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18、露呈


 梅雨に入り、毎日天気は曇りか雨。

 空が暗いと気も滅入る。わずかに窓を打つ音で目をやると、小雨が降り始めていた。


「――じゃあ幸村はとりあえず成績キープで、このまま落とさないように」

「あ、はーい」


 担任の声で、窓から目を離した。

 ここは進路指導室。担任と二人で面談中である。五十代の男性担任の手には分厚いファイル。こちらに見えないよう、立てた状態で目を落としている。超個人情報が入っているんですよね、それ。

 担任はファイルを開いたまま、視線だけこちらに向けた。


「受験近くなったら髪染め直せよ。あとピアスも」

「え、なんでですか」

「受験票に写真貼るだろ。それに一般受験とはいえ、大学関係者に見られた印象考えろ」

「校則ではオッケーなのに……」

「そういうもんなの」


 ファイルをパタンと閉じた担任に「次のやつ呼んでこい」と言われ、俺は進路指導室を出た。




 体育祭も終わり、三年が参加する主要な学校行事は終わった。

 しかしなんだかバタバタしているので、浅利さんと味噌ラーメンを食べにいくという約束は果たされていない。


 受験勉強が本格的に始まるのだ。

 夏休み前には保護者を含めた三者面談が行われるが、その前に個人の希望をざっくり聞くため、ここ数日、担任との面談が行われている。

 俺は進学希望で、すでに志望校もいくつか決まっている。第一志望は推薦制度のない大学だが、学内での模試や過去の成績で、まあ大丈夫だろうという判定だ。あまり無理しないスタンス。


