14、堅物
俺たち以外に立候補者はおらず、俺と浅利さんはすんなり体育委員になった。
体育祭は一ヶ月後には行われる。早速委員会への出席と、準備に取り掛からなければならない。
種目は毎年同じだし、準備も大体同じ。
やる気のあるクラスは揃いのクラスTシャツを作るところもあるが、大抵それは一年か二年で、三年でTシャツまで作るクラスは少ない。うちのクラスも特に「作ろう!」という声は上がらなかった。
さて、まずは種目に出るメンバーの選定である。
といっても、時間を取ってクラス会議のような形にしたところで時間がかかるだけである。
「騎馬戦やりたい人―!」と呼びかけても、皆視線を合わせず下を向き、しーんとするだけだ。時間の無駄。
そこで通常は『出場したい種目アンケート』を取る。各自に紙を配り、出場したい種目を書いて提出してもらい、そこから体育委員が割り振るのである。
もちろん人気のある種目とそうでない種目はあるので相談が必要になることもあるが、体育委員が決めたことにあまり文句は出ず、概ねすんなり決まる。(やる気のあるやつは紙に「絶対出たい」とか書くのだ。)
早速クラス内でアンケートを取った俺たちは、放課後、教室で集計していた。
「意外と、三輪車競争とか借り物競争とかが人気あるんだね」
「まあ、気楽だしね」
「リレーや騎馬戦なんて全然希望者いない」
クラス全員分の紙を開きながら、競技項目に希望者を書いていく。男女の偏りなどもあるが、その調整は後でもいいだろう。
その中には浅利さんのアンケートもあって、彼女はお玉リレーと大玉転がしに立候補していた。球技が好きなんだろうか。とてもそうは見えないけど。
「あれ?」
アンケート用紙を開いていた浅利さんが、首を傾げて手元の紙を見た。裏表をひらひらさせている。
「どうしたの?」
「なにも書いてない」
「ああー……」
白紙のやつはたまにいる。「体育祭なんてだるくてやってられるか」みたいな、ちょっととがったやつだ。
実際、体育祭は全員参加必須というわけではない。点呼を取るわけでもないし、出なかったところでバレないのだ。
昨年も無記入だったやつはいて、その時は同じ体育委員をやっていた女子が「出なよっていうのも面倒だから放っておこう」と言い、放置になった。結果、無記入生徒は体育祭をさぼった。
他の体育委員に聞くと、よそのクラスでもそういうことはあるそうだ。暗黙の了解というかなんというか、「無記入のやつは無参加」といったような雰囲気になっている。
浅利さんにやんわりとそれを説明すると、意味が分からないといった顔をした。
「なんで? 無記入ってことは『出ないぞ』の意思表示じゃなくて『なんでもいい』の意味かもしれなくない?」
「うーん、どうかな……、参加する意思があればなにかしら書くんじゃないかな」
無記入のやつは、近藤と澤田という男子二人。
どちらも『体育祭なんてだりーわ』系男子である。
「でも幸村くん。参加名簿を見て『俺の名前ないけど』ってなったらショックだろうし、可哀想じゃない?」
「まあ……」
確かに、もし参加する意思があるのであれば名前が無かったら悲しい。いや、やつらはきっと参加する意思はないけれども。
俺が逡巡していると、浅利さんは「まあどっちでもいいけど」と事もなげに言い、続けた。
「参加名簿に載せて文句言われる方が、載せないで文句言われるよりいいよね。筋通っているし」
「そう言われるとそんな気もする」
「じゃあ参加で」と言った浅利さんは、騎馬戦、障害物競走といったフィジカル重めの種目に、近藤と澤田を容赦なく突っ込んだ。お前、なかなかいい性格をしているな……。
俺たち自身はというと、浅利さんはお玉リレー、俺はリレーに出ることになった。
