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13、呼びかた


 結局、春休み中に委員長とメッセージのやり取りをしたのはその一回だけだ。


 彼女の写真投稿サイトのアカウントを知ることが出来たので、それからたまに覗くようになった。(ストーカーじゃない。友人の様子を見るだけだ)


 どうもあのアカウントはラーメンを食べた時の記録用のようだった。感想はなく、写真と店名だけ。

 半分くらいは店で、半分くらいは自宅でのラーメン。サラリーマンのアカウントと言われても疑わないだろう。


 委員長は春休み中、二日に一回はラーメンを食べていた。食べすぎではなかろうか?


 それに女子って普通、映える写真をアップするものだ。

 もっとこう、聞いたことない野菜がぎっしり詰まったサンドイッチとか、奇怪でけばけばしい色をしたジェラートとか、その食べ合わせどうなの?ってくらい異種混合戦となっているスムージーとか。


 油の浮いたラーメンなどお呼びじゃないだろうし、実際、別に大していいねもついていなかった。

 俺も、しょっちゅう見ているのがばれたら恥ずかしくて、全然いいねしていない。


 こっそり覗いて「あ、今日もラーメンだったんだな」とにやつくのが悪趣味である自覚はあったが、それでも会えない間の動向を知れることは嬉しかった。



 ♢



 春休みが終わり、新学年、新学期、受験生。

 俺はまた委員長と同じクラスになった。というのも、理系クラスは一クラスしかないのである。裕也も同じクラスだ。


 新しいクラスだが、あまり新鮮味はない。二年の時に習熟度別授業で数学などはほぼ同じメンバーで授業を受けていたからだ。

 なので、同じクラスになったことはなくてもおおむね顔見知りである。



 教室に行き指定された席に着くと、なんと、目の前の席が委員長だった。

 驚いて、なんとなく気付かれないよう音を立てずにそーっと座る。

 すぐ前に、まっすぐつやつやのポニーテールと、その向こうに真っ白のうなじ。えっ、やば。俺、毎日これ見るの?


 するとポニーテールが揺れ、委員長が振り向いた。

 どきりとしたが平静を装う。彼女は小さく頭を下げた。


「おはよう、幸村くん。席、前後だね」

「おお、はよ、委員長。よろしく」

「私、もう委員長じゃないよ」


 そうだった。委員長は二年のクラスまででおしまいだ。

 昨年は誰も委員長をやる人がいなくて、押し付けられる形で彼女は委員長になったのだった。


「今年も委員長になるの?」

「今年はもういいかなあ、部活あるし」

「そっか。じゃあなんて呼ぼうかな」


 委員長じゃないのに委員長と呼ぶのもおかしい。他の呼び名を考えなければ。

 うーんと首を捻る。

 いっそ名前で呼んでみたい気もする。軽い感じで『志保ちゃんって呼んでもいい?』とでも聞けば、顔をしかめながら渋々了承する様子が想像できる。


 だが、その勇気は出なかった。


「……浅利さん、でもいい?」

「どーぞ」


 なぜだ。他の女の子だったら、絶対に軽い感じで言えるのに。どうも調子が狂う。



 クラス全員が集まり担任がやってきて、新学年としての資料を配った。

 年間スケジュール、学校行事、保護者面談、進路関係……。イベント目白押し。嬉しくない。


 進路関係を除けば、直近のイベントは体育祭だ。スケジュール表に載るそれを見て、また体育委員をやろうかなと思った。体育祭さえ終えてしまえば、もう仕事はなくなる。

 後日、委員を決めるという。授業もなく、午前中には終わった。



 夕方からバイトだが、それまで暇だ。

 適当にどこかで食べて時間潰そうかなと校舎を出ると、ずいぶん風が強い。

 校門のそばに植えられた桜から花吹雪が舞う。もう見頃は過ぎて、青い葉が半分ほどになっている。


 風に煽られないよう上着のボタンを閉めていたところで、後ろから急に「幸村くん」と声をかけられた。

 驚いて振り向くと、委員長だった。


「びっくりした。いいん……、違う、浅利さん」

「言いにくいなら別に委員長でもいいけど」

「いやいや」


 彼女は鞄を肩にかけ、手には缶を二つ。そのうち一つを差し出された。


「これ、間違えて買っちゃったからあげる。私、カフェラテ飲めなくて。幸村くん飲める?」


 蓋付きの缶を受け取ると、結構な熱さで手がじんわりした。見れば、委員長もとい浅利さんの手に残った一本はおしるこ缶である。


「コーヒー飲めないけど、カフェラテなら。ありがとう、もらう」


 浅利さんがその場でおしるこ缶を開けたので、俺も缶の蓋を開けた。

 カフェラテに口を付けると、かなり熱くて驚いた。自販機の温度調整機能バグってんじゃないか?


