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3、彼女


「紫苑くん、好きなの。よかったら付き合って欲しいんだけど……」

「いいですよー」


 委員長の秘密を知ってから一週間。

 俺に一ヶ月ぶりに彼女が出来た。


 ここはバイト先の控室。二つ上の大学生、綾乃さんから「ちょっといい?」と呼び止められ、告白されたのだ。

 断る理由はない。今は彼女がいないし、綾乃さんは俺のことを好きだと言ってくれる。

 染まった頬にドキドキしている様子が手に取るように分かり、そのことが嬉しい。


 俺の返事を聞いた綾乃さんはぱっと表情を輝かせて「ありがとう」と言い、ぎゅうと抱き着いてくれてから控室を出て行った。積極性がある女の子、大変よろしい。



 俺がバイトをしているバーガーショップは大手のファストフード店だが、最寄り駅が小さいため比較的空いている楽な職場だ。


 学校の最寄駅からは、私鉄とJRが二手に分かれて伸びている。

 学校、家、バイト先の最寄り駅はちょうど三角形を作るような場所に位置しており、俺の家の最寄り駅はJR側。バイト先は私鉄側だ。

 学校からJR駅まで戻り、そこからチャリでバイト先のある私鉄側まで通っているのである。

 本当は自宅に近いJR駅の近くでバイトを探したのだが、人が多すぎてどこの店も忙しそうである。そのため、私鉄側の近くでバイト先を探した。

 ほどよい仕事量で、俺はのんびりと働いている。



 綾乃さんの抱擁を噛みしめながら制服に着替え、カウンターに向かった。

 注文を聞き取り、レジを打っていく。手を動かしながらも、俺は告白を起点として全然違うことを考えていた。


 一週間前の委員長の恋の話。

 あれ以降、委員長と接点はない。元々用事がなければ話すこともなかったのだ。

 委員長は俺という第三者に恋が露呈したわけだけれども、それでも変わらず真柴センセの授業を食い入るように見つめている。

 それを変わらず俺は「あの人のどのへんがいいのかなあ」と思いながら見ているのだ。


 なんというか、俺は気になる。

 委員長の視線のあの熱量が、行き場もなく霧散していく様子をもったいないと感じているのかもしれない。

 眼光でエネルギーをいくら注ぎ込んだって、それだけで真柴センセと委員長の関係が変わるわけでもないからだ。


 綾乃さんの告白を思い出す。

 綾乃さんとはたまにバイトのシフトが一緒になるだけで、個人的に遊んだことはない。それでも、告白されてとても嬉しい。

 委員長も告白してみたらいいのだ。きっと、真柴センセだって喜ぶだろう。

 だが、それは不要らしい。俺には理解できない。



 考え事をしながらもレジを打ち、キッチンとの往復を繰り返していたら、外はもう暗くなっていた。

 だんだんと陽が落ちるのが早くなっている。店の外は街灯が点き、駅から出てくる人の数は多くなっている。ちょうど帰宅ラッシュの時間帯だ。

 同時に、カウンターに並ぶ客の列も伸びる。夕食にと帰宅途中で寄る人が多いためだ。


 しばらく目まぐるしく働き、帰宅ラッシュが落ち着くと、あとはぽつぽつと客が来るだけ。俺は一息ついた。

 上がりまであと二十分。綾乃さんは先に上がった。

 もう少しだなと思っていると見慣れたポニーテールが店に入ってきたので、俺は二度見した。


 血飛沫のようなイラストの入ったこげ茶色の大きめパーカーにデニム。はっきり言って非常にダサい。

 委員長は、俺のレジの前に立った。


「オレンジジュースとポテトください」

「……かしこまりました」


 声で分かったらしい。

 ぱっと顔を上げ、俺に気付いた委員長は瞠目した。


「幸村くん」

「どうも、お疲れさま。ずいぶん遅いね」


 列に誰もいないので、会計をしながら話しかける。

 委員長はパーカーのポケットからがま口財布を取り出した。唐草柄。これは女子高生が使うようなやつなのだろうか。

 彼女は財布をじゃらじゃら鳴らしながら硬貨を選んだ。


「電車の遅延で妹が遅くなっちゃって迎えに来たの。着くまでもう少しかかりそうだから時間潰そうと思って」

「妹いるんだ。中学生?」

「ううん、小学生」


 それを聞いて、俺はちょっと心配になった。

 小学生の妹が一人で帰るのが危険なのは分かるが、お迎えが女子高生で、二人で帰るというのも危なくないだろうか。

 もう辺りは真っ暗だし、駅から少し離れると人通りの少ない住宅街だ。治安の悪い地域ではないけれど、たまに不審者情報だって聞く。

 それに、委員長は非常に大人しそうに見える女子高生だ。黙っていれば。


「俺、もう少しで上がりだから帰り送るよ」

「え? なんで、いいよ」

「いいからいいから。チャリだし」


 固辞しようとする委員長を制し、オレンジジュースとポテトの乗ったトレーを差し出す。

 ちょうど次の客が来たので断るタイミングを失ったらしい彼女は、難しい顔をしたまま店内のカウンター席に向かった。



 ♢



 予定の時間に上がると、委員長は窓際で静かにスマホを触っていた。

 声をかけて隣に座る。彼女はスマホを下向きにトレーに置き、少し眉を寄せて俺を見た。


「バイトで疲れているでしょう、送ってくれなくていいよ。近いから大丈夫」

