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15/22

15、体育祭 1


 クラスでの競技参加者決め以外は特に揉めることもなく。

 例年通りの決められた手順で準備を進め、あっさり当日を迎えた。



 体育祭。

 校庭のトラック前には運営本部が設けられている。その横に立てかけられた看板を見て、浅利さんは感嘆の声を漏らした。


「美術部は気合が入っているね」


 「第〇回 体育祭」という文字と、生徒がリレーしている絵。毎年、このメイン看板は美術部が作成しているのだ。


「書道部は、体育祭ではなにもないんだね」

「そうだね。でも競技の入賞者への賞状は書くよ」

「あ、そうか」


 持久走大会の時もそうだった。そしてあの時書いてもらった賞状はちゃんと大事に保管している。


「じゃあ俺が入賞したら、浅利さんがまた賞状に名前書いてくれる?」

「いいよ」


 よし、言質を取った。といいつつ俺が出るのはリレーなので、もし勝ったとしても連名であることに気付いた。個人種目に出ればよかったかも。

 俺たちは各競技のセッティングをやったり、係員をやったりで今日は忙しい。なので、他の生徒は二種目出るところ、俺たちは一種目だけなのである。



 運営本部では、放送部がマイクテストをしていた。

 トラックの外側にはクラスごとに生徒たちが集まっている。小中学校などとは違い、保護者達は見学に来たりしない。なので皆気楽だし、バックレる生徒もいるのだ。


 天候は晴れ。

 夏日までは行かないものの動くと暑く、半袖の生徒もちらほら。持久走大会と同様、校長の挨拶を聞いて全員でラジオ体操をしてから、競技開始だ。




 俺は集合場所で競技待ちの生徒を整列させながら、早速一種目目のお玉リレーに出ている浅利さんをぼんやりと眺めていた。

 体育祭だが、今日も眼鏡。いつも通りのポニーテールで頭にはクラスカラー橙色の鉢巻きを巻いている。暑くないのだろうか、きっちり長袖長ズボンのジャージ。


 お玉リレーは一人一本お玉を持ち、ピンポン玉を乗せてリレーしながら速さを競う競技である。

 一見地味な種目だが、カラーコーンでの折り返しやピンポン玉の受け渡しの際に玉が落下することが多い。それからお玉が浅いので、あまり速く走るとお玉からぽろりと転がる。


 五つのクラス同時スタートで始まったレースで、うちのクラスは冒頭からトップを走っていた。全五人でのレースの、浅利さんは三番目。

 わくわくした表情で女子生徒からピンポン玉をお玉に受け取り、走り出す。お、意外と速い。しかも上体がぶれず、玉も落ちない。

 カラーコーンを折り返し、そのままの順位を保って次の男子生徒のお玉にピンポン玉を滑らすよう渡した。


 途中で抜かれたものの、うちのクラスは二位でゴールした。

 浅利さんが嬉しそうに周りとハイタッチしているのを見て、自然と頬が緩む。楽しそうでなにより。



 さっさと自分の出番が終わった浅利さんは、気楽そうにひょこひょこと俺のところに寄ってきた。彼女はもうこの後は体育委員としての仕事だけなのである。


「幸村くん、お玉リレー二位になったよ」

「見てたよ、お疲れ。意外と速くてびっくりした」

「ふふん、そうでしょう」


 それだけ言うと、自分の持ち場に去って行く。どうやら自慢したかっただけのようだ。後ろ姿を目で追い、苦笑した。


 グラウンドに目をやると、障害物競走が始まっていた。

 競技決めの時に揉めた、あの近藤が跳び箱を飛んでいる。なんだ、ちゃんとやっているんじゃないか。気だるげだけれども。

 少し離れた浅利さんを見ると、彼女も近藤が参加していることに気付き、同じことを思ったらしい。こちらを見た浅利さんと「よかったね」というふうに目配せした。



 ♢



 数種目を終え、昼が近付いてきたら風が出てきて少し涼しくなった。半袖だったが、上にジャージを羽織った。


 俺は運営本部で各クラスの点数計算をしていた。浅利さんも隣に座り、記録表を読み上げてくれている。が、放送部のアナウンスが近くてうるさい。


 グラウンドでは借り人競争が行われており、大いに盛り上がっていた。物ではない。人だ。「身長〇cmの人」とか「眼鏡をかけている人」とか、具体的に「〇〇先生」と名指しの場合もある。