 浅利さんはというと、先日受けた学内模試の結果、数学で成績優秀者として掲示されていた。

 第一志望も決まっているようで、それは以前言っていた通りこの近辺の大学だ。成績が良いので、推薦が取れるだろう。


 だが俺や浅利さんのようなケースはあまり多くない。大半の生徒は志望校の選択に迷っていたり、志望する大学のハードルが高かったり。

 どの生徒も、面談を控えてぴりぴりしていた。



 進路指導室から渡り廊下に出ると、小雨が本降りになってきていた。

 急に蒸し暑くなってきた気がして、シャツの襟元であおぐ。もう衣替えも済んで夏服だ。この制服を着るのもこの夏でおしまい。

 渡り廊下から教室のある棟へと入ると、生徒はもうおおむね帰っているようで静かだった。残っているのは面談待ちの生徒だけだ。


 雨だし、さっさと帰ろう。

 俺は教室の扉を開けようとしたところで、中から聞こえてきた声に手を止めた。


「――つって、真面目ぶってよ。浅利みたいなのが推薦持ってくんだろーなー」

「見た目だけで得してるよなあ、浅利」

「あー、委員長タイプね、クソだな」


 声の主は男子生徒三人。一人は近藤。体育祭の種目決めでぐずったやつだ。


「推薦、ポンともらえるんだろうから楽だよなー、そんでそれを当然と思ってんだろ」

「思ってるだろ。気取ってるっつーかお高くとまってるっつーか。体育祭の時もクソつまんねえこと言い出して、本当頭硬いっつーか。だせぇし」

「分かる分かる、だせえ」


 下卑た笑い声。

 教室に入るタイミングを失った俺は、胸に嫌なものがこみ上げてきた。

 ――なに言ってんだ、こいつら。


「なあ、ちょっとからかってやろうぜ」


 澤田の声と、ガタンと椅子を引く音がした。


「浅利なんてどうせ男とろくに話したことないだろ。ちょっと声かければちょろいんじゃね?」

「えー? あんな可愛くもないやつに」

「いいじゃん、いいじゃん。試しにお前最初行ってみろよ。んで、落としたところで種明かししてやろうぜ」


 ふつりと怒りが湧いた。

 つまんねーこと考えやがって。


 俺はわざと勢いよく音を立てて扉を引き、三人を見据えた。三人がぱっと驚いたようにこちらを向く。


「次、吉村。面談」

「お、おー」


 一人が教室を出て行き、俺は自分の机にどかどかと近付いて鞄を手にした。

 そのままなにも言わず帰ろうかと思ったが。そうだ、やつらが余計なことをやらかす前に牽制しておかねばならない。残った二人に顔を向けた。


「浅利さん落とすって? 無理だと思うけど」


 俺の言葉に、近藤が口の端で笑う。


「盗み聞きかよ、幸村」

「お前ら、声がでかいんだよ」

「浅利、調子に乗ってんだろうが。お前だって体育祭の時、嫌々付き合わされてたんじゃねえの?」

「全然。お前らだってなんだかんだ言って体育祭ちゃんと出てたじゃん」

「出るつもりなかったね、あいつが余計なことしなければ」


 いまさらなにを言ってるんだか。呆れて俺は大きくため息をついた。

 しかも体育委員に誘ったのは俺なのに、それをこいつらは知らないらしい。俺が浅利さんに付き合わされたとでも思っているんだろうか。実際は逆だ。


「とにかく、つまんねーこと考えてないで……」

「幸村、お前最近なんなの?」


 諭そうとした俺にイラついたように、澤田が声をかぶせてきた。同時に近藤も乾いた笑いを漏らす。


「幸村ってそんなムキになるやつだっけ? 浅利なんてクソだせえしつまんねえ女じゃん」

「そうだ、幸村が浅利に声かけてみろよ。いくらあいつだって、お前に口説かれれば――」


「――――は?」


 なに言ってんだ、こいつら。

 んなことするわけないだろ。ていうか、それがどんだけ難しいことだと思ってんだよ。どんだけ距離が近付いても全然意識してもらえないんだぞ。

 だいたいまず、彼女がクソだせぇしつまんねえ女であるはずがない。なにを見ているんだ、お前ら。浅利さんの良さに気付いていないなんて、お前らの目は節穴だ。


 言いたいことがパンクしそうになって、頭の中が混乱した。怒りでどうにかなりそうだ。

 だがここでぶち切れたら、こいつらは浅利さんへのヘイトを加速させるだろう。それは面倒なことになるかもしれない。とりあえず嫌がらせを実行されないよう、いなせばよいのだ。


 俺は呼吸を整えてから、わざとにっこり笑顔を向けてやった。


「……俺が声かけたところで多分無理だね、浅利さん、絶対俺のことタイプじゃないし。てか、誰が声かけても無理だろ」

「は?」

「あと、浅利さんは確かに派手じゃないけど、綺麗だよ。髪真っ黒つやつやで色白いし。眼鏡してるから分かりにくいけど、睫毛長いし、目大きいし可愛いけどな」


 目の前の二人が、困惑したように目を瞬く。

 怪訝な顔をしているので、頭の中で思い描く浅利さんと、俺が話す浅利さんの姿に乖離があるのだろう。

 彼女の可愛いところを他のやつに知られるのは癪な気もするが、まあいい。


「浅利さん、生真面目で頭硬いかもしれないけどね。でもまあそういうやつも世の中いなきゃ困るだろ。それから、」


 そう言って一歩近付き、二人を睨みつけた。


「余計なことして面倒なことになるのはお前らだからな。人をストレスのはけ口にするな」


 呆けた様子の二人から顔を背け、返事を聞かず、教室から出た。

 とりあえず、彼女をおちょくるようなことは当面しないだろう。言いたいことの半分も言えなかったけど。



 廊下に出て扉を閉め、ふう、と息を吐いたところで。


「――うわあっ!!」


 教室のすぐ外にいた人に気付き、俺は悲鳴を上げた。


 当事者である、浅利さんが立っていた。


「ごめん、ロッカーに忘れ物して」

「あ、そう……」


 扉のすぐそばで立ち尽くす彼女は、部活中だったのか、制服の上にエプロンを着けていた。廊下のロッカーから荷物を取り出した後のようで、手提げを抱えている。

 まずい。教室の中の会話を聞かれていたかもしれない。慌てて、教室から離れるよう促す。


「えーと、部活に戻るの? 行こう」

「あ、うん」


 二人で廊下を歩き出すと、浅利さんは朗らかに笑顔を向けてきた。


「幸村くん、少し聞こえちゃったんだけど」

「あ、ハイ」

「かばってくれてありがとう」

「…………どこから聞いてた?」

「全部」

「全部かあ」


 頭を押さえて天を仰ぐ。別にやつらにいったことはすべて事実だけど、本人に聞かれると恥ずかしい。言葉の端々に好意が漏れてしまっていたはずだ。

 彼女は一つため息をつくと、呆れたように口を尖らせた。


「でも別によかったのに。言いたい人には言わせておいても」

「……だって、浅利さんあいつらに偽告白されてあとで嘘でしたーってやつやられるところだったよ」

「あはは、そうだね、それは厄介だ」


 やつらに悪口言われていたことなんて全然気にしていないみたいで、浅利さんはけらけらと笑った。


「幸村くんは優しいねー。私みたいなのも上手に褒めてくれてさ、ありがとう」


 その言葉を聞いたら、俺は急に胸が苦しくなった。

 もしかして、さっきあいつらに言った言葉をお世辞か冗談だと思っているんだろうか。

 別に俺は誰にでも優しいわけじゃない。浅利さんが貶されていることに、ひどくムカついた。頭にきた。本当はぶちのめしたいくらい腹が立ったけど、でも後のことを考えて怒りを飲み込んだのに。


 なぜなら――


「好きだから……」

「え?」


 ぽろりと口にして、気付いた。

 さっきの俺は、真柴センセを貶してしまったときの彼女の立場と同じだ。あの時、真柴センセを「あんなのどこがいいの」と小ばかにし、浅利さんは激怒した。同じだ。俺と。

 あの時の彼女の気持ちが、分かった。



「俺、好きなんだよね。浅利さんのこと」



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