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17/22

17、打ち上げ


 浅利さんと二人での体育委員打ち上げ当日。

 土曜の昼。俺は非常に緊張していた。


 女の子と二人で出かけるなんてこと過去に何度もあるのに、なぜだか今日は緊張する。

 浅利さんの私服も見たことあるし、行き先は色気のないラーメン屋だというのに。


 そう。結局、彼女の希望通りラーメン王国に行くことになった。

 体育祭で俺が誘った時には、映画館とか、動物園とか、水族館とか、ボーリングとか、カフェで飯食うとか、そういった定番デートコースを想定していた。しかし本人の希望はラーメン。


 正直マジかよと思ったわけだが、まあいい。

 とりあえず、彼女が俺の誘いに乗ってくれたのだ。いきなり高望みすれば失敗する。

 いつの間にか志の低い男になってしまった自分を残念に思わないでもないが、仕方ない。



 待ち合わせは11時。

 ラーメン王国の最寄り駅はうちのJR駅から少し離れたターミナル駅のそばにある。ラーメン王国のオープン時間と同時に入りたいらしい。


 俺は目覚ましよりも早く起きた。朝食はとらない方がいいだろうと思い、水だけ飲む。

 それから、あまり気合の入った格好じゃない方がいい。

 行き先はラーメン屋だし、デートだぞという前のめり感を出せば、彼女は引くかもしれない。俺はシンプルな薄手のパーカーと黒のデニムにした。


 浅利さんはどんな格好で来るだろう。

 もしも、万が一、これがデートの誘いであることに気付いてくれれば、可愛い格好で来てくれるかもしれない。それにラーメンだ。眼鏡は外してくるはず。ちょっと楽しみ。



 だが、期待は裏切られた。


「幸村くん、おはよー」


 待ち合わせの人々で混雑するターミナル駅。

 朗らかな笑顔で現れた浅利さんは、ドシンプルな長袖シャツに黒のスラックス。なんの装飾もついていない小ぶりのリュックを背負っている。

 シャツの中心ではリアリティあるライオンが「がおー」と言わんばかりに口を大きく開けていた。どこで売ってんだ、こんなTシャツ。


 しかし予想通り、眼鏡はかけていなかった。可愛い。意外と長いまつげがくるんと上を向いているのが、より可愛い。


「さ、行こう行こう!」

「はーい」


 ずんずん進む浅利さんの背中を追い、駅構内を抜ける。

 そういえばこの街は以前、綾乃さんと映画を見に来たところだ。真柴センセとその奥さんを目撃した地域でもある。今日は遭遇しないでくれよ。


 駅から繋がった歩道を通り、そのまま近くの建物に入る。

 このビルは、低層階はショップやボーリング場などの商業、娯楽施設、高層階は展示ホールや会議室といった法人向け施設が入っている。


「ここの十階がラーメン王国です」

「へえ」


 エレベータホール前の案内表示を見て、浅利さんが得意げに言った。ついでにフロアガイドに並んでいたパンフレットを手渡されたので、目を落とす。

 チン、と音がして、半面ガラス張りのエレベータに乗り込むと、すでに下階からの乗客で混雑していた。

 「皆、ラーメン王国かな」と浅利さんが小声でうきうき言うので、「多分違うと思う」と控えめに返した。実際、大半の客は商業フロアで降りた。


「ラーメン王国、期間限定なんだね」

「そうなの。期間内に全部食べ終わりたいけど難しいかもー」

「制覇するつもりなの、浅利さん」

「出来ればね。無理だったら本店に行けばいいんだけどさ」



 到着したフロアから入口へ進むと、そこはフードコートのような造りになっていた。

 十階の一部を区切って設けられたそのエリアは、壁に沿って十店舗が店を構えていて、入場料は不要。各店で会計し、エリア中央に設置されたテーブルでそれぞれ食べてねといったスタイルだった。


 時間が早いのでそれほど込み合っておらず、テーブルはほとんどが空いている。

 来ている客層も浅利さんのようなラーメンガチ勢ではなく、「気軽に食事に来ました」みたいな家族連ればかりだ。


「席、ここでいい?」


 浅利さんはフロアのちょうど真ん中あたりの四人掛け席に行き、荷物を下ろした。それから、リュックから紙を取り出し、机に広げる。


「幸村くん、今日はこれを食べて欲しいんだけど」

「えっ!? 指定なんだ!?」

「悪いが協力してくれたまえ」


 なんと、自分の食べたいものも食べさせてくれないとは。

 仰天して話を聞けば、ラーメン王国では通常の一人前とは別に、様々な味を楽しむために三分の一ほどの少量サイズも注文可能らしい。その少量サイズを一人五種類買ってくれば、二人で計十種類のラーメンを食することが出来る。