 おしるこも熱いんじゃないかと思い、隣に立つ浅利さんに目をやる。彼女はおしるこ缶をふーふーしながら、散る桜を見ていた。


「もうおしるこって季節じゃなくない? だいぶ暖かいよ」

「お腹空いてたし。なんか固形物入り飲料ってお得な感じしない?」

「あんま飲まないけど……」

「えっそうなの!?」


 驚いた瞳がこちらを向いた。おしるこ缶をふーふーしていたからか、眼鏡の一部が曇っている。なるほど、それでラーメンの時はコンタクトなんですね。


「いやむしろ、そんな飲む?」

「自販機にあると大体買っちゃうんだよね」


 言いながら、彼女はおしるこを一気に飲み干した。熱そう。そして缶を振りながら、不満げにそれを手で叩いている。


「コーンスープ缶のコーンとかさ、ナタデココ入りジュースとか、このおしるこの小豆とかさ、本当最後まで飲めないよね」

「ああ、残っちゃうんだ?」

「家にいる時に飲むなら箸で取っちゃうんだけど……」


 缶に口を付けたまま上を向いて手で叩き、残った小豆としばらく戦っていたようだが、おおむね回収出来て納得したようだ。

 浅利さんは空き缶を捨てに行った。俺はカフェラテの缶に蓋をし、鞄の中に入れた。



 浅利さんは駅に向かうと言うので、一緒に行くことにした。

 校門を通り過ぎる時、彼女は舞っている桜の花びらを一枚キャッチし、「取れた」と微笑んでから、そのままリリースした。


「カフェラテとカフェオレって何が違うんだろう」


 彼女からの突然の質問に一瞬考え、答える。


「発祥とかコーヒーの種類が違うけど、どっちもほとんど同じコーヒー牛乳」

「そうなんだ、よく知ってるね」

「一応、飲食店勤務なんで」

「あのお店、カフェラテとかあったっけ?」


 ありますとも。小馬鹿にしたような口ぶりに対抗するように、恭しく返してやる。


「ございますよ、今度ご注文をどうぞ」

「幸村くんが作ってくれるの?」

「いや、全自動バリスタが」

「ラテアートは?」

「追加料金をもらえれば俺がやりましょうか?」

「ていうか、私カフェラテ飲めないんだった」

「おい」


 どうでもいい会話に突っ込めば、彼女はけらけらと笑った。とても明るいし元気そうだ。失恋の傷は見えない。


「……今年は真柴センセの授業ほとんどなさそうじゃん。残念だね」


 探るように問うたが、浅利さんはあっけらかんとしていた。


「ま、理系クラスだもんね。でも部活では会うよ。引退するまでだけど」

「なんつーか、切なくないの? 元気そうには見えるけどカラ元気なら……」


 彼女は首を横に振った。


「ううん。だって元々告白するつもりもなかったし、憧れだけだったのさ」

「ふーん……」

「言ったじゃん、先生が結婚してよかったって思ってるって。それにさ、幸村くんが話聞いてくれたからスッキリしちゃった」

「……ふーん……」


 そう言われると、少し嬉しい気持ちになってしまう。顔がにやけそうだったので、そっぽを向いた。

 とりあえず、彼女の恋は一区切りついたようだ。かといって、俺が次の候補に上がるなんてことはなさそうである。



 それから年度末に言っていたラーメン王国の話を振れば、浅利さんは嬉しそうに語り出した。

 ラーメン王国は店の数も種類も多く、とてもではないがラーメン制覇は出来なかったらしい。


 楽しかったのは良いが、付き合わされた友人はどうなんだろう。書道部だと言っていたので顔は分かる。あの人も同じくらいラーメンに狂っているのだろうか。だとすると、書道部、ちょっと怖い。


 ひとしきりラーメンの話を聞いたところで、話題を変えた。


「そういえば、浅利さんなんか委員会するの?」

「うーん、やる人いなかったらなんかやらなきゃいけないかもしれないけど。いずれにしてももう委員長はやらない」

「じゃあ体育委員やろうよ」

「幸村くんと?」


 見上げてくる浅利さんに、俺は頷いた。


「そ。今年も俺、体育委員やろうと思って。楽だよ。体育祭さえやればあとはやることないし」

「じゃあそうしようかな」


 同じ時間を共有できるという約束ができ、俺は純粋に嬉しくなった。

 一方、直接的に好意を表せない自分の不甲斐なさには見て見ぬふりをする。

 仕方がない。俺は浅利さんの恋を知っていた唯一だが、それ以上の付き合いは何もない。彼女にとってはただのいちクラスメイトだろう。


 男に愛想なしの彼女が、俺には比較的フランクに話してくれる。

 そのことに優越感は覚えるものの、異性として意識されていないことを突き付けられるようで、俺はほんの少し複雑な気持ちになるのだ。


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