゴーストだ。魔獣型はそのまま魔獣のことだ。どれも強力な種族ばかりだ」
『うん。知ってる』とビスカは思った。地球でもこれは有名な種族たちだ。実在はしないが、そういうアニメや映画を見てれば常識のように知っているものだ。
この世界もそう言う世界らしい。
「この魔族と人間がこの世界で暮らしている。この中に入らなかった種族もいる。それが神とドラゴンだ。神様は住む世界が違うから居ないのと変わらない。竜種はこの世界に7体だけが暮らしている。その強さは生まれながらの最強だ。Sランクの魔王達と対等に渡り合える」
そこまで話してから魔王は再び指を鳴らした。すると、イメージが別のものに変わった。
この感じにビスカは既視感を覚えた。
あれだ。パワーポイントさんだ。
それに気づいてなんとも言えない表情になってしまった。それでも、無駄に高性能なアレを見ながら話の続きに耳を傾ける。
「この世界は強さやレア度をランクで現している。それはスキルが無いと詳しく知ることが出来ない。ランクはD〜Sまである。Dランクは生き物で言うなら子供くらいのレベルだ。Sランクは例えられない。魔王や竜種のような極致が到達するランクだからな。ちなみに、貴様は上位レベルのBランクだ。そして、あの合成魔獣はAランクに達していた。考える頭があれば魔王になっていただろうな」
それを聞いてビスカはうへぇとなってしまった。
そんな化け物だと知らずに戦っていたことに今更驚かされた。そして、命知らずにも程があると過去の自分に対して引いた。
「そういえば、人間の王も才能と実力があるからSランクだったな。人間基準と魔族基準ではかなりの実力差が出来てしまうが。だが、あの男は違った」
それは合成魔獣をあの襲撃者達に渡した国の王だ。
魔王自身がその時のことを思い出したせいでビスカにもその状況が見えてしまった。
人間の王は勇敢にも剣一本と7つのスキルだけで魔王と戦った。一対一なら魔族の方が上と決まっている。それなのに人間の王は恐れることなく戦い、民の犠牲を出さずに自分だけの命で終わらせた。
その時のセリフは『民が悪いのでは無い。民の手を汚させてしまったワシが悪いのだ。全ての罪はワシの罪。ワシ1人で許せ』という王の鑑のような言葉だった。
それを聞き届けた魔王マリスが決着をつけた。
しばらくしてハッとなった魔王マリスはあれを見せてしまったことに気づいた。お茶目な魔王はその記憶を封じ込めてビスカに謝る。
「済まなかった。要らぬものを見せてしまったな」
「ううん。そんなことないよ」
急に話し方が変わったなと思った魔王は魔法を解除してビスカの顔を見た。
その時、ビスカは魔王や王というかっこいい存在達に憧れて目を輝かせていた。
それを見た魔王はキョトンとしてしまった。それから大笑いした。
「あははははは!面白い奴だ。続きは今度、いや、またいつかにしよう。だが、帰る前に今の貴様が超えるべき目標について言っておく。しっかりと聞くように」
「は、はい!」
「うむ。まずは無理せずにAランクを倒せるに鍛えておけ。天使はスキル戦を得意とする。スキルを理解することと増やすことが鍛えることになる。それをしろ。その後は腕試しに何かしらと戦え。魔王は早すぎるからやめておくのだぞ。我より強い魔王など片手で数えられないくらい居るのだからな」
「分かりました」
「うむ。まぁ、ここまで言っておいてあれだが、難しく考えずに楽しめというのが本音だ。我も自然と強くなっていたからな。焦らずゆっくり進め。さて、そう言ってる我は気づけばゆっくりしすぎた。流石に帰るな」
「では、魔王への道を歩ませていただきます。道を示しておきながら死ぬなんてなさらないでくださいね」
「最後は貴様の難題として立ちはだかろうと決めたのだ。すぐには死なんよ。だが、寿命はあと900年程しかない。それまでには強くなれ。じゃあな」
勝手に始めて、勝手に終わらせた魔王様は満足そうに帰って行った。
移動用の魔法陣は家の一階に仕掛けられているらしい。帰ると言った彼が家から出て行くのを確認できなかったので、下に降りてみたら玄関の近くに魔法陣が設置してあった。
来た時は門から入ってきていたので、家に入ってすぐに仕掛けたのだろう。
それを外そうとビスカが触れるとまたバチッと弾かれた。後でそれをケイトに見せると、これが天使と相性の悪い悪魔族の術式であることが判明した。貼ったり使ったりすることは出来るが、天使にはどうしても解除が出来ないらしい。
それを知ってビスカは魔王の勤勉さを肌で感じた。未だに手が弾かれた時の感覚が違和感として残っている。




