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11、会えない間


 春休み。


 二週間ほどの短い期間ではあるが、彼女のいない俺は暇である。のんびりできる長期休みはきっと最後だ。俺は稼げるときに稼ごうと、バイトの日数を増やした。


 普段、昼間は子どものいるスタッフがメインで、彼らが上がった夕方以降のスタッフに俺のような学生が入ることが多い。

 しかし春休みとなると子どもたちも休みだ。スタッフの人数が減るので、その時間帯に入れてもらうようにした。



 平日の夕方。俺は数時間のバイト勤務を終え、店の控室に入った。

 俺は仕事が暇でも全然大丈夫なタイプだが、それでも連続の立ち仕事は疲れる。別に客がいないとこくらい、座っててもいいんじゃないかと思うが、それは許されないらしい。エネルギーの無駄使いだ。


 控室は、学校で使っているような長机が数台と、その周りにパイプ椅子が置かれており、窓際には店長のデスクがある。

 店長のデスクは常に書類やサンプルなどで散乱しており、雪崩を起こしそうな状態だ。というか、すでに何度か崩れたのを直したことがある。


 部屋の壁に沿って各自のロッカーが据え付けられており、俺はエプロンを外してハンガーにかけた。着替えは別室だ。

 ロッカーから着替えを取り出したところで、控室の扉が開き、綾乃さんが出勤してきた。


「……お疲れさまっす」

「お疲れさまー」


 大学生も春休み。俺たちに比べると休み期間がずいぶんと長い。

 ただ綾乃さんはバイトのシフトは増やさず、従来通りだ。大学生は大学生で、色々忙しいのかも。


 短期間の付き合いを終えて以来、特別なことは話さないけれども、かといってぎすぎすした感じでもない。付き合う前に戻ったような雰囲気だ。

 綾乃さんも自分のロッカーを開け、荷物をフックにかけていた。


 ――いつか好きな人が出来たらいいね。


 綾乃さんに言われたことを思い出す。考えてみれば、ひどく不誠実なことをしてしまった。

 好きと言ってもらって付き合いを始め、でも表面上の付き合いだけ。

 頑張って好きと言ってくれた女の子に報いたいだなんて、偽善である。そのことにようやく気付いた。同時に、自分の言動に頭を抱えたくなる。


 今なら分かる。「紫苑、私に全然興味ないよね」と言った綾乃さんはじめ過去の彼女たちは、正しく俺の本質を理解し、別れを告げたのだ。


「――綾乃さん」

「ん?」


 店長のデスクにシフト表を出していた綾乃さんに声をかける。


「あの……、今までのこと、すみませんでした。綾乃さんは俺のことを好きでいてくれたのに、俺は誠実じゃなかったなって反省してます」

「紫苑くん……」


 と、そこで気付いた。

 振り向いた綾乃さんの左手薬指に着いていたものを。

 細い、シルバーのリング。


 ――ん??


 俺の視線の先に気付いたのか、綾乃さんは手をそっと背中に回した。少し慌てたように、反対の手を顔の前で振る。


「あ、そのことね。ううん、いいの。もう終わったことだし、気にしないで。最近どう?」

「え、えーと、春休みなんでシフト増やしてもらったり友達と遊んだり……。綾乃さんはサークル忙しいんすか?」

「えっ、えっと、そうだね。休み中にたくさん映画見ようかなって思ってて。サークルそれなりに忙しくしてる」


 弁明するかのように早口で告げる綾乃さんは頬を赤らめていて、目が忙しなく彷徨う。


 ピンときた。どうやら綾乃さんにはもう次の恋人がいるっぽい。なるほど。だから全然元気なのだ。俺と別れて日が浅いから、わたわたしているのだろう。

 もし彼女が罪悪感を覚えているのなら、それを和らげられるよう、言葉を選んだ。


「実は俺、好きな子が出来て」

「ほ、ほんと? 良かったね!」


 見るからにほっとしたような明るい顔に、俺も少し肩の力が抜けた。


「綾乃さんは?」

「え?」


 視線だけでリングを示唆すると、彼女はもじもじと体の前で手を組み、リングを指で撫でた。聞けば、サークルの男子とお付き合いを始めているらしい。

 でしょうね。そしてきっと、スキー旅行で進展したんでしょうね。

 でも俺はそのことを聞いて「二股だったのでは」といったような嫌な気分にはならなかった。色々、タイミングというものがあるだろうし。


 それから綾乃さんから「ちゃんと話聞かないとだめだよ」とか「好きな時は好きって言った方がいい」とか、半分小言のようなアドバイスを受け、俺は素直に、うんうんと頷いた。というか、委員長と付き合ってるわけでもないんだけども。



 綾乃さんから激励を受けた俺は、控室を出て、ちょっと笑った。


 俺みたいなダメなやつは見切って次に行くという綾乃さんの判断は正しい。

 きっと、男を乗り換えたような状況に思われることに彼女は焦ったのだろうが、別に俺は構わない。


 それに綾乃さんに次の恋が訪れたことを知り、俺自身の罪悪感も少し薄れたのだった。


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