「女の子二人だけでこの時間に帰るの危ないよ。危なくないにしても、俺の自己満だから気にしないで」


 俺が折れないことに諦めのため息をついて、委員長はオレンジジュースの残りをすすった。もう氷も溶けてしまったようだ。

 聞けば、普段妹が遅くなった時には両親のどちらかが迎えに行くという。しかし今日は電車の遅延で両親ともに遅くなっており、委員長が迎えに来たのだそうだ。


「妹、遠くの学校に行ってるの?」

「そう。私立に行ってて、今日は帰りに塾なの。だから遅くなっちゃって。あ、そろそろ着くって」


 ぶぶぶと振動したスマホがメッセージを写す。

 立ち上がり、俺が代わりにトレーを片付けて、店の目の前の改札に二人で向かった。



 電車の遅延により、改札から吐き出される人の流れは普段よりも多いように思えた。

 その中から、周囲と比べるとひときわ小柄な少女が走ってきた。背負っている艶のあるキャメルのバックからびょーんとICカードを伸ばしてタッチする。

 すぐに姉を見つけたようで、ずいぶんと大人びた表情で疲れた感を出して寄ってきた。


「ただいまぁ、すごい遅くなっちゃって疲れたあ」

「お帰り、果歩。帰ろう。それで、えーとこの人は……」


 俺を紹介しあぐねる委員長。妹の果歩は、俺に怪訝な目を向けてきた。その目、姉にめちゃくちゃ似てるぞ。


「……まさか、お姉ちゃんの彼氏?」

「違う。クラスメイトの人」


 委員長に食い気味に否定された。一ミリも恥じらい的な部分を見せなかったので、苦笑する。俺の彼女と間違われることが不名誉であるみたいだ。心外。

 俺は少女に怪しまれないよう、にっこり笑顔を作った。


「こんばんは、俺はお姉さんのクラスメイトで幸村紫苑(ゆきむらしおん)と言います。そこでバイトして終わったとこなんだけど、女の子二人で帰るの危ないから送らせてもらってもいい?」

「…………」


 しかしどうやら失敗した。怪しい男に絡まれないよう送ると言っているのに、どうやら俺が怪しまれているっぽい。

 学校からそのままバイトだったので制服姿だし、素性は問題ないはずだが、俺の外見がよくないのだろう。

 明るい髪色に、さっきまでは外していたピアス。少女の姉の隣に立つのに違和感があるのは分かる。

 妹の様子に、委員長が小さく息をついた。


「怪しむのは分かるけど、この人は多分本当に善意で送ってくれるって言っているので、とりあえず帰ろう」


 果歩は小さく頷き、しかしおずおずと口を開いた。


「一つ聞きたいんだけど……、彼女いる?」

「いるよー」

「えっ!?」


 俺の返答に驚きの声を上げたのは委員長だ。ぎょっとして俺を見る。


「先週、幸村くん彼女いないって言ってなかった!?」

「そう。今日出来たの。出来立てほやほや。一ヶ月ぶりの彼女ー」


 朗らかにピースしてみせれば、またおかしなものを見るような目で見てきた。委員長からはこの視線ばかり向けられる。

 先週彼女がいなくたって、今週いるかもしれないというのは当然ではないか。また、心外。


 委員長の態度に反して、妹の果歩の方は急に気が抜けたような表情になった。


「確かに道が暗いから二人は怖いかも。私は浅利果歩(あさりかほ)。彼女がいるなら安心。よろしくお願いします」

「なんでよ、果歩」

「彼女いない人よりも彼女いる人の方がリスク低いでしょ。まあ、紫苑はモテそうだから私たちに悪さするってことはなさそうだけど」


 早速呼び捨てにされて笑った。

 すいぶんと大人びた小学生だ。最近の小学生は皆、こうなんだろうか。



 俺はチャリを押しながら、三人でのんびり歩き出す。

 浅利家は駅から徒歩十五分とのこと。俺の家とは反対方向だ。


「紫苑はお姉ちゃんと仲いいの?」

「いつもお姉さんにお世話になってます」

「果歩、余計なこと聞かなくていいの」


 俺に興味津々の妹。物怖じしない性格らしい。


「その耳のピアス、本当に穴空いてるの?」

「空いてるよ」

「痛くなかった?」

「全然」

「いいなあ、私も空けたい」


 果歩の羨望のため息。委員長はうわあ、という顔をした。

 当然ながら委員長の耳たぶはさらりと綺麗でなにも着いていない。でも、一応聞いてみた。


「委員長は? 空けたいと思わないの?」

「全然思わない。痛いの嫌いだし」


 口を歪めて答える様子に苦笑した。予想通り。


「痛くないってば。もし空けたくなったら言ってよ、俺が空けてあげる」

「お断りです」


 その時、ポケットの中でスマホが振動した。少し取り出して確認すると、綾乃さんからのメッセージ。

 プレビュー画面に『今日はOKしてくれてありがと、今度……』と続いている。マメな人だ。



 ここでいい、と委員長が足を止めたのは、いたって普通の灰色の屋根の一軒家の前だった。

 この周辺は立ち並ぶ家の形がよく似ている。住宅街として二十年ほど前から開発されたエリアで、建売住宅が並んでいるのだ。


「幸村くん、送ってくれてどうもありがとう。遅くなってごめん。気を付けて帰って」


 委員長は律儀に頭を下げると、果歩と家に入って行った。「バイバーイ」と言う果歩に手を振る。


 俺は自転車で来た道をのんびり戻った。


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