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2、謝罪


 委員長にメラメラ燃える瞳で射抜かれ、俺は帰ってからもずっとぼんやりしていた。

 女の子にあんなに敵意をむき出しにされたのは初めてだ。大抵、女の子というものは優しくて穏やかな生き物だと思っていたのに。


 まあそうじゃない子もいるし、過去の彼女に怒られることもあったけど、大概、「しょうがないなあ」で済ませてくれることが常だった。

 あんな修羅のような目でガチギレされたことはない。


 委員長からの言葉と表情が頭の中で何度もリフレインし、俺の中で生まれたのは、羞恥だった。

 「ムキになっちゃって」という嘲りや「ちょっとからかっただけなのに」といった呆れ、「俺ナルシストじゃないけど」という怒りではない。


 俺の言葉で彼女が傷付いたのは事実で、そのことがひどく格好悪く思えた。

 別に俺はモブ柴のことをよく知っているわけではない。

 モブ柴のことを冴えないと思っていたのは事実だけど、話のとっかかりを作るだけのために彼女の好きなものを(けな)すことを言うべきではなかった。軽率なことを口にした自分を恥じた。


 同時に、「ナルシスト見え見え」と言われたこともなんだか恥ずかしかった。

 自分では少なくともモブ柴よりは格好いいと思うし、もっと格好よくなりたい。

 そしてそうなるように身嗜みに気を配っているけれど、ナルシストとまではいかないはずだ。


 しかし、ナルシストと指摘されて怒りではなく羞恥を覚えるということは、すなわち俺はナルシストであるということを心の奥で認めたようで、それがさらに恥ずかしい。嫌だ。



 とにかく、一晩混乱した頭を整理させた俺は、委員長に謝ることにした。

 ひどく怒っていたので許されないかもしれないが、よくないことをした際に謝るべきという常識くらいはある。




 次の日、委員長になんとか声をかけようと、俺はじりじりタイミングを見計らっていた。

 しかし、話しかけられない。普段は接点がないのだ。急に「話があるんだけど」など話しかけるのもちょっと腰が引けた。


 だが、一日の授業をすべて終えて荷物を片付け、「やっぱ別に謝らなくてもいいかな」と緩んだ気持ちが生まれたところで、なんと委員長の方から話しかけられた。


「幸村くん、ちょっといい」

「えっ、ハイ」


 無表情でそう詰め寄られ、もしかして昨日からの追撃が来るのではと、反射的に硬い声で返事をする。


 委員長が教室を出たので、そのまま彼女の背中について行った。

 すぐ目の前で、つやつやの黒髪ポニーテールがゆらゆら左右に揺れている。なにも色を入れていない地毛なのだろう。


 揺れる髪を眺めながらついていくと、廊下の隅で委員長はくるりと振り向いた。ポニーテールが勢いよく舞う。


「昨日はムキになって言いすぎました、ごめんなさい」

「えっ」


 委員長は俺に向かって頭を下げた。頭のてっぺんに綺麗な天使の輪っか。それに真っ白なうなじ。

 いやいやいや、そんなところ見てる場合ではなく。


「えっ、いや、委員長。昨日のは俺の方が悪かったから……」

「ついかっとなっちゃって、大人げないことを言ったなと思って。ごめんなさい」

「いやいやいやいや」


 慌てて、委員長よりも深く頭を下げた。


「俺の方が謝らないといけないと思っていたんだ。ごめん。人の好きなものを貶すなんてよくないことだったし、軽率なことを言った」

「幸村くん……」


 委員長が黙ってしまったので、恐る恐る顔を上げると、彼女はふんわりと微笑んで首を横に振った。

 よかった。許してもらえたようだ。ほっと息をつく。


「俺、デリカシーなかった。全部、委員長の言う通りだった」

「……ナルシストってところも?」

「そこは否定させてもらいたい」


 ふざけた口調で返してきた委員長にきっぱりと告げると、彼女はくすくすと笑った。

 意外。男相手でもこんな顔するのか。肩の力が抜けた。


「委員長、お詫びになんか奢る。今日、部活?」

「ううん、今日は部活ない日。別に奢ってくれなくていいけど、聞きたいことあるから駅まで一緒帰ろう」


 それから教室に戻って荷物を取って、二人で校舎を出た。俺たちの珍しい組み合わせに、裕也や周りの友達は目を丸くしていたけれども、なんらかの用事だと思われたらしい。誰かに問われることはなかった。



