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5、持久走大会


 持久走大会当日、俺と委員長は書道部から横断幕を回収して運動公園に向かった。

 天候は晴れ。寒い。持久走日和だと言えるだろう。


 グラウンドに設営した本部に、横断幕を掲げる。しっかりした字は迫力があって見栄えが良い。

 だが、隣に立っていた委員長が腕を組み、「うーん」と顔をしかめる。


「え、ご不満?」

「うーん、遠くから見るともっとこうすればよかったなっていうのが出てくる」

「そうかなあ、十分上手だけど」


 グラウンドには生徒がおおむね集まった。三年は受験時期なので、一、二年生だけである。

 まあ分かっていたことだが、誰も横断幕になど気を配っていない。それでも作品の当事者は気になるようで何度か首を捻っていたが、最終的には納得したようだ。


「まあいいや。横断幕を完成させるという目標は達成されたから。私の今日の仕事は終わりだ」

「委員長、これからが本番ですが」

「いやいや、もうやる気おしまい。そもそも私、持久走得意に見える?」

「んふー」


 苦手でしょうね。超文系タイプですし。

 いつも通りの眼鏡にポニーテール。ジャージ姿だとより細く見える。完走できるんだろうか。

 返答を濁した俺に、委員長は探るような視線を向けた。


「幸村くんは、持久走なんかだるくてどっか行っちゃいそうなタイプだね」

「あー、そうだね、だるい。コースアウトしてどっか行っちゃいたいけど俺、体育委員ですし」

「外見に反して真面目だなあ」

「あれ、ご存じなかったとは残念」


 スマホで横断幕を撮影していた俺たちだが、集合がかかった。参加する生徒全員がグラウンドの中央に集まる。


 校長の開会宣言と注意事項を聞き、女子はスタート地点に集まった。結構な人数だ。

 大体、速いタイムの人が前の方に集まる。委員長は最後尾に近かった。よほど自信がないらしい。


 俺も体育委員としての持ち場に移動した。運動公園から競技場に入るところ。

 別にいなくても大丈夫なんじゃないかと思うが、一応そこに立って、トラックの周回レーンを間違えないように誘導するのだ。



 女子が一斉にスタートし、トラックを一周して俺の目の前を通って運動公園に出て行った。


 すでに速い人とそうではない人でかなりの差が出来ている。陸上部などはこの大会にかなりの熱意を持って臨んでいるらしい。目つきが違う。

 だがそれは一部で、大半の生徒はやる気がない。持久走大会なんて、辞めるタイミングを失っているだけの古き行事だ。

 先頭集団を除けば、談笑しながら走っている女子ばかりだ。


 最後尾の方にいる委員長も、友人と一緒に走っているらしい。余裕のある表情で隣の女子と喋りながら走っている、というか早歩きとあまり速度は変わらないのではないか。

 彼女は、俺に気付くことなく運動公園に出て行った。


 終盤に生徒たちが帰ってくるまでやることはない。暇である。スマホを取り出す。

 遊んでいようかなと思ったが、そういえば先ほど横断幕の写真を撮ったんだった。委員長も撮っていたようだけど、一応送ってやることにする。

 相変わらずのラーメンのアイコン。頑張って走ってるだろうか。いや、走ってないだろうなと想像し、ちょっと笑った。



 そのままスマホをいじっていると、先頭集団が帰ってくるのが見えた。いつの間にか時間が経っていた。


 先頭は数人で、陸上部っぽい。俺の目の前を結構な速さで通り過ぎて、トラックに入った途端、ラストスパートをかけた。それから徐々に競技場に帰ってくる女子が増えていく。



 委員長が俺の前を通過したのは、先頭集団が通ってからずいぶんと経ってからだった。

 もうへろへろ。ほぼ徒歩である。

 始めに一緒に走っていた女子は隣にいない。置いて行かれてしまったのだろうか。彼女はやはりまた俺に目もやらず、競技場にふらふらと入っていく。


 それを目で追っていると、トラックに入ったところに真柴センセが立っていた。拍手して生徒たちのラストスパートを見守っている。

 真柴センセは、トラックに入ってきた委員長を見つけて、なにか声をかけた。頑張れとか、あとちょっと、とかそんな感じ。

 すると途端に、後ろ姿の委員長がしゃきっとしたのが分かった。頷いて、よろめいていた体勢を立て直す。

 体にくっついていただけの腕を動かし、ほぼ徒歩から少しだけ早足くらいのスピードになった。


 俺は驚いた。すごい。

 あれだけへばってたくせに、真柴センセに激励されただけでエネルギーが回復したようだ。無から有を生み出すそのパワーに、ちょっと引いた。


 委員長はそのままトラックを最後まで走り切り、ゴールした後はやっぱりへろへろと倒れ込んでいた。




