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8、空虚


 真柴センセはあれ以来指輪を着けてくるようになったが、特に本人に指摘した者はいなかった。

 しかしクラスの一部の女子が「モブ柴結婚したんじゃね?」と言っているのを耳にしたので、ある程度認知はされたようだ。

 かといって授業の態度も変化はないし、休みを取ったわけでもない。


 もうすぐ年度末。

 ひょっとすると学年の切り替わるこのタイミングで結婚し、春休みで旅行行ったりするのかなあと俺はぼんやり思った。



 委員長はというと、表面上は変わらなかった。


 しかし、俺しか気付いていないことが一点ある。

 センセが教室に入ってきたとき、彼女はセンセを眼力で射抜くことはしなくなった。

 他の生徒と同様、ただぼんやりとセンセから目を離して俯く。あえて視界に入れないようにしているようにも見える。


 その様子を見ていると、あまりの辛気臭さに俺の方が滅入ってしまうような気になるのだ。



 ♢



 綾乃さんは言っていた通り、試験やその後の遊びが忙しく、バイトでもなかなか会わなかった。


 時折、メッセージはくれた。スキー旅行に行ったという写真では、試験を終えた大学生たちがゲレンデで溌溂とした笑顔をカメラに向けていた。

 それを見てため息をついた。鬱々とした俺との差たるや。


 それからしばらくして、俺は綾乃さんに誘われて久々に会うことになった。



 スキーの影響だろうか。久々に会った綾乃さんは少し頬が焼けていた。髪も切ったようで、それを指摘すると「ありがと」とわずかにはにかんだ。


 喫茶店で向かい合った綾乃さんは、鞄から平べったい箱を取り出した。

 彼女の前にはコーヒー、俺の前にはオレンジジュース。


「これ、スキー旅行のお土産」

「ありがとうございます」


 スキー場のご当地クッキー。ゲレンデを滑る人たちのイラストがプリントされている。中身は多分スキー場全然関係ないやつ。

 綾乃さんはお疲れなのか、あまり覇気がないように見えた。いつもより口数が少ない。わずかにうつむき、ゆるく巻いた髪の毛を指先でくるくる。

 俺はあえて明るい声を出した。


「スキーどうでしたか?」

「楽しかったよ」

「今年は雪が多いってテレビで見ましたよ」

「そうだね」

「いいなあ、俺も──」

「紫苑くん」


 遮られて口を噤む。

 その後の言葉に、俺は固まった。


「別れよう」

「えっ」


 絶句した俺をまっすぐ見たまま、綾乃さんはわずかに微笑んだ。


「……突然ごめんね。ずっと考えてたの。紫苑くん、私に全然関心ないよね」

「そんなこと」

「ううん。紫苑くんは私のこと好きじゃない」

「好きですよ」

「その好きは、私が紫苑くんに感じてた好きとはきっと違うなあ」


 過去形。

 コーヒーに口をつけてから、綾乃さんは続けた。


「多分紫苑くんは彼女が誰でもいいんだろうね。でも私は、私個人を見て欲しかった」

「…………」

「スキーもさ、男子多いって言った時に少しは嫉妬してくれないかなーって期待しちゃってたの」


 俺は言葉に詰まった。

 確かに男子が7割だと言っていた。しかし、嫉妬するという発想がなかった。

 俺の表情で悟ってしまったらしい。綾乃さんが苦笑した。


「紫苑くんって省エネだよね。そこがかっこいいなって思ってたんだけど、でも恋愛するには私じゃダメみたい」

「綾乃さん」

「短い間だったけどありがとう。紫苑くんにもいつか好きな人が出来るといいね。バイトではこれまで通りよろしくね。バイバイ」


 そう言うと、まだ半分以上残ったコーヒーそのまま、千円札を置いて店を出て行ってしまった。ふわりと香水の香りが残る。


 俺はその後ろ姿も見送らず、ソファの背もたれにずずずともたれ、脱力した。


「もー……、分からん……」


 呻いて額に手をやると、目の前のオレンジジュースの中の氷がカランと音を立てた。グラスに笑われたようで腹が立つ。

 苛立ちをぶつけるように、盛大に音を立てて残りをすすってやった。



 こういったことは稀ではない。というか、半分くらいは振られる。残りの半分は自然消滅。

 女の子に告白される、付き合う、振られる、のループ。しかも毎回振られる理由が同じ。


 「紫苑、わたしに興味ないよね」


 いやいやいや。

 興味なかったら告白OKしないじゃん。

 興味なかったらメッセージも返事しないじゃん。

 興味なかったら会わないじゃん。


 しかしそれでは彼女たちは不満らしい。

 好きと言われ、それに報いたいと思ってOKするだけではダメなようなのだ。

 ちゃんと、会いたいと言われたら会うし、返事するし、それなりにやっているはずなのに長続きしない。


 俺は盛大にため息をついた。

 「紫苑くんって省エネだよね」と言う綾乃さんの言葉が蘇る。

 それの何が悪い? 面倒ごとは避けるか、さっさと終わらせるのが俺のスタンスだ。付き合いが深くなることで厄介なことが増えるだろう。

 それに、そこまで人に執着する理由があるだろうか……?



 そこまで考えてふと、委員長の顔が頭に浮かんだ。

 彼女のエネルギー源は、真柴センセだった。

 授業中にじいっと見つめる視線、持久走でへばってるところからの復活。


 そういえば以前、委員長と一緒に帰った時。

 俺はこんなに恋に没頭したことがないかもしれないという疑念がよぎったのを思い出す。

 そのことが「いつか好きな人が出来るといいね」との綾乃さんの言葉とリンクした。



 じくりと胸の奥が痛くなる。

 気付いてしまった空っぽな自分に、虚しくなった。



 

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