 俺たちは駅までの途中でコンビニに入った。

 寒いから、温かいものが食べたいと委員長が言う。なので、肉まんの中から選ぶことにした。俺はピザまん、委員長は有名中華料理店監修の少しリッチな豚まんだ。

 俺が払うと分かってそれを選んだ。さっきは遠慮してたくせに、いざ奢るとなったらなかなかに遠慮がないやつ。


 コンビニの外で、並んで立ったまま食べ始める。


 委員長はもこもこした手袋をコートのポケットに突っ込み、口元まで覆っていたチェックのマフラーをずらした。その拍子に、マフラーの中に入っていたポニーテールがさらりと抜け出る。

 買い食いなんて嫌がるタイプかと思ったけど、全然そんなことないらしい。

 こっちのことなど気にせずにぺりぺりと豚まんの下にくっついた紙を剝がしていた。


「幸村くん」

「え、はい」


 ピザまんが熱くてふーふーしていたら急に話しかけられ、俺は気の抜けた声で返事した。

 委員長はなんだかまずいものでも食べるような顔でこちらを見ている。有名店とのコラボなのに、美味しくないのだろうか。


「……昨日の話だけど……、私、分かりやすい?」

「え? なにが?」

「ええと、その……」


 もじもじと俯いたまま、豚まんを割る様子を見て、分かった。昨日の恋の話のことだ。


「センセのこと?」

「……うん」

「分かっちゃいますね」

「……分かっちゃいますか……」


 授業の時のあの視線は無意識のようだ。

 あれでバレないだろうと思っているなんて、盲目的過ぎる。目からビームが出そうなほどなのに。

 でもそれを直接告げるのは、それこそデリカシーに欠けるかも、と思った。


「委員長の席が入口に近いから気付いちゃったんだけどさ、委員長がセンセのことよく見ているような気がして。でも、俺はそういうの気付く方だから、他の人からは分からないかもよ」

「まあ、確かに幸村くんはそういうのよく気付きそう」

「それはどういう意味?」

「恋多そうって意味」


 上から下までじろじろ見ながら言われたのでじとりと目を向けると、呆れたようにふい、と目を逸らされた。

 恋多そうって、いいのか悪いのか、よく分からない。


「でも俺、今彼女いないよ」

「そうなの? 告白されたら断らないって聞いたことあるけど」

「それはまあ、そうだね」


 ピザまんを最後まで食べ終え、包装紙をゴミ箱に捨てた。

 委員長の方はまだ三分の一くらいは残っているが、手を止めて「なんで?」って顔をした。なので、答える。


「女の子がさ、すごい頑張って好きって言ってくれるの嬉しいし、それに報いたいなって思うじゃん」


 すると彼女は眉間にしわを寄せ、怪訝な顔で俺を見上げた。


「幸村くんは彼女になった子のこと、好きじゃないの?」

「好きだよ。俺のこと好きって言ってくれる子のこと、好き」


 ますます眉間にしわ。えー、俺、おかしなこと言った?

 なんか未知の生物を見るような目で見られている。その視線に居心地が悪くなり、話題を変えて委員長のことを聞くことにした。


「委員長もセンセに告白してみたら」

「絶対無理」

「なんで」

「いや、普通に無理でしょう……」


 普通に無理らしい。俺はそうは思わないけど。

 人から好意を持たれたら誰だって嬉しいはずだ。確かに今は教師と生徒の立場だから発展することはないかもしれないけど、俺たちが卒業するまであと一年ちょっと。それ以降は対等だ。


 仮に俺が先生だとして、委員長から「卒業するまで待ってて」と言い寄られる図を想像する。

 背徳的な危うさはあれど悪くないなと思った。というか、正直言うととても良い。

 だが、それを口に出すと今度は罵倒では済まない気もする。


 豚まんは冷めてしまったようで、委員長は残りをぱくぱくと口に入れた。包装紙をゴミ箱に捨て、それから並んで駅に歩き出した。


「……私が真柴先生を好きなこと、内緒にしておいてくれる?」

「もちろん」

「ありがとう」


 小学生男子じゃないんだから、別に「あいつのこと好きなんだってよ」なんて言いふらすようなマネはしない。なのに、委員長は俺が秘密を守ると言うとほっとしたようだった。よほど信用がない。

 今日俺に声をかけたのは、きっと謝罪のためではなく、口止めが主な理由だったのだろう。


「委員長がセンセを好きなこと、他に知ってるやついないの?」

「いない」



 駅に着いて、改札で別れた。

 というわけで、俺は委員長の秘密の恋を知る唯一の人間となった。


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