 そう考えた彼女は、食べたいメニュー十種類をピックアップしてきたという。そして俺は浅利さんの書いてきたメモを見て、さらに仰天した。


「全部醤油ラーメンなんだけど!?」

「だって、定番のものをお店ごとに比較してみたいじゃん」


 醤油だけでなく、味噌や豚骨、はたまた担々麵やつけ麺だってあるのに、すべて醤油である。

 せっかくラーメン王国に来たというのに、多様性を全く楽しませてもらえないなんて。


「熱意がすごい……」

「えっ、だめ?」


 懇願するような目で見られ、うっと言葉に詰まる。眼鏡がないから破壊力がすごい。

 全然だめじゃないです。ご希望なら全然協力します。




 かくして、俺たちはそれぞれ五種類のラーメン(全部醤油)を買ってきた。白い長方形のテーブルにお椀の乗ったトレーを並べ、向かい合って座る。

 お椀は変哲もないプラ容器だが、具材もきちんと乗っている。同じ醤油ラーメンでも、店によって具材はもちろん、スープの色が少しずつ違った。ミニサイズのラーメンがたくさん並び、なんだか品評会のようだ。


「うーん、美味しそう。どれから食べよう……」


 よだれをすすりそうな勢いの浅利さんの目は、ラーメン釘付け。瞬きしないとコンタクト落ちるぞ。

 俺ももうだいぶ腹が減ったので早速取り箸で自分のお椀に取ろうとした。すると、「ちょっと待って!」と止められた。


「なにー、俺、腹減った」

「写真撮るの忘れた」


 慌てていそいそとスマホを取り出す彼女に、諦めて箸を置く。


「色気のないお椀だけど、SNSに上げるの?」

「ううん、記録用だけ。また食べたいと思ったやつは今度ちゃんと一人前注文して写真撮ろうかなと思って」

「どんだけ食べるつもりなんだよ」


 一通り写真を撮ったら満足したようで、二人で「いただきます!」と手を合わせて食べ始めた。


 とりあえず、俺は先ほど中断した端っこのラーメンから食べることにした。

 四国にある有名店の看板メニューだというその醤油ラーメンは、見た目はオーソドックスなストレート麺。スープも普通に美味い。

 次にその隣の醤油ラーメンを食べてみたら、こちらはさっきのより少しこってりしたスープだった。麺も縮れ麺でコシがある。


「なんか比較してみると店によって全然違うね」

「そうだね! 美味しい!」


 当然だが、麺の違いや具材の違い、それからスープの味も違うのだ。意識したことがなかったが、比較してみて分かった。ちょっと面白い。

 麺の違いによってスープの絡み方に違いがあるのか、口への味の残り方が違う。それから同じ醤油ラーメンスープでも、醤油味の濃さや酸味に差があるのだ。

 楽しくなってきて、俺は次々と味を比較していった。



 ただそれでもさすがに、半分の五種類を超える辺りからどれがどれだか分からなくなってきた。それぞれ店によって味が違うとはいえ、すべて同じ醤油ラーメンなのである。

 浅利さんの方はというと、美味しい美味しいと言いながらどんどんラーメンをすすっている。

 こいつ、醤油ラーメンだったらなんでもいいんじゃないか……?


 十種類すべて食べ終える頃には、俺は当分醤油ラーメンはいいかなという気になっていた。浅利さんもさすがに腹が膨れたようだ。単純計算で、1.5人前は軽く食べた。


「幸村くん、どのラーメンが一番美味しかった?」

「え、ちょっと待って思い出す」


 途中から比較することを放棄したので、最初の方に食べたラーメンの味の記憶を手繰る。

 「せーの」で一緒に指差した先は、俺と浅利さんで全然別の店のラーメンだった。


「浅利さんはどうしてそのラーメンが美味しいと思ったの?」

「聞いてあのね、まず麺が細めなんだけどもちもちで、スープとの絡みが良く――」


 それからしばらく、浅利さんの醤油ラーメン品評の結果を聞いた。


 ふんふんと頷きながら講評を聞き、思った。

 この人は、自分の好きなものには本当に熱意が強い人なんだ。真柴センセ然り、好きなものに一直線。

 強い瞳には迷いがない。だから俺が真柴センセを小ばかにしてしまったとき、あんなにも怒ったんだろう。


 そこがいいな、と俺は感じた。その瞳を向けられたら、どんなに嬉しいだろう。俺もその好きなものの一部に、欠片だけでも入れてもらえないかな。

 そう考えて、まあ無理だなと自嘲した。浅利さんにとって俺はただのクラスメイトだ。


「――だから醤油はあまり他の種類に比べて違いが出づらいとは思ってたんだけど、実際比べると……って、聞いてる?」


 注意されて、はっと我に返った。


「聞いてる、醤油でも意外と店によって違うって話でしょ、味噌ならどうなの?」

「あー、味噌の方が違いありそうだよね。次は味噌で比較しなきゃ」

「浅利さんの話聞いてるだけで腹が膨れそう」

「空想で満足しちゃだめ。次は味噌食べに来ようね」

「はいはい」


 クラスメイトから一歩前進したようだが、何の色気もない。

 恋愛面では後退気味の関係を残念には思うが、それでも一緒にいられる時間が出来ることが嬉しく感じるのだ。



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