 さて。

 すべての女子がゴールしたのを見届けて、次は自分の番である。

 委員長にはああ言ったものの、実は俺は長距離が非常に得意である。というか、スポーツ全般が得意な方だ。


 一年生だった去年のこの大会では11位。10位以内での入賞は逃したものの、上級生や陸上部に交じって好成績を残した。

 といっても別に上位を目指しているわけではない。

 俺は面倒なことはさっさと終わらせたいタイプなのである。なので、持久走もさっさと終わらせたい。そういうことだ。



 スタートを待つ集団の前方中央付近から、俺はスタートした。

 走り終えた女子たちがグラウンド、あるいは競技場のベンチから応援している。もう自分たちの番は済んだので気楽なものだろう。委員長の姿は見えなかった。


 競技場から運動公園に出ると、集団は長い列に伸びた。

 運動公園は木々に囲まれたジョギングコースで、普段は犬の散歩をする人やランニングをしている人たちで賑わっているが、今日はこのイベントがあるので人はまばらだ。


 練習していたわけではないのに、今日の俺のコンディションは悪くなかった。空気が澄んで風が気持ちいい。

 時折声援をかけられたが、走ることに集中していたらあっという間に周りが気にならなくなった。


 三分の二の距離を過ぎたところで、先頭から13〜15番目くらいの位置にいるようだった。

 先頭を行く運動部の数名はずいぶんと先で熾烈な戦いを行っているようだが、俺のいる集団はまだ人数が多い。

 去年と同じようなペースだ。でも、今年はもう少し行けるかも。わずかにピッチを上げる。



 終盤、給水所を通って競技場へ向かう。速かった先頭の数名はもうゴールしているだろう。

 競技場の入口付近の体育委員の女子は、もう片付けを始めていた。ちょっと早すぎないだろうか。


 競技場のゲートをくぐり、トラックの周回コースに入った。あと一周。

 今、何番目を走っているか分からないが、俺の前には二人。残りわずかなので、頑張っても抜くのはちょっと難しそうだ。


 その時、グラウンドの真ん中の方で、見慣れたポニーテールが目に入った。

 委員長や書道部員が真柴センセと談笑している。本部の方を指差しているので、横断幕の出来についてでも話しているのだろうか。


 委員長はさっきまで幽霊みたいな青い顔をしてよろめいていたのに、今は生まれたてのバンビのようにつやつやの笑顔で真柴センセと話している。

 持久走が終わってほっとしたのもあるだろうが、エネルギー満ち足りた感がすごい。持久走という苦行を経て、彼女は生まれ変わったのだろうか。


 しかしなぜか、それを見た俺はもやっとした。

 センセの一声でフェニックスになれる委員長は、誘導係をしている俺には一切気付かなかった。

 横断幕の件を俺がお膳立てしてやったから、センセとのハッピータイムを満喫出来ているというのに、あいつは。



 少し前を走る二人を睨む。

 イラつきをぶつけるようにギアチェンジし、ピッチを上げた。

 ゴールまであとわずか。


 荒れる息を飲み込んで、腕を振る。急に追い上げてきた俺に、振り返った前方の一人が目を剥いたのが分かった。


 そのまま一人。

 ラスト手前でもう一人抜き、ゴールした。


「幸村くん、すごいね! 入賞だよ!」


 誰かの声が耳に入る。

 クラスの女子に、称えるようにバシバシと肩を叩かれた。きゃあきゃあと喜んでくれるのはありがたいが、ラスト全力疾走したので結構しんどい。ちょっと放っておいて欲しい。

 乱れた息をしばらく整えてから顔を上げた。


 委員長たちはこちらなど見ず、先ほどと変わらぬ様子で笑っていた。


 ――ま、そうだよな。



 ♢



 走っている時には正確な人数が分からなかったが、結局俺はぎりぎり10位だったらしい。去年より順位を一つ上げ、入賞してしまった。

 最後、急に全力疾走してしまったことはなんだかかっこ悪かった。しかし誰もそういったことは言わず、純粋に祝福してくれたのが少しこそばゆい。


 すべてが終わって体育委員の片付けをしていたら、いつの間にか横断幕はなくなっていた。



 一通りの仕事を終えて、帰りの電車でようやくスマホを見た。

 すると、委員長から横断幕の写真の礼が来ていた。横断幕は書道部が回収して持って帰ったという。

 そして、『横断幕も無事掲げられたし、なんとか完走出来て大満足』とのこと。よかったですね。


 俺は少し考えて、返信した。


『お疲れ様。俺、10位入賞だったんだよ。見てた?』

『おめでとう、見てたよー』


 嘘つけ。


 俺はスマホを鞄の中に放り込んだ。



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