 突飛なお題と、それを探して右往左往する選手に笑い声が上がっていた。


 俺は喧噪の中、点数表に記録していく。ここで間違えたら後で大問題になる。

 ただの学校行事だけど、やる気のあるクラスは順位に非常にこだわっているのだ。浅利さんの読み上げた結果を繰り返しながら計算していく。


「第五レース、一位2-A、二位2-E、三位2-B」

「ええと、2-A、2-E、2-B……」


「紫苑くん!!」


 集中していたら急に声をかけられて、俺は驚いて顔を上げた。

 作業している机の目の前にいたのは、他のクラスの女子。

 目鼻立ちくっきりの髪の長い、ええと、名前を知っている。でも咄嗟のことで思い出せない。話したことはある。元カノではない。


「借り人競争! 一緒に来て!」


 周りの視線が俺に刺さる。

 目の前の女子の手に白い紙が握られているのを見て、借り人競争でこれから俺が借り出されるのだということをようやく理解した。


「行ってきなよ、幸村くん」


 隣の浅利さんにぽんと背を叩かれた。何のお題か分からないが、皆、興味津々の顔。なんだなんだ?


 だが、借り人なら仕方ない。

 すぐに立ち上がりグラウンドに出ると、女子から手を握られてぎょっとした。

 女子──そうだ、三原さん。思い出した。裕也が以前、あの子可愛いと言っていた。いやしかし、借り人で手を繋いで走る必要ある??


 しかし振りほどくわけにもいかないので、そのままゴールに向かって二人で走る。


「三原さん、お題なんなの?」

「え!?」


 走りながら問うたが、聞こえなかったようだ。答えは得られなかった。

 そのまま白いゴールテープを切った。どうやら一位を獲ってしまった。

 三原さんが手を繋いだまま飛び跳ねている。周りを見渡せば、好奇の視線。なんかヤバいお題だったんじゃ。三原さんに再度尋ねる。


「三原さん、お題なんだったの?」

「あ、これ!」


 ぺらりと見せられた白い紙。『学年一、かっこいい人』との文字。


「おおおう……」


 マジか。完全に見世物だった。皆の視線の意味が分かった。これは光栄なこととしてありがたがっていいのかどうか。正直言うと、恥ずかしい。


「一緒に来てくれてありがとね、紫苑くん」

「お役に立てて良かったです……」


 そそくさとその場を後にし、仕事を放り出してきた運営本部に戻ると、浅利さんが仕事を代わりに進めておいてくれていた。


「浅利さん、ありがとう」

「あ、お疲れ。一位だったね」

「そう……。でも見世物で恥ずかしかった。お題が『かっこいい人』だった……」


 別に俺は自分が格好悪いとは思っていないが、かといってああやって担ぎ出されると驕っているようで恥ずかしい。自分から出たわけではないとはいえ。



「でも幸村くん、三原さんと一緒に走ってたのお似合いだったよ」

「……は?」


 ──今なんつった??

 浅利さんはにやりと笑って続けた。


「三原さん美人だし、美男美女だったー」

「えええーー……」


 べっこりへこんで、俺は深くうなだれた。額が机にごちんとぶつかる。


 好きな子に、他の子と「お似合いだったよ」なんて無邪気に言われる。こんな哀れなことがあろうか、俺。

 浅利さんは全然俺のことなど異性として意識しておらず、全く興味がないことが丸わかりだ。


「どうしたの、嫌だった?」

「……いえ、光栄です……」


 浅利さんが顔を覗き込んできたが、「嫌だった」などと言えばそれは三原さんに失礼である。

 顔を上げて額を撫でると、きょとん顔の浅利さんと目が合った。腹立つ。こっちの気持ちも知らずにぐさぐさと俺の心をえぐる発言をしやがって。


 あ、でもさっき『美男美女』と言っていた。ということは、浅利さんの中では俺は『かっこいい人』基準に入る……?

 淡い期待を持って、俺は口を開いた。


「……ちなみにさ、浅利さんがあのお題引いたら、誰を借りる?」

「えっ、決まってるじゃん!」


 嬉しそうにぽっと顔を赤らめて、ひそひそ話をするように顔を近付けた。どきりとして心臓が高鳴る。


 ──もしかして。


 それから彼女は声を落とし、俺の耳元で言った。


「真柴先生」



 再びのダメージに、遠い目で空を見つめた。


「……ですよねー……」


 くそ。俺の柔い心は大変傷付いたぞ。

 しかも自分の首を絞めた結果に、愚かな自分を呪いたくなる。聞かなくたって、少し考えれば答えは分かったはずなのに。


「でも先生は借りられないか」

「……そんなことないんじゃない」

「幸村くんだったら? 『可愛い人』ってお題だったら誰を選ぶ?」

「浅利さん」


 俺の傷心を知らず首を傾げる彼女に、間髪入れず答えた。少しはお前も動揺しろ、という願いを込めて。

 しかし、浅利さんは俺の回答を冗談だと受け取ったようだ。


「あはは、ありがとう!」

「……………」


 朗らかに笑う彼女に、俺は苦い気持ちで仕事を再開した。



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