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16、体育祭 2


「なに紫苑、お疲れだね。さっきの借り物競争、楽しそうだったのに」

「うるせえよ……」


 午前中の競技を終え、教室で昼休憩を取る俺に、裕也がにやにやと声をかけてきた。

 なお、俺は先ほどの浅利さんの発言から立ち直れていない。当の彼女は友人と机をくっつけてお喋りしながら弁当を食べている。


「いいじゃん、三原さんからご指名されるなんて羨ましい~」

「お前、彼女いるじゃん」

「いるけど、それとこれとは別じゃん」


 裕也は障害物競走に出ているところを後輩の彼女が声援を送っているのを見かけた。あまりにも幸せそうで思わず毒づきそうになる。

 やばい。自分が報われないからって人に当たるのはよくない。というか、俺こんなに心の狭い人間じゃなかったはずなのに。


 ため息をついて購買で買ったパンを開けると、裕也も同様にパンの袋を開いた。


「でも紫苑、残念でした。三原さんは大学生の彼氏がいるそうです」

「あ、そうなんだ」

「もし告白されたら付き合ってた?」

「付き合いません」

「ふーん、なんかお前急にお堅くなったね」


 探るような視線を無視してパンを食べ始める。話題を変えた。


「そんなことより、リレー頑張らないと。彼女にいいとこ見せるんだろ」

「そう! 紫苑、アンカー絶対負けるなよ。一位取らないと俺、怒られるから!」

「怒られてしまえ」


 彼女のために力の入る裕也が少し羨ましくて、結局毒が漏れた。



 ♢



 午後の競技がほぼ終わり、今、俺はリレーに出るための待機場所にいる。グラウンドでは騎馬戦が行われており、男子生徒だけの戦いが繰り広げられていた。


 一クラス三騎、学年ごとの混合戦だ。その中には浅利さんに強引に名簿に入れられた近藤と澤田もいて、他クラスの騎馬と争っているのが見えた。

 風が強いものだから、砂煙で目が痛む。

 顔を背けた視線の先に浅利さんの姿。リレーの準備に回っているようで、バトンを手に持っていた。


 最終種目のリレーは通常のリレーではなく、スウェーデンリレーというやつだ。

 始めの選手は100m、次が200m、とだんだん距離が伸びていく。俺はアンカー第四走者、400mである。

 なお、持久走大会の結果がよかったから選ばれた。走るのは速い方だが、長距離の方が得意だ。



 騎馬戦終了の笛が鳴り、戦いを終えてぼろぼろの騎馬たちがグラウンドを去って、代わりに俺たちはグラウンドに入った。

 それぞれが所定の位置に散る。浅利さんは持っていたバトンを各第一走者に渡していた。


 騎馬戦の熱気も冷めやらず、最終種目ということもあり、応援している生徒たちの空気は熱かった。

 まずは一年、二年のリレーが行われ、本当に最後の種目が三年のリレーだ。



 二年のレースが終わって準備をしていたら、ふいに「紫苑くん頑張って!」という声が耳に入った。そちらを向くと他クラスの女子生徒。軽く手を振っておいた。

 持久走大会の時には全然こちらを見ていなかった浅利さんだが(本人は見ていたと言っていたが)、今日は間違いなく見ているだろう。ちょっと、さすがに、頑張りたい。




 だが結果的に、頑張った姿は見せられなかった。


 というのも、俺がバトンを受け取る時点でうちのクラスは独走状態で、どこのクラスとも競らなかったのだ。

 二位以降のクラスは団子になっていたので、かけられる声援は俺のクラスではなく、それ以下の白熱した戦いに対してだ。


 俺は落とさないように丁寧にバトンを受け取り、バトンを落としたり転んだりといったミスのないよう走り、余裕を持ってゴールした。

 正直、拍子抜けした。だが、裕也は彼女に怒られずに済んだだろう。



 全チームゴールして息を整えていたら、浅利さんが近寄ってきた。バトンを回収しに来たらしく、ついでの回収しようと思ったのか、カラーコーンも引きずっている。


「お疲れ様、幸村くん。一位だったね」

「疲れたー。つっても、ほかのやつらが速かったから俺全然いいとこなしだったなー」

「そんなことないよ、速かった」


 今回は一応ちゃんと見ていてくれたらしい。ま、そんなに頑張れなかったけど、一位だったからいいか。

 バトンを浅利さんに渡した代わりにカラーコーンを受け取り、並んで本部に向かう。


 この後は教頭の締めの挨拶を聞いて終わりだが、俺たち体育委員は後片付けがあるので、まだもう少し忙しい。

 そうだ、と俺は思いついて、隣に声をかけた。


「浅利さん、無事体育祭も終わったし、打ち上げしない?」


 俺の提案に、彼女は目を瞬いた。


「体育委員の打ち上げ?」

「そう。体育委員お疲れさま会。今日はもう無理だけど、二人で」

「いいよー」


 あっさりOK。

 こいつ、『二人で』という言葉をきちんと聞いていたか? 二人でだぞ? 言うなればデートだぞ?

 全然意識してはいないようだが、約束はした。


「行きたいところあれば考えといて」

「うん」


 リレーでいいところを見せられはしなかったが、遊びに行く約束をうまいこと取り付けることが出来て、俺は大変満足です。



 ♢



 その日の夜、帰宅して風呂に入り、くたくたになってベッドに入った。


 そのまま眠りにつきそうになるが、堪えてスマホを取り出す。浅利さんとの口約束を書面に残すためだ。

 ひょっとすると、俺の誘いがただの社交辞令に受け取られている可能性もある。

 彼女の引っ込みがつかない今日のうちに、約束を本物にしておかなければならない。


 半分眠りかけている頭をなんとか起こし、簡潔な文章を送った。


『今日はお疲れさま。打ち上げ、どこ行きたい?』


 送信したことに満足してスマホを枕の横に追いやると、すぐにぶぶぶと振動した。返信早っ。

 嬉しくなってすぐにまたスマホを手に取る。


 だが、ウィンドウに現れたメッセージを見て俺は布団に突っ伏した。



『ラーメン王国!!』



 ──おいおいおいおい。



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