♢
出場種目を決め、それをクラスに掲示して帰った次の日。
朝、登校してくると、教室内の掲示物の前で人が集まってなにやら揉めていた。
ぎょっとして人の輪に寄ると、揉めているのは近藤、澤田と浅利さんで、さらに驚く。
すると、横から裕也が声をかけてきた。
「やつら、出る気ないのになんで参加になってるんだって文句言ってる」
「ああー……」
やっぱり。
輪の中心では威圧感たっぷりの大柄な男二人と、無表情の浅利さんが対峙していた。
「ったく、こんなの出るかよ。勝手に入れてんじゃねえよ。白紙だっただろうが」
「なんでもいいよっていう意思表示かなって」
「は? 分かんだろ」
「書いてもらわないと分からない。それに、出場名簿からハブいたら可哀想だと思って」
近藤が盛大に舌打ち。澤田も「くそが」と毒づく。
だが、浅利さんは意に介していないようだった。
「しかもなんでこんなくそだりい種目なんだよ。やるわけねえだろ」
「もう決まっちゃったしなあ」
「代えろ」
「無理」
「待て待て待て」
押し問答が始まり、俺は慌てて声をかけた。
さすがに女子に手を出すことはしないだろうが、近藤らのイラつきが伝わってきて、浅利さんを背に隠すように割って入る。
「幸村、お前去年も体育委員やってんだから分かんだろ」
「分かるけど、でも確かに浅利さんの言うように、なんでもいいっていう意思表示だったらハブるのもまずいだろ」
「おい、お前な」
「ていうかもう今年で最後だし、折角だから出れば?」
澤田がバカにしたように乾いた笑みを漏らした。
それを見たら、ちょっとイラっとした。どうせ体育祭さぼったところでなにもすることないくせに。
よく考えたら「体育祭だるい」だなんて、「だるい俺格好いい」というのと同じだ。浅はかだし、むしろそっちの方が格好悪い。思春期かよ。
近藤はあからさまにため息をついた。
「とにかく、勝手なことすんじゃ――」
「は? 勝手なのはどっちだよ。別に出ようが出まいがどうでもいいけど、なんでも自分の思い通りにいくと思うんじゃねえぞ」
わずかに凄んで言えば、二人が若干ひるんだ。
ぴりついた雰囲気に、すぐに俺は表情を崩した。
「ま、一日だけじゃん。すぐ終わる」
穏やかにそう告げると、二人はもう一度舌打ちし、俺と浅利さんを一睨みして教室から出て行った。
同時に、周りで見ていたクラスメイトもほっとしたように視線を外す。
浅利さんは後ろからそうっと顔を覗かせた。
「……今のは了承かな?」
「そうだろうね」
「ごめんね、幸村くん。面倒なことになっちゃって」
「全然」
ほっと息をついて、浅利さんは掲示板を見た。強気に見えたけど、やっぱり緊張はしていたようである。
彼らを強引に参加者に入れることで角が立つことは分かっていたはずだ。
それでも進めたのは、これが最後の体育祭だから思い出作りにという、彼女なりの少しお節介な優しさなんだろうか。
「……別に近藤たちを放っといたっていいのにさ、浅利さん親切だね」
「ええ? なんで?」
褒めたら、彼女は目を丸くした。
「だって、最後の体育祭だから皆で出ようっていう気概と配慮じゃないの?」
「違うよ」
「…………」
「彼らが出ないと誰かが多く出なきゃいけなくなるじゃん」
全然違った。せっかく少しほっこりしたのに。ただの堅物だった。
そのまま浅利さんは席に向かったので、俺もその後ろに座る。
真っ直ぐなポニーテールを目前で眺め、俺は気付かれないように息をついた。
なんでこんな難しい子、好きになっちゃったかなあ。
浅利さんは全然癒し系じゃないし、強情だし、正論で殴る系だし、愛想ないし、ラーメン狂。
それでも目を離せず、彼女を可愛いと思ってしまうのだ。




